記事

1大会で距離1,000km走破も 「走り」突き詰めたアドベンチャーランナー・北田雄夫

1/2

走るのが好き、という人は多い。

ジョギングやマラソンを年に1回以上行う人は2006年以降、増加し続け、18年の推計実施人口は964万人(※1)に達した。週1回以上走っている人も550万人(※2)と、ランニングを楽しみに日々の生活を送っている人の数は年々、増えている。

※1、2…笹川スポーツ財団「スポーツライフ・データ 2018 スポーツライフに関する調査報告書」より

しかし、この男性よりも「走ること」を極限まで突き詰めようとしている人間は国内にいないのではないか。そう思わせられるランナーが日本にいる。

「アドベンチャーマラソン」で日本唯一のプロ選手として"日本人初の7大陸走破"を達成した北田雄夫さんだ。


砂漠や山岳、ジャングルなど地球上にある過酷な地域を舞台に、数百kmに及ぶ距離を数日間かけて走り抜く。

まさに超人とも呼ぶべき北田さんが10月26日に初の著書となる『地球のはしからはしまで走って考えたこと』(集英社)を上梓した。

「貧血持ちで小心者」「長距離も苦手」だったという北田さんが、どのようにアドベンチャーマラソンという過酷な競技と向き合っているのか。インタビューを行った。

賞金なし、過酷すぎる舞台、長すぎる距離 限界に挑む「アドベンチャーマラソン」とは

提供:北田雄夫さん

「アドベンチャーマラソン」の定義を北田さんは著書の中で以下のように記している。

"実際のところ明確な定義はないが、「砂漠、山岳、極寒の氷雪、ジャングルなど厳しい大自然を舞台に道なき道を進む」、「賞金なし」、「自給自足のセルフサポート」が基本ルールの世界一過酷なマラソン"

どれほど常人離れした競技なのか。著書の帯に書かれた数字の大きさがその過酷さを物語っている。

2014〜19年の6年間で北田さんが世界中で参加したアドベンチャーマラソン計15レースの総走行距離は5332km。総時間は1420時間にのぼる。

このうち、最も距離が短いアフリカ・モザンビーク共和国で行われたレースでも220km(合計タイム26時間08分45秒)。通常のフルマラソンの5倍以上の距離を走るだけではなく、舞台もアフリカのサバンナという過酷な環境だ。

モザンビークで行われたレースではアフリカのサバンナを走り抜いた(提供:北田雄夫さん)

故に、著書の中ではレース中のみならず、スタートまでの様子を綴ったエピソードでも冒険家小説のような波乱に満ちた描写が続く。例えば、北田さんが同レース開始前夜、宿泊するロッジで知人のフランス人ランナー・スティーブンと再会するシーン。

"そんな感慨にふけっていた瞬間、天井から何か床に落ちてきた。サソリだ! 驚き、たじろぐ僕を他所に、スティーブンはサンダルを履いた足で小さなサソリを踏みつぶした。無性に怖くなった。ここはいつサソリが降ってきてもおかしくない場所なのだ。"

「いつサソリが降ってもおかしくない場所」でアスリートが活躍する競技は世界中を見ても多くはないだろう。

最も距離が長いものは、アフリカ北西部にあるモーリタニアのサハラ砂漠で開催されたレース「La 1000」だ。北田さんは総距離1000kmを16日間かけて走り抜いた。合計タイムは384時間45分である。

提供:北田雄夫さん

一体なぜ、北田さんはこのような人並み外れたレースに参加するようになったのだろうか。

超人はなぜ走るのか

小さい頃から走ることが好きだったという北田さんは、中学時代に陸上部に入部。近畿大学3年時に4×400mリレーで日本選手権3位という成績を残したが、競技は主に短距離で「長距離走は苦手だった」という。

大学卒業後、一度は会社員となり陸上競技から離れたものの、「満たされない」という思いが強まり退職。フルマラソン、トライアスロン……と徐々に長距離かつ過酷な競技にのめり込むうちに、アドベンチャーマラソンの存在を知った。

14年、30歳の年に初のアドベンチャーマラソン「ゴビ・マーチ」(中国の砂漠で250km)を完走したことを機に「日本人初の7大陸走破」を目標に挑み始めた。

陸上経験者とはいえ、長距離走の経験はほとんどなく、一度社会人生活を挟んだ北田さんが「日本人初のプロアドベンチャーランナー」という前例のないチャレンジをする際、葛藤はなかったのか。

