
世界中が行方を見守ったアメリカの大統領選挙は、民主党のバイデン氏が当選を確実にして、勝利宣言した。現大統領のトランプ氏は「不正があった」として敗北を認めていないが、その主張が認められる可能性は低いとみられている。トランプ政権からバイデン政権への転換で何が変わるのか。田原総一朗さんに聞いた。【田野幸伸・亀松太郎】
トランプの敗因は「コロナ対策」の失敗
大統領選挙は大接戦となったが、バイデン氏が勝利した。トランプ氏の最大の敗因は、新型コロナウイルスの対応で大きな誤りを犯したことだ。
アメリカの感染者数は、11月19日の時点で約1140万人と世界最多。死者数も約25万人と世界の中でずば抜けて多い。トランプ政権はコロナ対策で大失敗したと言って良い。
その上、選挙の直前に、大統領自身がコロナに感染して入院するというオマケまでついた。それだけでなく、ホワイトハウスでクラスターが発生したとみられているのだから、目もあてられない。
ホワイトハウスのスタッフたちは新型コロナウイルスの怖さを感じていただろうが、トランプ氏への忠誠心を示すためにマスクを着けなかったので、感染を拡大させてしまった。それがトランプ氏の政治生命への致命傷となったのは皮肉なことだ。

その原因も元をたどれば、トランプ氏自身にある。彼は「民主主義なんてクソ食らえ」と言わんばかりに、少しでも意見が合わない政権幹部を次々と切り捨てていった。その結果、周りにはイエスマンしかいなくなり、適切な助言を受けられなくなっていたのだろう。
「こんな態度を取る大統領は許せない」という国民やメディアの反発にもつながっていった。敗北は、身から出た錆だと言うことができる。
しかし、トランプ氏は敗北したといえ、7100万もの票を獲得した。これは、大統領選で過去最多だった12年前のオバマ氏の得票数(6900万票)を上回る数字である。それだけ多くのアメリカ国民が、トランプ氏を支持しているということだ。
なぜか。それは、それまでの大統領が誰も表明しなかった「アメリカ第一主義」を公然と打ち出したからだ。世界のことはどうでも良い、アメリカがよければそれで良い、という態度を露わにするトランプ流の政治を支持する国民が、まだまだ多いということなのだ。
いまは「ヒト・モノ・カネ」が国境を越えて、世界市場で活動するようになる「グローバリズム」の時代。それは、多国籍に展開するアメリカの大企業に莫大な富をもたらす一方で、アメリカに暮らす国民から仕事を奪うことにもつながる。
アメリカは人件費が高い国なので、アメリカの製造業の経営者たちは人件費の安い海外に工場をどんどん移設するようになった。その結果、アメリカの工業地域が廃墟となり、多くの国民、多くの白人労働者が失業した。
その多くが、マスメディアの世論調査には現れない「隠れトランプ支持者」となった。今回の選挙で、事前予測ではバイデン圧勝とみられていたのに大接戦となったのは、そのせいだろう。
米中対立は継続する可能性が高い

次期大統領の座を確実なものとしたバイデン氏は「分断から融和へ」と強調し、トランプ氏に票を投じた国民とも一緒にアメリカを良い方向に変えていきたいと、強く訴えている。
だが、バイデン氏が大統領になって、トランプ氏の政策とどれほど変わるのかは疑問である。
たとえば、バイデン氏の勝利宣言を受けて、中国の共産党系の新聞「環球時報」は社説で、「中国政府はバイデン陣営とできる限り意思疎通し、中米関係を予測可能な状態に戻す努力をするべきだ」と主張している。
つまり、バイデン政権になったから米中関係がすぐに改善すると楽観視しているわけではない。
また、中国国際経済交流センターの張燕生首席研究員は「民主党政権になっても中国との間で戦略的対決の期間は生じるだろう」と、今後の状況を厳しく捉えている。米中対立はなくならないということだ。
背景にあるのは、経済力や軍事力における中国の強大化だ。いまや中国は経済力も技術力も、世界トップのアメリカを抜き去ろうとしている。
経済力については、中国のGDPは購買力平価で計算した場合、すでにアメリカを上回っている。技術力でも、数多くの分野で世界最高に到達しようとしており、それは当然、軍事力の強化につながる。
アメリカにとって中国は強い脅威であり、米中対立は、バイデン政権になっても変わらないとみるのが自然なのだ。
前述したように、トランプ政権の特徴は露骨なアメリカ第一主義を打ち出したことだった。新バイデン政権はそこまで露骨な姿勢は見せないとしても、本音ではあまり変わらないのではないか。
現にバイデン氏は、選挙期間中にトランプ氏を散々批判していながら、アメリカ第一主義については特に触れていない。
日米関係の行方は「視界良好」ではない

では、日米関係はどうだろうか。こちらはトランプ政権からバイデン政権に変わることで、不安定になる可能性がある。
トランプ政権は環境問題への対応などをめぐり、EUなど他の同盟国との関係を悪化させた一方で、日本とは蜜月関係を築いた。とりわけ「安倍・トランプ」という両国のリーダーの関係は特別だった。
前回の大統領選でトランプ氏が当選すると、当時の安倍首相はすぐさまニューヨークに飛び、トランプ氏と直接交流した。帰国後、安倍首相は僕に対して「オバマ大統領とは事務的な会話しかできなかったが、トランプ氏とは腹を割って話すことができた」と話し、非常に嬉しそうだった。
日本も最近、首相が安倍氏から菅氏に変わったばかりだ。アメリカもバイデン氏が大統領に就任することで、リーダー同士の関係はゼロから構築していかなければいけない。その点で、少なからぬ不安があると言えるだろう。
ただ、アメリカとそれ以外の国の関係、特にヨーロッパ各国との関係は、トランプ時代よりも改善するだろう。
トランプ大統領は、地球温暖化対策の国際枠組みである「パリ協定」から離脱したが、バイデン氏は復帰を表明している。新型コロナウイルスへの対応をめぐって、トランプ氏と対立していたWHO(世界保健機関)との関係も良い方向に向かうのではないか。
総体としてみれば、世界の多くはトランプ政権の終焉を歓迎するだろう。
だが、なぜトランプ氏が、アメリカ国民7100万人の支持を集めたのか。なぜ「アメリカ第一主義」のスローガンが広く支持されたのか、ということを考えると、単純に楽観することはできない。
グローバリズムがアメリカにもたらした負の側面。これにバイデン政権がどう向き合っていくのか。この難題を解決できるのかは、未知数だ。