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【読書感想】ピカソは本当に偉いのか?

ピカソは本当に偉いのか? (新潮新書)

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内容(「BOOK」データベースより)

「なぜ『あんな絵』に高い値段がつくのか?」「これって本当に『美しい』のか?」。ピカソの絵を目にして、そんな疑問がノド元まで出かかった人も少なくないだろう。その疑問を呑み込んでしまう必要はない。ピカソをめぐる素朴な疑問に答えれば、素人を煙に巻く「現代美術」の摩訶不思議なからくりもすっきりと読み解けるのだから―。ピカソの人と作品に「常識」の側から切り込んだ、まったく新しい芸術論。



 先日、神戸でフェルメールの『真珠の耳飾りの少女』を観ました。

 この絵を観に行ったわけではなくて、偶然出張先で公開されているのを知って、神戸市博物館まで足を運んだのです。

 そこで、特別に一枚だけ個室で展示されているこの絵を観て、周囲の人たちの会話に耳をすませながら、僕はずっと考えていたのです。

 たしかにこの絵は素晴らしい……と思う。

 でも、この数年のフェルメールブームが起こる前に、この絵を偶然美術館で観たとしたら、僕はこの絵を素晴らしいと感じただろうか?

 僕は絵を観るのが好きですが、正直なところ、自分の「鑑賞眼」には、あまり自信がありません。

 10年前に予備知識なしで観ても、先日、「あのフェルメールが!」と思いながら観ても、「そこにある絵」は、同じもののはずなのだけれど、たぶん、それを観る僕の側は「同じ」ではいられない。

 

 パブロ・ピカソという人は、『たけしの誰でもピカソ』なんていう番組名にもなっているように、「芸術家のアイコン」になっている存在です。

 子どもの頃、あるいは学生時代の美術の時間に「ピカソ!」って言いながら、友人の顔をぐにゃぐにゃにして描いたことがある人も多いはず。

 

 この新書で、著者は、以下の疑問に答えを出そうとしています。

 この『アヴィニョンの娘たち』に限らず、ピカソの代表作とされる絵画の前に立たされた時、多くの人は以下のような疑問を抱かずにはいられないのではないでしょうか。


1.この絵は本当に美しいのか?(どこが上手いのか?)

2.見る者にそう思わせる絵が、どうして偉大な芸術とされるのか?

3.かりに偉大な芸術としても、その絵にどうしてあれほどの高値がつくのか?


 ちなみに、この三つの疑問には、それぞれと表裏をなすかたちで以下のような疑問が含まれているのではないでしょうか。


4.ピカソのような絵であれば、誰でも描けるのではないか?

5.そういう絵を偉大とする芸術というものは、どこかおかしいのではないか?

6.そういう芸術にあれほど高値をつける市場も、どこかおかしいのではないか?


 著者は、これらの疑問に答えを見出していこうとしていきます。

 美術の専門家ではない僕にとっては、著者の回答が正しいのかどうかは判断しかねるのですが、ピカソが生まれ、認められていった時代背景、そして、ピカソの性格や恋愛遍歴についての記述は、非常に興味深いものでした。


 ピカソという人は、その名声においても(生前の)金銭的な成功においても、「空前絶後」の存在だったんですね。

 美術史上、ピカソほど、生前に経済的な成功に恵まれた画家、つまり「儲かった」画家はいません。

 ピカソ自身、「私が紙にツバを吐けば、額縁に入れられ偉大な芸術として売りに出されるだろう」と豪語しているほどです。実際に数十人分のディナーくらいなら、紙のテーブルクロスにサインすれば払えたといいますから、その署名ただの紙を一種の「紙幣」に変える力を持っていたことになります。愛人に手切れ金のように与えた家なども、一晩で描いた静物画と交換に手に入れたといいます。


 1973年、91歳でその生涯を閉じたピカソが手元に遺した作品は7万点を数えました。これに数カ所の住居、複数のシャトー、莫大な現金等々を加えると、ピカソの遺産の評価額は、邦貨にして約7500億円に上るといいます。

 実は、フランス政府はピカソの亡くなる5年前に遺産相続に関する制度を改正し、今日では「ピカソ法」と呼ばれている法律を成立させて、相続税の美術品による「物納」を認めるようになりました。


 自らの手で生んだ「芸術作品」だけで、7500億円!

