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あなたが陰謀論から逃れられない理由

米大統領選、日本学術会議…露骨な陰謀論に飛びつく人々

露骨な陰謀論が注目を集める事案が続いた。特に日本の右派コミュニティは日々、新しい陰謀論に飛びついているように見える。アメリカ大統領選挙で、ドナルド・トランプが「合法的な票を数えれば、自分が勝っている」と吠えれば、積極的に同様の主張を訴え、《中国の軍事研究『千人計画』に日本学術会議が積極的に関わっている》なる怪しげな陰謀論的な“ニュース”が流れれば、これまた積極的に飛びついて拡散する。

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個々の事例については、多くの検証がなされているのでここで繰り返すことはしない(私も『文藝春秋』12月号で検証した)。陰謀論に惹かれている人々には、おそらく響かないと思うが、2つだけ事実を記しておく。

学術会議は「千人計画」に積極的にせよ、間接的にせよ協力している根拠がないことは当の日本政府が認めている。加藤勝信官房長官が記者会見で、学術会議と千人計画との関係に言及し「多国間、2国間の枠組みを通じた学術交流を行っているが、中国の『千人計画』を支援する学術交流事業を行っているとは承知しておりません」と明確に否定した。もう一方の当事者である学術会議側も同様の主張を繰り返しており、両者の間に対立も隔たりもない。またこれを覆すだけの有力な証拠も出ていない。

大統領選挙にしても、アメリカも加盟している欧州安保協力機構の国際選挙監視団が、今回の大統領選について「よく管理されていた」と声明を出した事実を記しておけば十分だろう。さらに書けば、米政府の内部からも不正の主張を真っ向から否定する調査結果が発表されている。無論、ミスや集計について争いが全くないとは言わないが、トランプ陣営が主張するような大規模な不正が行われたことを示す証拠は、現時点では示されていない。

トランプ大統領は米大統領選における不正を主張し続けた

右派左派関係なく、人はなぜ陰謀論に惹かれてしまうのか

ここで問いたいのは、陰謀論に惹かれてしまう人がいる背景に何があるのかという問題だ。最初に強調しておくが、政治的な右派、左派という立場に関係なく、人間は陰謀論から逃れることはできない。ちょうど昨年(2019年)の今くらいの時期だが、安倍政権が問題を起こすと有名人が逮捕されるという陰謀論に多くの左派系著名人が飛びついたことは留意すべき事実だ。

アメリカを中心に、トランプ政権誕生以降かなり進んだインターネットやメディアの研究で繰り返し確認されてきたのは、「陰謀論を信じる人は特異な人ではない」「人は見たい現実を見る」という事実だ。既得権益(と彼らがみなすもの)への反発、メディアへの不信感、変化への不安、取り残されてしまう不満などが契機となり、人は容易に陰謀論へと足を踏み入れていく。

陰謀論に関する過去の知見を簡単にまとめれば、陰謀論の基本は「根本的な帰属の誤り」と呼ばれる認知バイアスにある。これは「他者の行動の背景に意図を過大に感じ取る習性」だ。これが働き出すと、人は複雑な政治問題であっても、極めて単純な説明で世界を理解するようになる。

これは、今回は右派を中心に吹き上がった陰謀論でも同じだ。彼らを駆り立てているのは、対立する陣営への反発だろう。彼らの主観で判断するところの、いけすかないリベラルエリート、そのエリートたちが牛耳っているーと考えているーメディアや既得権益層がバイデンを支持しているように見え、学術会議の味方をしているように見える。これが気に食わないのだ。その心情の一端はとりわけツイッターに現れている。リベラル派、意見表明した学者たちの「正論」は強い反発を招き、「学術会議=既得権益」に喝采が集まっている。

陰謀論を根拠とした日本学術会議への批判は現在も続いている

ナショナリズムと結びつく陰謀論 次の「主役」は中国に?

そして、陰謀論はナショナリズム、排外意識と結びつく。科学技術分野に限れば、中国はとっくに日本を抜いている科学大国であることは疑いようがない。文部科学省が発表している「科学技術指標2020」によれば、注目度の高い論文数でトップのアメリカはシェア率24.7%だが、中国は肉薄しており、22%とトップ2と呼んでいいほどの成果を上げている。

中国の大学が発表した論文を査読した経験を持つ、基礎科学分野の科学者を取材すると、2010年前後は「論文数」を増やすためだけと思えるような論文も混ざっていたというが、ここ10年で質は大いに向上したという。

翻って日本のランキングは9位で、シェア率は2.5%に過ぎない。この10年で順位もシェア率もかなり下げてしまい、イタリアやカナダといった国に追い抜かれている。ノーベル賞学者こそ毎年のように出ており、候補者も控えているが、いずれも実績は20年から30年前のものが中心だ。この先もノーベル賞クラスの論文が発表されるのか、未来はさほど明るくない。

日本がかつてのような科学技術大国ではなくなっている、科学分野で中国に優位性を示せないという現実は、強いナショナリズムを持つ人々には受け入れがたい。『学術会議が中国の軍事研究に協力している』という陰謀論は、彼らの怒りを埋め、いまだに日本が科学技術大国であり中国をリードしているという「物語」として機能しているように私には見える。

この一件で終わるのならば問題も楽観もできるだろうが、中国が陰謀論の「主役」となる時期はしばらく続きそうだ。最近のナショナリズム研究(小熊英二・樋口直人編『日本は「右傾化」したのか』慶應塾大学出版会)では、興味深い知見が提示されている。日本国内で調査すると、外国人全般に対しては寛容度が高い一方で、近年では中国人と韓国人にだけは排外意識が増している傾向が示されている。

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アメリカの混乱は遠い向こうの出来事ではない

これまでの調査では、比較的リベラルな価値観が強かった大卒男性層でも同じ傾向が見られることが明らかになった。

高等教育を受けている層は、従来、排外意識やナショナリズムの高まりとは縁遠いと思われてきたが、今はそうではない。人々の意識は確実に変化し、反発や陰謀論の火種となり、くすぶり続ける。

日本が良い国であると思うこと自体は、大きな問題ではない。ナショナリズムはより良い社会、より良い日本をつくりたいという意識とも結びつく。だが、それがひとたび陰謀論、排外主義と結びつき続けたとき、何が起こるのか。陰謀論に寄りかかり、排外主義を声高に叫ぶポピュリストが政権を握ったアメリカの政治は、大いなる分断と混乱の最中にある。これは遠い向こうの出来事ではないはずだが……。

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