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趣味の社会学――文化・階層・ジェンダー - 片岡栄美 / 文化社会学・教育社会学・社会階層論

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日本には経済的な格差はあっても、文化的な格差はあまり意識されることがない。たとえばクラシック音楽を好きな人が、JPOPも好きでカラオケをしていたり、あるいは古典文学を愛好しつつアニメも好きという人がいるので、文化はフラット化したとか、日本は文化的に平等だといわれることが多い。しかし本当に文化の格差はないのだろうか。

20世紀後半を代表するフランスの社会学者、ピエール・ブルデューの理論と問題関心に導かれた著者は、計量的な社会調査やインタビュー調査を通じて、日本の文化実践や文化格差について研究を続けてきた。そして昨年、『趣味の社会学 文化・階層・ジェンダー』を上梓した。タイトルの「趣味」とは「テイスト」の意味であり、本書は日本における趣味やライフスタイルの階層性、文化による差異化、文化資本や教育の再生産、階級のハビトゥスなど、文化的再生産とよばれる領域について、ブルデュー理論を日本で検証した社会学的研究である。

ブルデューがフランスで明らかにしたのは、フランスのエリートたち(支配階級)は、クラシックやオペラ、美術などの正統文化を愛好するが、大衆が好む文化には排他的であること、つまり、階級的地位を文化で表す、すなわち「趣味は階級を刻印する」ということであった。ブルデューは、われわれが趣味の良さや教養、上品なふるまいとして理解しているものを「文化資本」という概念でまとめ、階級の再生産、地位の世代間再生産にとって、文化資本は経済資本とともに重要であることを示してくれた。

エリート文化の明確なフランスにおいては、親から子へと受け継がれる文化的なもの、それはライフスタイルの再生産でもあり、文化資本の再生産という現象である。しかし日本では、ヨーロッパ的な階級文化やエリート文化は不在ともいわれ、文化の格差や文化的再生産を強調するブルデューの理論は興味深いが、日本には適用できないと考える人が多かった。

筆者は、ブルデューの『ディスタンクシオン』という著作に多大な影響を受けており、しかし一方でアメリカ流の地位達成研究にも惹かれて研究していたこともあり、計量的な手法も用いながら、文化資本が不平等の再生産にとって、どのような影響を与えているかを知りたかったという経緯がある。社会的な不平等は経済資本(お金の問題)だけでは説明がつかないことも多いからだ。文化資本や学歴資本、ハビトゥスという概念を用いて、戦後日本社会の文化の不平等や再生産問題を解明しようというスタンスで、『趣味の社会学』全体を構成している。

本書の中心的な問いは大きく2つあり、1つめは「日本ではなぜ文化的な平等神話が広がり、文化的再生産は隠蔽されているのか」である。

SSM95年全国調査で文化の調査を行った結果、日本のエリート層の多くが、正統文化と大衆文化の両方を好む「文化的オムニボア(文化的雑食)」になっていることが明らかになった。エリート層はクラシックも好きだが、一般大衆と同じようにカラオケをも楽しむ。その姿は文化的に平等な社会だと人々には映るだろう。さらにエリート層だけでなく、中間層にも「文化的オムニボア」は分布していることが明らかになった。そして日本人の約6割が、文化的オムニボアとなっていた。都市部の別の地域調査では、文化的オムニボアの率はもっと高かった。現代、少なくとも90年代以降の日本社会には、文化的オムニボア説がもっとも妥当するのである。

このように中流以上の多くの日本人が文化的オムニボアになり、エリート層も大衆化した文化に親しむという文化的寛容性を示すことが明らかになったのである。日本の企業社会を考えるとわかるが、クラシックやオペラのような高級文化趣味を示すことは、ルサンチマンの対象にこそなれ、組織の中での象徴的利益は得られそうにない。とくに男性はエリート層であってもカラオケやパチンコ、スポーツ新聞という大衆文化に親しむ人が多いことがデータで示された。そして日本では、大衆文化を通じて人とのつきあいが保たれ、大衆文化が人々の「共通文化」になっていることも明らかにできた。

他方、正統文化(クラシック、美術館、短歌・俳句、歌舞伎・能・文楽など)だけを実践する正統趣味オンリーの人(文化貴族)は、日本全体のわずかに1.9%とごく少数であった。

もちろん職業階層や学歴が高いと正統文化の実践率は高くなり、地位の高い人たちは正統文化を好んでいることも事実である。しかしフランスと異なり、日本のエリート層は大衆文化も好み文化的寛容性を示すことが、フランスとの大きな違いである。フランスの支配階級が文化的卓越化と大衆文化への排他性を示すのとは、大きく異なることがわかり、これが第1の主な発見であった。

文化的オムニボアは、現在では、アメリカ、イギリスなど多くの国で増加していることが確認されてきたが、本書のデータはアメリカにつぐ早い段階の指摘でもあった。とくに都市部の若い人々にとっては、文化的オムニボアになることは、文化のグローバル化や商品化とも関連し、さらに拡大している。

ではオムニボア化(雑食化)した社会では文化の格差や階級文化は不在なのかというと、必ずしもそうともいえないのである。

例えば、趣味判断を文化弁別力(文化の高低を見分ける力)という指標でみると、正統文化と中間文化を区別できる文化弁別力の高い人は、高学歴や高い出身階層に多い。文化弁別力は「違いがわかる」かどうかであり、文化の分類・識別能力といえる。これは自他の文化実践を分類する「眼」であり、ハビトゥスの重要な側面(構造化する構造)なのである。そして出身階層や現在の社会的地位によって、文化弁別力の大きさが異なっていた。

専門・管理職層ほど文化弁別力が大きく、クラシックとジャズ、ロック、演歌の違いを大きなスケールで識別する。クラシックをより高尚なジャンルとして評価するのである。しかし労働者階層では、そのスケールは小さく、文化ジャンルの違いがあまり識別されていない。ジャズもロックも演歌もほとんど同じレベルとして評価されていることが明らかになった。

もしこれが階級ハビトゥスであるとすれば、同じ学歴や職業が2世代続けば、文化の世代間蓄積となるのだが、なぜかそれは女性にのみ顕著に現れた。さらに父親が高階層出身の女性はたとえ夫が労働階層であっても、出身階層と同程度かそれ以上の高い文化弁別力を保持するのである。しかし男性はそうではなく、出身階層に関係なく現在の職業地位の平均的な文化弁別力に同化してしまい、文化弁別力は世代間で伝達されない(11章「階級のハビトゥスとしての文化弁別力とその社会的構成」)。

そこでジェンダーの側面から文化をみていくと、文化的オムニボアとは異なる側面がみえてくる。ジェンダーによる文化の差は実は子どもの頃から生じている。女の子の習い事はピアノで、男の子はスポーツというのは、今でも顕在だ。そこで本書の2つ目の問いとして、「なぜ男女で文化実践が異なるだけでなく、その社会的な意味が異なるのか」を扱った。

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