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山口百恵と松田聖子の結婚で決定的に違ったものとは? アイドルと“結婚”というタブーの歴史 11月19日は山口百恵の結婚記念日 - 近藤 正高

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 いまから40年前のきょう、1980年11月19日、歌手の山口百恵(当時21歳)が俳優・三浦友和(同28歳)と東京都港区の霊南坂教会で結婚式を挙げた。百恵はすでに10月5日の日本武道館でのファイナル・コンサートのラストで、ステージ上にマイクを置いてファンに別れを告げ、同月15日に所属事務所のホリプロの20周年記念式典で「いい日旅立ち」を歌ったのを最後に7年半の芸能活動にピリオドを打っていた。

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山口百恵 1978年撮影 ©文藝春秋

同年3月に彼女が婚約とともに引退を発表したとき、人気絶頂のさなかとあって、世間からは惜しむ声が上がった。他方で、フェミニズム運動を推進する女性たちからは、引退して家庭に入ることを「堕落」と決めつけた抗議の手紙も寄せられたという(※1)。

 それというのも、彼女の歌う「馬鹿にしないでよ」(「プレイバックPart2」)、「はっきりカタをつけてよ」(「絶体絶命」)、「いい加減にして、私あなたのママじゃない」(「ロックンロール・ウィドウ」)といった詞(いずれも作詞は阿木燿子)から、山口百恵=闘う女あるいは激しい女というイメージができていたからだ。

「人間らしさ」を選んだ山口百恵の結婚

 しかし、あとから振り返るなら、山口百恵の引退は、芸能界やマスコミといったシステムから解放されて「自分らしく」あるいは「人間らしく」生きる道を選んだ結果であったといえる。その証拠に、彼女は引退から4年後、自伝『蒼い時』のプロデューサーである残間里江子を相手にこんなことを話していた。

《私、昔から喝采ってとても不確かなものだと思っていたから、不確かさに支えられて生きていたあのころに比べれば、結婚してからの生活はとても確かで、人間についても、できごとにしても、結婚後知ったことのほうが何倍も印象深いの。つまるところ、あの七年半は今に到達するための通過地点というだけで、あの年月の中の私は何でもないことだったんじゃないかって気がしているの。今、ここにこうしていること、人間が生きてる意味ってそれだけだと思うのよね》(※1)

 彼女のこうした選択は1977年に「普通の女の子に戻りたい」と宣言して翌年解散にいたった3人組のアイドルグループ・キャンディーズとも共通し、また、フェミニズムが目指すものともさほど隔たりはないはずだ。

 山口百恵が結婚・引退を発表した翌月の1980年4月、18歳の新人歌手・松田聖子が、百恵と同じCBS・ソニー(現ソニー・ミュージックエンタテインメント)からシングル「裸足の季節」でデビューした。スタッフが「ポスト百恵」を明確に意識して世に送り出された聖子はこのあと、百恵の引退するまでの7ヵ月のあいだに、10月1日リリースの3rdシングル「風は秋色/Eighteen」が初めてオリコンチャートで1位となり、トップアイドルの交代を印象づけた。

百恵と対照的な結婚を選んだ松田聖子

 聖子は結婚にあたっても百恵とは対照的な道を選んだ。23歳だった1985年、俳優の神田正輝と結婚した彼女は、このあとも芸能界に残った。翌年には1児(現在、ミュージカル女優として活躍する神田沙也加)も儲け、やがて「ママドル」などと呼ばれるようになる。社会心理学者の小倉千加子は、フェミニズムの見地から百恵と聖子を論じた著書のなかで、次のように聖子の選択を評している。

《彼女は結婚したことで何も失うことはなかった。アイドルとして結婚して、アイドルのまま生活感を身にまとわず、沙也加を生んだのです。つまり、本名・神田法子になることを拒否して、「松田聖子」でいつづけた。/さらに言えば、結婚、出産という近代家庭制度の下で女性が享受できる全ての経験を積みながら、「芸能人・松田聖子」を延々とプロデュースし続けたともいえます。/これは、三浦友和と結婚した百恵が、引退を選んで家庭に入り、「芸能人・山口百恵」という存在をすべて三浦百恵に回収してしまったのとは、百八十度違います》(※2)

 ただ、結婚・出産を経た松田聖子がアイドルといえるかどうかは意見が分かれるところだろう。アイドルとは擬似恋愛の対象と定義するのであれば、彼女は結婚とともにそこから外れたといえる。また、その後のアメリカ進出などの展開からは、アイドルを脱してアーティストを志向するようになったと見ることもできる。

 90年代に入ると、バンドブームなどもあって、若い女性アイドルのアーティスト化が目立つようになり、「アイドル冬の時代」ともいわれる時期に入った。

 スーパーモンキーズというアイドルグループの一員としてデビューした安室奈美恵も、1995年にソロに転じてからは、アイドルというよりはアーティストと呼ぶにふさわしい活躍を示した。その安室は、20歳だった1997年に結婚とともに妊娠3ヵ月であることを発表し、世間を驚かせる。

 1年間の産休を経て復帰したが、デビューから26年が経った2018年に引退した。引退の理由に、声帯が限界に達して声がうまく出なくなったことをあげた彼女は、やはりアイドルではなくアーティストであり、アスリートにも近いものを感じさせた。

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