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アリババ「相互宝」(相互見守り型医療共済):デジタル化による中国社会の変容 - 岡野寿彦

 デジタル化は中国社会にどのような変容をもたらしたのか? デジタル技術の経済活動・生活への実装が先行する中国の事例は、国情の違いを踏まえる前提で、日本のデジタル化を考えるうえでの参考になるのではないか。拙著『中国デジタル・イノベーション:ネット飽和時代の競争地図』(日本経済新聞出版、2020年9月刊)では、中国社会の変容として、(1) 「低い社会信用などの“困りごと”の改善、経済の構造改革」と、「監視社会化」とが共に進展(両面をバランス良く見る必要)、(2) 個人の意思決定において「テクノロジーを信頼」する傾向の強まり、(3) 商品開発における消費者の主体性拡大、の3点を挙げた。

本稿では(2)(3)の代表的な事例である、アント・フィナンシャルの相互補助・見守り型保険「相互宝」について事例分析したい。日本と比較して、社会保険制度が整っていないとされる中国の課題を埋める形で、一気に普及した商品だが、今後日本においても「自助」の必要性が高まるなかで、デジタル技術を活用してどのような解決策をとり得るのか考える参考としたい。

「相互宝」とは?

 芝麻信用(アント・フィナンシャルが提供する信用スコアリングサービス)のスコア600点以上の人を対象とする相互監視型医療共済である。加入時の共済料負担は不要で、ガンや心筋梗塞といった重大疾患時には上限30~39歳:30万元、40~59歳:10万元の共済保証金を受け取れる。患者がオンライン上にアップした申請書類は、個人情報に配慮したかたちで、全てのユーザーが閲覧でき、第三者機関の審査により保障金が支払われる。各期に認定された共済金合計を参加者全員で割る仕組みで、アント・フィナンシャルは8%の手数料のみを徴収する。

P2P保険(友人同士や同じリスクに対する保険に興味ある人たちでプールを作り保険料の拠出を行う、保険をシェアする仕組み)は既に存在するが、これに信用スコアを絡めて「相互監視しつつ皆で支え合う」ことがミソである。芝麻信用で一定以上のスコアの人だけを対象にするので、ただ乗り志向の人は入れない。

 共済金の請求が加入者全体の負担費用に影響するため、案件の調査、紛争の解決など、透明性、公平性を保つことが重要になる。信用スコアに基づく属性の近い集団が集まるからこそ、不正リスク対策のコストを抑えて運用を行える。また、社会行動が良い人はリスクが少なく、更に相互の見守りの中で健康な生活を送るように圧力がかかり、検査による早期発見が増えて、結果として低い共済掛け金負担になるという循環を目論んでいる。ブロックチェーンを利用し、契約、共済金の設定、支払いといった一連のプロセスの信頼性を担保している。

急速な拡大と直面する課題

 「相互宝」は、2018年に、「一人が病気になったら、皆で割り勘にする」を理念に、アント・フィナンシャルを事業主体としてスタートした。2年と言う短期間で、現在の加入者は1億人を超えている。単純に計算して、中国人の13人に一人が 「相互宝」に加入していることになる。スマホ決済「支払宝」(アリペイ)から、簡単な操作で、当初の負担なしに加入できる手軽さで、低所得層や、若年層が保険会社の保険に入る前のつなぎのニーズに合致したことが、急拡大の要因とされる。

 中国の保険会社は、「相互宝」について、どのように見ているのだろうか? 実は、2018年10月のサービス開始時には「相互保」という名称の、アント・フィナンシャルの金融商品ラインナップの中で保険業務をカバーする商品としてスタートした。しかし、中国金融監督庁から保険商品には該当しないとの指摘を受け、保険の「保」の文字を消去し「相互宝」へと変更した経緯がある。

保険会社の知人に聞くと、保険会社は保険商品を販売するにあたり、顧客への保険金の支払いに備えて準備金を積み立てるが、これを行わない「相互保」が保険商品として発売されることに、保険会社から反発があったとのことである。加入者数が1億人を超えた「相互宝」は、保険会社としても、補償が被ることもあって無視できない存在になっている。しかし、次のような加入者のリスクが市場で指摘されることも増えており、保険業界関係者からは永続的な仕組みではないのではとのの見方も聞かれる。

[市場で指摘されている「相互宝」のリスク]
①会員の各期の分担金が急拡大
半月に一度、その期に共済保証金を申請して認められた総額を、会員で割り勘する仕組みだが、公開されているデータによると、2019年6月上期に共済保証金を受け取った人数:100人、会員の共済料:0.33元/人だったのが、5か月後の2019年11月上期にはそれぞれ1,735人、3.03元/人と、共済料が10倍になっている。

それでも年間(24期)で約100元ではあるが、今後、発病する会員が増加、また「相互宝」を退会する会員が増加するなどの場合に、共済料の負担がさらに増加するリスクが指摘されている。アント・フィナンシャルは、顧客の不安を抑えるために、共済料は年間188元を超えない(超える場合はアント・フィナンシャルが負担する)と言明したが、持続可能な仕組みなのか、懸念が持たれている。

②共済保証金の支払が拒否されるケース:査定および会員による監査の仕組みが未成熟

考察:今後の方向性と日本への示唆

 以上述べてきたように、「相互宝」は、急拡大の中で、課題も顕在化している。信用スコアが社会インフラとして定着している中国と日本とを一緒くたに論じることはできないが、日本のデジタル化への示唆を3点挙げたい。

(1)「自助」とデジタル化
「相互宝」は、中国の社会保障制度の課題を埋める形で急成長した。上述のような加入者のリスクに関する指摘が増える中で、政策当局は「相互宝」の仕組みを社会保障制度において活用することも検討していると聞く。今後日本においても「自助」の必要性が高まるなかで、一人ひとりの個人が、より多くの適切な情報を得て自衛策を講じるために、これを支援することがデジタル化の大きな意義になるだろう。一方で、健康情報を「どこまで“見える化”することが適切なのか」、デジタル化を推進するうえで重要な論点になると考える。

(2)商品開発における消費者の主体性拡大
伝統的な保険商品は保険会社が設計・販売・運用しているが、「相互宝」は、消費者の相互見守り(監視)による「割り勘システム」がその本質である。アント・フィナンシャルは、自らの収益を「運用手数料の8%のみ」とオープンにしている。

今後、ブロックチェーン技術の、「改ざんに強い」、「コストが安い」といった特徴を活かした、分散型管理の実用が進む中で、「相互宝」のモデルはさまざまな応用が考えられる。相互補助・見守りの仕組みが更に進化すると共に、商品設計における収益構造の「見える化」が進み、消費者の関わり・主体性が拡大する可能性がある。

(3)「スーパーアプリ」の機能:消費者との接点づくり
「相互宝」の急速な成長は、中国の消費者に浸透した「支払宝」(アリペイ)の存在なしにはあり得なかっただろう。アリペイやWeChatなどいわゆる「スーパーアプリ」(1つのスマホアプリ内で、サードパーティ製の様々なアプリを起動できる、プラットフォームとなるアプリ)が、デジタル・イノベーションを作り出すインフラとなった事例だと言える。

日本においては、スーパーアプリは出現しづらいと筆者は考えるが、デジタル化の推進(デジタル政策)において、「様々なサービスをつなぎ込める消費者との接点」をいかにつくるか、その重要性が本事例から理解できる。

― ―
岡野寿彦(NTTデータ経営研究所 シニアスペシャリスト)

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