
住んでみたい街、本当に住みやすい街、借りて住みたい街…このところ、街のランキングは百花繚乱である。最近では2020年9月にライフルホームズが発表した「コロナ禍での借りて住みたい街ランキング」で小田急小田原線の本厚木がトップに躍進、コロナ渦中で住みたい街に大変動か! と話題になった。だが、こうしたランキングはどの程度、信ぴょう性があるものだろうか。
人は知っていることしか答えられない
結論から先に言うと参考にしても良いと思うし、使い方はある。だが、ランキングをそのまま鵜呑みにするのはあまり賢明ではない。仕事では「どうしてこの街がランキング上位に上がってきたか」を問われ、それらしい理由を言うことや同業者に取材を受けるに当たって理由を教えて欲しいと頼まれることもあるが、個別の街の順位にそれほど意味があるとは思っていない。その理由を順に挙げよう。実際にはほぼ同じことを言葉を換えて説明することになるが、その辺りはご容赦いただきたい。
まず、人は自分が知らないことは答えられないものである。だが、アンケートは知らない人にもなんらかの答えを強いる。そんな時、多くの人はとりあえず、自分が知っているモノ、コトを挙げるだろう。
たとえば、私は和歌山県に行ったことがないのだが、「和歌山県内で住んでみたい市町村を挙げよ」というアンケートに答えるとしたら、和歌山⇒みかん⇒有田市! となるか、醤油発祥の地⇒湯浅町となるか。私の場合、あらゆる土地を食べ物に紐づけて覚えるタイプなのでこうなるが、旅好きなら熊野古道や高野山、熊野那智大社があるのはどこ? などと自分の知っている知識の中から答えようとするだろう。あるいは、県庁所在地はどこだっけ? という答え方もあろう。とりあえず、自分が知っているモノを挙げてしまうのである。
しかも、知っているだけではなく、知っているうちで自分がより良いイメージを持っているモノを答える傾向もあると株式会社コミュニティ・ラボの田中和彦氏。田中氏と私はオールアバウトというサイトで田中氏は関西の、私は首都圏の街を紹介するガイドを務めており、田中氏は関西の街についてのプロだ。

「たとえば兵庫県尼崎市には脱線事故があった、競馬場がある、お付き合いしないほうが良い方々もいらっしゃるなどとネガティブなイメージを持つ人が多い一方で、兵庫県宝塚市は宝塚大劇場があることから華やかなイメージをもたれがち。でも宝塚市にも尼崎同様、競馬場があるし、これまた尼崎と同じようにお付き合いしないほうが良い方々もいらっしゃる。多くの場合、イメージはその街の一面、一部の見方でしかないのに、それで全体を決めつける人が少なくありません」

新宿と聞くと歌舞伎町のような繁華街をイメージする人が多いだろうが、新宿区内には目白駅南西の通称目白近衛町(現在の地名は下落合)や市谷から神楽坂にかけての市谷加賀町、市谷仲之町、市谷砂土原町など知る人ぞ知るお屋敷街もある。だが、知らない人にとっての新宿はそこではなく、同じ地名に人はそれぞれに違う街をイメージしているのだ。
ここまで読んだところでお気づきだろうが、そもそも地名から意味する街の範囲も人によって違う。この原稿では「街」という漢字を使っているが、町、まちと表記する人もおり、人によっては表記で範囲が異なることもある。ある地名を聞いた時に駅周辺をイメージする人、自治体単位で考える人、範囲は考えていない人などがいるのだ。住みたい街ランキングで上位に来る街でいえば、恵比寿や吉祥寺は駅周辺と考えて良いだろうが、横浜、京都は本当に駅周辺だけだろうか。
さらに知っていると言っても遊びに行く時の街の表情と住んでみた場合も異なる。遊びに行くだけなら素敵カフェがたくさんある街は楽しいが、日常使いするには高すぎることもあろう。カフェばかりでスーパーがない街も困るだろう。
また、人によっても、何が住みやすいかはもちろん違う。
「極端な話、駅前にパチンコ屋、場外馬券売り場、立ち飲み屋があるとして、それが嫌、住みにくいと考える人もいれば、住みやすいと考える人もいる。経済誌のランキングは客観性を担保しようと様々なデータの平均値で街をランキングしますが、住みやすさは客観ではありません。主観です。平均値で上位に来る街が住みたいと思われるかどうかは別問題でしょう」(田中氏)
そのため、対象とする人やアンケートの方法、媒体特性などによってもランキングで上位に来る街は変わってくる。信頼度に寄与すると思ってか、不動産会社に聞いたランキングもあるが、不動産会社に勤務していたとしても首都圏、関西圏のほぼすべての街を知っている人はそうそう多くはない。
加えて知っていることをイコール情報量だと考えると、住みやすい街は操作されうる。首都圏で武蔵小杉がランキングに入ってくるようになったのは再開発が決まり、それについての情報が出始めて以降だし、計画的に住宅が供給されているみなとみらいのランクインは住宅の供給と微妙にリンクする。供給が少なくなって以来、新浦安は忘れられつつある。
関西でも新築マンションの供給があると、それまでランキングに入っていなかった街が入ってくることがあるという。意識して操作されているのではないにせよ、大規模再開発やタワーマンション建設など住宅供給による街の情報量増加はランキングに作用する可能性があるのである。
そして、一度ランキングが上がってその街が知られるようになると、それを理由に次からその街を答える人が出てくる。ランキングが街のイメージを作ることになるのである。
街の人気は時代で変遷する

