記事

「高学歴は使えない」は本当だった? 学校が率先して“マニュアル人間”を育てる異常な理由 高校教員が直面した教育現場のゆがんだ実態 - 鹿間 羊市

1/2

 自分は将来、自然と偉くなるものだと思っていた。小中高と、クラスで一番勉強ができていたし、親も教師も私を特別な子どもとして扱っていたから。

 しかし誰もが気づいている通り、教育課程における「いい子」と、社会における「有能な人間」は同じではない。それどころか、学校での指導に忠実であるほど、社会では「使えない人間」になってしまうケースもしばしばある。かく言う私自身が、そういうケースの典型だった。


©iStock.com

 高校受験で筑駒を蹴り、早稲田の付属に入学した後、学年成績上位者3名に支給される奨学金を得る。そのあたりが私の人生のピークだった。

 34歳になった今、月収は額面で15万円ほど。勉強はできても、社会性や機転、応用力にことごとく欠ける私は、職場での人間関係を構築することができずに職を転々とし、普段は結局一文字いくらのフリーライターとして細々と活動している。

巷にあふれる「かつての神童」

 一体なぜ、学校では誰より優秀だったはずの私が、社会のはみ出し者のようになってしまったのだろう。

 私のこの鬱屈とした疑問は、おそらく私自身だけの問題ではない。巷にあふれる「高学歴ニート」や「東大卒フリーター」を題材としたコンテンツからも、悲惨な現状を送る「かつての神童」はこの国に数多く存在していると推察される。

「優等生の没落」が一般的事象であるのなら、もはや学校教育そのもののうちに、何か根本的な歪みが生じている可能性を考えなければならない。すなわち、「学校教育で良しとされる能力・特性」と、「社会で要求される能力・特性」との間に、矛盾・対立があるのではないか、ということである。

 優等生として「使えない人間」へと育ち、自身も教育現場に携わった者の目線から、学校教育における歪みの正体に迫ってみたい。

優等生への「ひいき」が“真面目系クズ”を育てる

 学校生活のなかで、優等生の人格形成に決定的な影響を及ぼしていると思われるのは、教員からの「特別扱い」である。同じ悪さをしても、優等生は叱られにくい。学校生活をテーマにしたドラマや漫画では、「教員からの特別扱いを悪用する腹黒優等生」のようなキャラクターがしばしば登場するが(「3年B組金八先生」第5シリーズで風間俊介が演じた「兼末健次郎」はいまだに印象深い)、それだけ「優等生へのひいき」に対する問題意識は肌感覚として共有されているのだろう。

 実際に私自身も、「ひいきされる側」として育った自覚がある。中学生の時、私が誤って窓ガラスを割った時も、放課後に携帯をいじっているのが見つかった時も、私は注意すらされず、親にも連絡が行くことはなかった。一方で、「不真面目」と教員から見なされた生徒はしばしば携帯を没収されていたし、「いたずらっ子」のクラスメイトが窓ガラスを割ったときには、教員から烈火のごとく叱責されていた。

 叱られた経験に乏しい人間は、客観的に自分自身を省みる契機を持てないまま、他人からのネガティブな感情に対する耐性を身につけることなく成長していく。嫌なことがあればすぐに他人や環境のせいにし、重荷を放り出してしまう人間へと育っていくのである。業務中に軽く注意されただけでも心を折られ、どんな仕事も長続きしない私は、まさにその典型なのだろう。

「真面目系クズ」という言葉が流行ったが、そのような「外面はいいが、本質的なところで自身の非に向き合えない」というメンタリティも、「教員に従順な(ように見える)生徒の過ちが、甘く処理されてしまう」という傾向によって育まれている節がある。

 教員による「ひいき」は、しばしば生徒の善悪の判断基準を歪ませ、反省できない人間を育てるのである。

教員がもっとも恐れるのは「優等生とのトラブル」

 教員が優等生を叱らないのは、「優等生との円満な関係」が、つつがなく教員生活を送るための前提条件となるからである。

 自分に従順な生徒がよい成績を収めることは、自分の指導の正しさを証明する材料となる。心情的にも、生徒が自分の教えを忠実に身に着けていく様は、教員にしばしば見られる「他者に影響を与えたい」という動機を満足させることだろう。

 反対に、優等生との間のトラブルは、教員のキャリアにとって大きな爆弾となる。周囲から指導の正当性を疑われることに加えて、教育意識の高い親に対して火種を与えてしまうことが問題である。私の親もいわゆる「教育ママ」であったが、意識の高い親であればそれだけ教育機関をめぐる事情にも通じている可能性が高い。

「教育委員会への報告」といった対応を現実的に検討する親も珍しくないだろう。教員側に実際の落ち度があるかはともかく、学校長やその他管理職に迷惑を及ぼすリスクは、充実したキャリアを歩むうえで絶対に避けなくてはならない。

 結果として優等生は、教員からまるで高価な陶器のように扱われる。教員のリスク回避傾向が、優等生へのひいきを生み、その人格形成に歪みを生じさせるわけである。

「勝手な指導はするな」と言われた教員時代

 実際に私が教育現場で働いている際にも、教員のリスク回避傾向が目立つ場面がしばしばあった。

 学生時代より小論文指導の経験があった私は、有志の生徒に放課後、推薦やAOに向けた指導を行っていた。受け持つクラスの最初の授業で、「見てほしい人は見るから放課後来てね」と呼びかける形である。

 10人前後の生徒の小論文を添削するようになってしばらく経った頃、私はある日学年主任に呼び止められた。私と同年代で、チャレンジ精神に満ちた気鋭の教員であったが、いつになく険しい顔をしている。彼が小声で言うことには、私が小論文を指導している生徒の担任から、私に対してクレームがあったというのである。「担任の管理の及ばないところで指導をされると、万が一の時に困る」ということらしい。

あわせて読みたい

「学校教育」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    ナイキ多様性広告 日本で大反発

    BBCニュース

  2. 2

    「鬼滅の刃」米で成功の可能性は

    田近昌也

  3. 3

    行政批判した旭川の病院に疑問点

    中村ゆきつぐ

  4. 4

    PUFFY亜美を選んだTERUの離婚劇

    文春オンライン

  5. 5

    扇動行為ない周庭氏を封じた中国

    新潮社フォーサイト

  6. 6

    トランプ大統領「4年後会おう」

    ロイター

  7. 7

    秋篠宮さま誕生日に職員2名辞職

    文春オンライン

  8. 8

    「小泉さんの仕事」橋下氏が指摘

    橋下徹

  9. 9

    宗男氏 礼儀ない野党議員を非難

    鈴木宗男

  10. 10

    竹中批判 本人は「もっとやれ」

    ABEMA TIMES

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。