筆者の質問に北田さんは「趣味のランニングだけでは満たされない自分がいて。やっぱり何かに打ち込み、熱中したかった」と話す。


「自分が一番夢中になれるということを考えていた時にほとんど誰もやっていないアドベンチャーマラソンという競技に出会いました。ナンバー1を目指しながらオンリー1も目指すことができる」

無鉄砲に挑んでいるわけではない。「小心者でビビりな部分もあるので」と北田さんは笑う。レースの選択や準備の際の情報収集には手を抜かない。

「でも、ケースバイケースで、自分の中で調べずに飛び込んでしまえという時もあります。自分なりの基準があって、それを模索しながら今も走っています」

「絶対に折れない柱みたいなものはない」

提供:北田雄夫さん

時に数日間にわたって走り続けるアドベンチャーマラソンのレース中、どうやって北田さんは自分を保ち続けているのだろうか。

「時には自分を鼓舞するような言葉をかけて、はたまた時には投げ出したような言葉を頭に思い浮かべる」と北田さんは話す。

「もっと俺はできるだろう」「何のためにこれだけ人生を費やしてきたんだ」。プロアスリートらしく自分に鞭打ち、元気付けるような言葉は必須だが、「もうやってらんない」という投げやりな言葉もあえて自分にかけるという。

「抱え込みすぎてしまうこともあり、自分のメンタルが崩壊しないように、試行錯誤しながら自分を保っていますが、とても難しいですね」

この質問に対する答えの中で北田さんから意外な言葉が飛び出した。

「もともと自分には、これがあれば走り続けられるという"絶対に折れない柱"みたいなものはないんです」


日常生活の中では想像することすら難しい大自然を相手に、肉体の限界すれすれで挑み、走り続ける北田さんに「柱」がない。では、なぜ毎回のレースを最後まで走り抜けることができているのか。

北田さんはその原動力について「『一番になりたい』ではない」と断言した後、考え込んだ。

「どう言葉で表現すればいいのか……。本当に突き詰めれば、命を全うしたいという言葉ですが、走っている瞬間で言えば、それまでの練習や時間、お金など注いできたもののことを考えて諦めたくはないという感情を抱いています。『ゴールをしたい』は合っているんですけれども、正確ではない。とにかく、走っている瞬間瞬間の『今』をどう乗り越えるのか。それを積み重ねています」

挑戦には常に恐怖がある 最も痛みを伴ったレースとは

提供:北田雄夫さん

日本で唯一のプロアドベンチャーランナーとして挑戦するレースの多くが「未知」のものだ。大会前は「そこに踏み込む恐怖がある」と語る北田さん。それに加え、多くのレースを経験したからこそわかる「肉体的な痛みに対する恐怖」とも戦っている。

「すでに一度味わった痛みや苦しみを再び味わうのかという恐怖。応援してくれる周囲の声に応えなければいけないというプレッシャーなどいろんなものに押しつぶされそうになります」

そんな北田さんが「レース史上、最も痛みを伴った」と語るのは、著書では未掲載のレース「Grand to Grand Ultra」だという。



16年9月にアメリカで開かれた走行距離273kmのレースだが、2日目から足に豆ができ、その後、足裏の状態が悪化。痛み止めの効果もなく、薬の影響で胃の状態も悪くなり、6日のほとんどを痛みとともに過ごした。「序盤からずっと葛藤しながら走り続けた分、ゴールした時の達成感はすごく、本当に涙が溢れました」

あわせて読みたい

「スポーツ」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    陽性率が低下 宣言2週間で効果か

    中村ゆきつぐ

  2. 2

    池上風? たかまつななは殻破るか

    宇佐美典也

  3. 3

    テレ東が報ステ視聴者奪う可能性

    NEWSポストセブン

  4. 4

    給付金2回目求める声殺到に衝撃

    BLOGOS しらべる部

  5. 5

    トヨタ Apple車参入で下請けに?

    大関暁夫

  6. 6

    即入院の石原伸晃氏 特権許すな

    木走正水(きばしりまさみず)

  7. 7

    慰安婦判決 文政権はなぜ弱腰に

    文春オンライン

  8. 8

    米国に課された多様性との融合

    松田公太

  9. 9

    マスク拒否の男 逮捕時は大暴れ

    文春オンライン

  10. 10

    若者からの感染波及説は本当か

    青山まさゆき

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。