その一方でランキングを経年で見てみると社会の変化が明らかに分かる。平成初期に新築(分譲マンション)住宅の営業マンをしていた田中氏は「その当時は近所にスーパーがあることは嫌がられ、利便性よりも静かな環境を良しとする人が多かった」というが、現在は大半の人がスーパーが近くにある立地を良しとする。ランキングでも住環境が良いことで知られる街よりも利便性が高く思える街が上位に来るようになってきている。
分かりやすいのはお屋敷街として一世を風靡した田園調布。2004年の大手デベロッパー7社による「住んでみたい街、働いてみたい街アンケート」では12位に入っており、その後、ランキングを上げた年もあったが、2020年の時点では40位までにも入っていない。
利便性優先の街が選ばれるようになってきた分かりやすい例は新宿や池袋など山手線沿線の、都心の街が上位に上がるようになってきたこと。東日本大震災以降、歩いてでも帰れる場所に住みたいと考える人が増えたというのである。同時にこれまで住む街として認識されていなかった、これらの街で住宅供給が相次いだという事情もある。
面白いことにこれは関西も同様で、かつては遊びや仕事の場と思われていたなんば、梅田や天王寺、三宮などといった都心部が上がってきているのである。そして、関西でも同様に住宅供給が増えている。
となると、今後は冒頭で挙げたように社会の変化を受けて郊外に目を向ける人も増えてくるのではないか(それを受けて住宅供給も増える?)という仮説は十分にあり得るし、それも面白いと思うが、本当にそれが定着するかどうかはまだまだこれから。郊外に家を借りて住みたい人はいるとしても、相変わらず都心のタワマンも売れているのである。
だが、社会は今後、どう動くかという意識を持ってランキング類の変化に目を向けておくことは自分の住まいを考える上でだけでなく、社会の流れを知るためにも有益。経年で変化を見るデータとしてランキングは役に立つ情報なのである。
また、これを機にランキングに上がっていた、これまで行ったことのない街を訪れてみるというのはランキングの賢い使い方のひとつ。
「ランキングに見知らぬ街が出てきたら、それを機会に行ってみることをお勧めしています。どこが評価されているのか、知って損はありません。観光地やレストランはいろいろ行く人でも住宅街を歩き回ることはそれほどない。でも、行ってみたら自分にとって居心地の良い場所を見つけられるかもしれません」
何事も使い方である。
コロナ禍での借りて住みたい街ランキング(首都圏版)- ライフルホームズ
https://www.homes.co.jp/cont/data/corona_s_ranking_shutoken/
住んでみたい街アンケート - マンションデベロッパー大手7社の新築マンション情報サイト「MAJOR7」
https://www.major7.net/contents/trendlabo/research/