- 2020年11月20日 16:05 (配信日時 11月20日 09:15)
「医療はど素人」のトヨタが人工呼吸器の生産を6倍に増やした方法
1/2新型コロナウイルスの影響で自動車業界は危機にある。だが、トヨタ自動車は直近四半期決算で黒字を計上した。なぜトヨタは何があってもびくともしないのか。ノンフィクション作家・野地秩嘉氏の連載「トヨタの危機管理」。第10回は「非常時の支援活動」——。
![インターネット中継での決算説明会で発言するトヨタ自動車の豊田章男社長=2020年11月06日、[同社ホームページより]](https://static.blogos.com/media/img/404082/free_l.jpg)
人工呼吸器の生産を断った理由
新型コロナ危機のさなか、政府はトヨタに「部品でもよいので人工呼吸器を作れないか」と打診した。政府の人間の頭にはアメリカのGMが人工呼吸器を作ったという事例があったのだろう。
だが、トヨタは「それはやめておきます」といったん返事をする。
「人の命にかかわることですから、ノウハウもないものにチャレンジして、かえってご迷惑をかけると大変です」
しかし、まったく協力しないわけにはいかない。
「ただし、現在、生産しているところへ行って、品質を上げる、量がたくさん出るようにすることはできます」
そこで、生産調査部は他社も参加した混成チームを編成し、医療向け電子機器メーカー日本光電の富岡生産センタ(群馬県)へ出かけて行った。チームはトヨタ、デンソー、東海理化の3社から8人が参加。4月の末から7月の中旬まで、断続的に指導した。
主査の牛島信宏が先遣隊として現地に入ったのは4月22日のことだった。
「光栄だしありがたい。だけど……」
さて、トヨタ混成チームが支援する日本光電の富岡生産センタもまた、社会の緊急ニーズにこたえて増産準備を進めていた。
ただし、同生産センタは支援チームに感謝しながらも、当時は直面する問題を処理することに大わらわだったのである。
彼らが直面した事態とは施設内で新型コロナに感染した人間が出て、工場自体を2週間(4月1日から12日)、閉鎖しなければならないことだった。
医療現場がもっとも人工呼吸器を欲しかった大事な時期に2週間、生産ができなかった。そのため、日本光電富岡の責任者、真柄睦はジレンマに陥っていたのだった。
「トヨタさんに来ていただくのは光栄だしありがたいことです。特に当社はトヨタ生産方式を導入して勉強していたところでしたから、ご本尊の方々に指導していただく機会はめったにないことだと思いました。しかし、工場を2週間閉めていた直後にいらしたので、指導を受ける余裕はないのではないかと案じました」
牛島はその時、真柄を安心させることにした。
「私たちは人工呼吸器に関しては素人です。しかし、生産性向上、増産に関してはプロです。ですから、できる限りやります。また、自動車も人の命を預かる機械です。必ずお役に立つことができます」
そう言うと、現場の何人かはうなずいた。誰だって、人工呼吸器を増産して、医療現場のために役に立ちたいと思っている。彼らがうなずいたのは、もっともなことだった。
車と人工呼吸器では生産方式が違う
牛島は人工呼吸器の増産について日本光電の第二生産部長、五十嵐淳一と何度もやりとりをした。
そこで、あらわになったのが生産方式の大きな違いである。
五十嵐は言う。
「トヨタ生産方式はプル型の生産です。部品を使ったら、後工程へ発注する方式です。一方、私たちが作っている医療器械の生産はプッシュ型なんです。生産計画に従って、発注した部品を揃えてから生産する。
そして、プル型にすればいいじゃないかと言われても事情が違うのです。
まず、足の長い部品が多い。足が長いとは発注してから届くまでに時間がかかることです。たとえば人工呼吸器に使う酸素センサーはドイツのあるメーカーしか作っていません。そこでなければ作れないのです。酸素センサーは3カ月から半年前に発注しておかなければいけないし、発注を止めることはできません。
また、当社の医療器械は製品の種類が非常に多い。多くの種類を揃えていなくてはいけないから部品点数も多いのです。
当時、2週間も工場を閉鎖したので、発注した部品が数多く届きました。その結果、検品作業で滞留が起こり、増産の障害になっていたのです」
牛島と五十嵐は生産方式や増産態勢について、相当、激しくやりあった。しかし、五十嵐が語るように、足の長い部品は発注をストップしようと思ってもすぐには止まらない。結局、牛島は現場の事情を考慮しながら増産の支援を行った。
ただ、この時のやりとりは「プル型のトヨタ生産方式が危機に対応しやすい」方式だという証明になったと言える。

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