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競業避止契約をめぐる潮流の変化?

今週の日経の月曜法務面に、「競合他社への転職制限」をめぐる記事が掲載されている*1。

このテーマに関しては、自分にもちょっとしたこだわりがあって、今年の1月に「アリコ」の転職禁止条項をめぐる東京地裁判決が報道された時も、最近の不勉強を承知で、ついついコメントしてしまったものだった*2。

そして、この時点では、基本的な考え方の部分では、10年前からそんなに変わったわけではなさそうだ、と思っていたのだが・・・。

日経紙の記事を見て一番驚いたのは、最近の裁判所の判断が紹介されているくだりである。

まず最初に出てくる、英米系保険ブローカーのエーオンジャパンから競合のウィリスジャパンに移籍した社員をめぐる仮処分申立事件では、大阪地裁が競業禁止契約を公序良俗に違反するとして、会社側の申し立てを却下したとのこと。

記事から引用すると、裁判所は、

「男性は入社時、誓約書の形で『在職中あるいは退職後も、会社と競合する業務を顧客のために行わない』と約束した。この契約は競業禁止期間と範囲を明確に定めておらず、地裁は『無制限に義務を負わせている』と違法性を指摘した。」

「会社側は男性に高い給料を払っていたとしたが、地裁は、優秀な社員だったこの男性が高給をもらうのは当然で『代償措置なく職業選択の自由を制限する義務を負わせることは、著しく妥当性を欠く』と判断した」

「地裁は、営業マンが以前の人脈を使うことは違法でなく『そうした行為も制限するなら適切な代償措置が必要で、競業禁止の範囲も最小限にすべきだ』と退けた。」


という判断を示したようだ。

確かに、「誓約書」というあっさりとした書面で、しかも、期間・範囲無制限の競業制限を課している、ということになれば、その効力が全面的に認められる可能性は以前から低かったと思うのだが、それでも、これまでの裁判例なら、契約そのものを無効とするのではなく、期間等を限定解釈することによって穏当な結論を導こうと試みていたのではないかと思う。

にもかかわらず、大阪地裁は、契約そのものの違法性を指摘する、という思い切った判断を示した。

また、代償措置等についても、単に「高給」というだけでは「代償措置あり」とは認めない、という、一昔前に比べるとかなり厳しい内容になっているように思われる。

記事の中では、この却下決定に対し、

「大阪地裁の判断は、人脈や顧客など企業秘密に該当しないものまで守ろうとして競業を禁じるのなら、相応の金銭補償が不可欠だと明示したといえる。」


と総括しているが、(人脈はともかく)「顧客」に関する情報などは、不正競争防止法上の「営業秘密」としても保護されうるものであり、一昔前なら、顧客情報にアクセスする地位にあり、高額の給料が支給されている、といった事情があれば、競業禁止契約の有効性は当然のごとく認められても不思議ではなかった。

また、記事では続いて、「外資系保険会社の元幹部が転職前の会社を訴えた裁判」の東京高裁判決についても取り上げており、

「転職禁止の期間や範囲を定めておらず、代償措置も不十分」


として、転職禁止契約を違法としたことも伝えられている。

確かにこれも、事実関係がこの記事で引用されている裁判所の判断のとおりだとするならば、上記仮処分申立事件と同じく、「転職禁止」の効力が否定されてもやむを得ない、ということになるのかもしれない。

だが、外資系保険会社に関しては、以前このブログで取り上げた東京地裁の判決(東京地判平成24年1月13日)*3のように、「執行役員、かつ金融法人本部の本部長」という地位にある者について、「禁止期間2年」という限定が付されていたケースであっても、

「原告の退職前の地位は相当高度ではあったが,原告は長期にわたる機密性を要するほどの情報に触れる立場であるとはいえず,また,本件競業避止条項を定めた被告の目的はそもそも正当な利益を保護するものとはいえず,競業が禁止される業務の範囲,期間,地域は広きに失するし,代償措置も十分ではないのであり,その他の事情を考慮しても,本件における競業避止義務を定める合意は合理性を欠き,労働者の職業選択の自由を不当に害するものであると判断されるから,公序良俗に反するものとして無効であるというべきである。」


として、原告の退職金請求を認容した事例もある。

かつて、家電量販店の店長が同業他社に転職した事例で、「競業避止条項の目的の立証」や「代償措置」が不十分なものであったとしても、競業避止条項の有効性が失われることはない、とした判決*4があったことを考えると*5、もはや隔世の感があると言わざるを得ない。


今回の日経紙の記事に切り取られた、「競業禁止契約に係る裁判例の動向」は、あくまで多数の裁判例の一角だけを切り取ったものに過ぎず、現実には原告の請求があっさり退けられるケースもあるのかもしれない。

だが、仮にそうだとしても、従来に比べて、競業避止契約の無効リスクが確実に高まっている、という一点に関しては、もはやごまかしが聞かないレベルまで来てしまっているように、自分には思えてならないわけで、ことこのタイプの契約については、“従来のマニュアルが当てにならない”時代が来ているように思えてならないのである。


企業を取り巻く経営環境が厳しく、人材の専門化も進んでいく中で、今後もおそらく絶えることがないだろうと思われる「競業禁止契約」をめぐる事例。個人的には、今後の事例のさらなる蓄積に期待してみたい。

*1:日本経済新聞2012年11月5日付朝刊・第15面。ちなみにメインの特集ではなくサブの記事である。

*2:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20120114/1327157385

*3:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20120114/1327157385

*4:東京地判平成19年4月24日。

*5:この件では、転職制限期間は「1年」にとどまっているものの、地域限定等はなかった。

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