 「ツバ」の話は、傲慢というより、一種のパフォーマンスとしての発言だと思うのですが、それにしてもすごい。

 ゴッホとかフェルメールに、少しは分けてあげてもらいたいくらい、ピカソは金銭的にも恵まれていたのです。


 著者は、その背景として、それまでは「教会か王室がスポンサーとなって、職人に描かせるもの」だった芸術作品が、「美術館に収蔵されて多くの人が鑑賞するもの」になり、テーマが自由になったこと、そして、「画商」や「オークション」によって、「美術品を高く売り捌くシステム」が進化していったことを挙げています。

 モネ、ルノワールら印象派の作品といえば、今日ではヨーロッパ絵画の代名詞として親しまれていますが、その軽快なタッチと明快な色彩も発表当時は、「粗雑で浅薄な描き方の前衛絵画」としか見なされていませんでした。

 おかげで新進画家時代の彼らの絵の買い値は極端に安く、画商は画家の最低限の生活費を保証するだけで、大量の作品を仕入れることができました。若き日のモネもルノワールも、日々の食費や家賃を得るために二束三文で絵を売っています。

 当然ながら、そうした安値で仕入れられた絵というものは、ひとたび市場で評価を得た場合には、画商に大きな利益をもたらすことになります。実際に、モネやルノワールの作品は、はじめは徐々にでしたが、やがて加速度的にその評価と値段を上昇させていくことになり、これを扱う画商には大成功がもたらされることになりました。

 仕入れ値の安い「前衛絵画」は、いったん当たれば巨額の利益を生み出すのです。


 こういう投機的な「前衛絵画市場」に、急激に力をつけてきたアメリカの富裕層の富が流れ込むことにより、絵画の値段は急騰していきました。

 そして、「値上がりが期待できる」「有名な絵を所有していることで、箔をつけられる」ことから、さらに絵画の価格は上昇していったのです。

 

 「宗教的な『教え』を人々にわかりやすく見せる」とか、「王や貴族の権力を形にする」というような「実用性」が求められなくなり、美術館に飾られるようになった絵は、「写真」の一般化によって、さらに「前衛であること」「写真とは違うこと」が求められるようになっていったようです。

 インパクト重視、そして、その絵や画家の「背景」「ストーリー」が大切になっていったのです。

 「上手い絵」「きれいな絵」ではなくて、「人々の心をざわめかせる絵」「解釈したくなる絵」が求められました。

 ピカソは、そんな「時代の要求」を、見事に察知した芸術家だったのです。


 この本には、ピカソの「人心掌握術」や「女性遍歴」などが紹介されていますが、なんというか「なんて嫌なヤツなんだ!」と言いたくなるような行状の数々なんですよ。

「ピカソはまず女を犯し、それから絵に描くのです。相手が私であれ誰であれ、同じことでした」。これは、ピカソの愛人のなかでも健康美を誇り、多くのエロティックな作品のモデルとなったマリー・テレーズ・ヴァルテルの言葉です。

 17歳の時に45歳のピカソと出会ったマリー・テレーズは、26歳で彼の娘を産んでいます。最初の妻オルガと離婚して彼女と結婚するというピカソの約束を信じての出産でしたが、この頃にピカソの新しい愛人となった写真家ドラ・マールの存在や、先妻との離婚で生じる財産分与をピカソが嫌がったことなどから、結局、マリー・テレーズとの結婚の約束は守られませんでした。

 そのマリー・テレーズが後年、ピカソにとっての幸せとは、何だったのでしょうか?という質問に答えたのが先の言葉でした。

 犯すことで女性の肉体の内部に分け入り、ちょうど子供がおもちゃを分解するように中を知り尽くそうとしていたのでしょうか。ピカソが、男女の性的な交わりを描いた絵には、女性器を内臓までえぐり出すように描く執拗な表現が見られます。

 ピカソは、新しい愛人の顔を絵に描いて以前の愛人に見せるかと思えば、以前の愛人からの恋文をわざと放置して新しい愛人が読むように仕向けたりと、関係を結んだ女性の心理に揺さぶりをかけ嫉妬を喚起することに関しては、あきれるほど執拗なところがありました。


 もし、ピカソが生きていた時代に『2ちゃんねる』があったら、「ピカソ関連スレッド」が乱立していたのではないかと思います。

 ほんと、ひどい人なんですよ、ひとりの男としてみると。

 でも、それが「芸術家」となると、なんとなく「それらしい生き方」のようにも感じられてしまうんだよなあ。

 

 生まれたタイミングも含め、ピカソが「唯一無二の芸術家」であるということを、あらためて思い知らされる新書だと思います。

 ちなみに、「ピカソの絵は本当に上手いのか?」という問いに対して、著者はこう答えています。

 この疑問については、驚異的に上手い、としか答えようがありません。

 したがって、ピカソの絵は「美しくない」にもかかわらず「上手い」作品ということになり、これがピカソという画家の理解を複雑なものにしています。


 この文章の意味を詳しく知りたいかたは、ぜひ、この新書を読んでみてください。

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