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アメリカ「投票妨害」の恐るべき歴史 『投票権をわれらに』から学ぶ米選挙制度の問題点

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アメリカ大統領選挙の盛り上がりと混迷から目が離せない。予想もつかない展開の連続に心を奪われている方も多いだろう。両候補者の言動、日を追うごとに変化する投票結果、アメリカ国民のダイレクトな反応もさることながら、日本人の関心が思いのほか大きいことにも驚いた。

他国の選挙にこれほど夢中になれるものかと不思議な気持ちもあるが、かくいう筆者も、気がつけばその進展に手に汗握る観客のひとりとなっている。引き起こす分断の深刻さには注意を払う必要があるが、なぜこれほどに米大統領選は人びとを惹きつけるのだろうか。その理由を的確に説明できないのはもどかしいが、何しろ刺激的な政治イベントであることだけは確かだ。

マイノリティが闘って勝ち取った投票の権利

日本とは異なり、投票に際して有権者登録が必要であること、州ごとの選挙人制度やコロナ禍での大規模な郵便投票実施など、アメリカならではの選挙制度にもあらためて焦点が当たった今回の大統領選だが、より理解を深める好著が今年6月に刊行されている。『投票権をわれらに 選挙制度をめぐるアメリカの新たな闘い』(白水社)だ。著者のアリ・バーマンは、米政治や公民権運動を得意分野とするアメリカ人ジャーナリストである。

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『投票権をわれらに』が取り上げるのは、1965年にリンドン・ジョンソン大統領の署名によって成立した「投票権法」と、黒人、ヒスパニックなどアメリカのマイノリティ層が投票の権利を勝ち取っていくまでの厳しい過程だ。投票権法は、あらゆる国民が平等に投票の権利を持つことを定め、人種などによる差別を禁じた法律である。本のタイトルにあるように、投票権とはまさに闘わなければ得られなかった貴重な権利だ。本記事では『投票権をわれらに』を読み解きつつ、選挙制度を通して見える米国史や社会構造について考えてみたいと思う。

投票権法について話し合うジョンソン大統領とキング牧師:Getty Images

投票権法を理解するためには、時代を1865年の南北戦争終結までさかのぼって考える必要がある。終戦後に黒人奴隷が解放され、彼らに選挙権が与えられた結果、1867年から1868年に南部全域で80万人の解放奴隷が有権者として登録され、多数の黒人が連邦議会議員、州議会議員といった公選職に就いている。非常に好ましい変化だったが、こうした状況に危機感を覚えた白人側から激しい反発が起こってしまう。黒人に投票させず、公職に就かせないための妨害が行われることになったのだ。投票妨害にはさまざまな方法があったが、たとえば「投票税」はそのひとつである。

1901年のアラバマ州では、投票に際して1ドル50セントの税を課すことが法制化された。同法の立案者は「堕落した役立たずの下層民から選挙権を奪うためにこの1ドル50セントをください」と訴えている。1票を投じる行為に課税されてしまうと、生活の苦しい黒人層は投票を断念せざるを得ない。投票税法が施行された結果、アラバマ州では黒人の登録有権者数が18万2千人から4千人に減ってしまったという。

アメリカの病理そのものといえる投票妨害

19世紀後半には開始されていた「識字テスト」もまた、投票妨害の手段のひとつであった。識字テストとはいうものの、読み書きの試験というよりは憲法などに関する知識が問われることが多い。白人がテストを受けさせられることはまれであり、対象のほとんどは黒人。難易度が非常に高く、あらかじめ正解できないように作られているのが特徴だ。実質的には、投票をさせないための手段となっている。

投票権法、投票妨害を題材にした2020年のドキュメンタリー映画『すべてをかけて:民主主義を守る戦い』(Amazon Primeで視聴可能)では、当時のアラバマ州の識字テストを現代のロースクールの学生に受験させたが、彼らでさえ正解できなかったというエピソードが紹介されている。妨害行為なのだから、合格されてしまっては困るのだ。「州の郡裁判所裁判官67人全員の氏名を書かせる」問題など答えられるわけがない。そもそも、なぜ万人の権利である投票にテストが必要なのだろうか。卑劣な発想に怒りが湧いてくる。

こうした妨害行為は、その後かたちを変えながら現在まで続いている。マイノリティ層に投票させないため、法や制度を変え、投票を困難にすること。投票権法成立から50年以上経った現代でも、投票妨害はいまだなくなっていない。投票妨害が深刻であるのは、かつての奴隷制に代表される「人種差別を政治システムや制度として公的に構造化する」アメリカの抱える病理そのものである点だ。1965年に投票権法が成立したのも、こうした不平等を解消するためであった。しかし、法が成立したからといって、投票に関する問題は解決しなかった。

たとえば投票所の行列は、いまだに問題となっている。2004年のオハイオ州では「この投票区の待ち時間は約3時間で、列の長さはずっと変わっていない」と報告されている。「複数の有権者が列の長さを理由に投票せずに立ち去る」「この投票区の住人は主にアフリカ系アメリカ人である」。日本人の感覚からすると、投票はほんの数分で済むものだし、投票所で3時間待つなどという経験は信じがたい。しかしアメリカでは、投票所や投票機の数を意図的に少なくし、人為的に行列を作って投票をあきらめさせる、利便性を下げることで投票を阻害する行為は頻繁に見られるものだ。

投票を待つフロリダの有権者(2008):Getty Images

2008年のフロリダ州で、最後の投票が終わった時間は午前2時であったという。法律上、列に並んでいれば締切時間の後であっても投票は可能なのだが、最後尾の有権者は7時間以上待っていたことになる。「黒人とヒスパニックの待ち時間は白人の2倍」だと『投票権をわれらに』は述べている。地域の有権者人口と投票所の数があきらかに釣り合っていない。これは単純に人口と投票所数の割り算の問題であり、解決は容易なはずだが状況は改善していないままだ。投票に時間がかかりすぎる点について、オバマ元大統領は「この問題は何とかしないと」と意見した。

今回の大統領選でも、SNS上で「投票所の列に並んでいる人は、そのまま並び続けてください。並んでさえいれば投票は可能です」と呼びかける投稿が広がるなど *1、行列の問題はいまだ解消していない印象を持った。

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