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なぜ戦争は起こるのか?――『進化政治学と国際政治理論 人間の心と戦争をめぐる新たな分析アプローチ』(芙蓉書房出版) - 伊藤隆太 / 国際政治学、安全保障論

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なぜ人間は戦争をするのだろうか。この究極的な問いをめぐり、これまで社会科学では一つの誤った発想が中心的なドグマとなっていた。それは、「戦争は人間の本性とはかかわりがない」という考え方である。

このルソー的なドグマは翻って、「戦争は学習された産物である」、「戦争は西欧文明の退廃さにより引き起こされる」、「人間は本性的には平和的である」といったおなじみの命題に派生していく。たとえば、戦争は人間本性に由来するという古典的リアリスト(ホッブズ、モーゲンソー等)の先見的な洞察にもかかわらず、1970年代以降行動論が台頭する中で、国際政治学はより「科学的」な理論を目指して、人間本性論を拒絶するに至ったのである。

しかし、進化論や脳科学といった自然科学の進展を受けて、こうした社会科学のセントラルドグマが〔標準社会科学モデル(standard social science model)と呼ばれるもの〕、実は逆に「非科学的」だったことが明らかになってきた。

このことを体系的に主張しているのが進化政治学――進化論的知見を政治学に応用した学問――であり、それについての日本で初めての包括的な研究書が、『進化政治学と国際政治理論 人間の心と戦争をめぐる新たな分析アプローチ』である。

それでは、なぜこれまで社会科学者は、戦争原因を人間本性に帰することを躊躇してきたのだろうか。これにはいくつかの理由が考えられる。

第一には上述したことだが、科学的知見をめぐる時代の制約により、人間本性の視点から戦争を科学的に分析するのが困難だったという点が挙げられる。マキャベリ、ホッブズ、モーゲンソー、これら現実主義政治思想のレジェンドたちはみな、人間には権力を求める性があり、こうした本性が戦争の真の原因だと主張してきた。

今からみれば、こうした御大の主張は正しかった。しかしそれが科学的に正しいと社会科学が言えるようになるには、進化心理学や脳科学の進展を待たなければならなったのである。

第二は、道徳主義的誤謬(moralistic fallacy)の問題とかかわる。道徳主義的誤謬とは、こうあるべきであるという規範から、特定の学説を導きだそうとする、推論上の誤りのことを指す。俗な言葉で端的にいえば、「人間に戦争を望む本性がある」という主張は、社会でも学界でもタブーだったのである。なぜなのか。

それは多くの人が、人間本性は暴力的であるべきでない(ought)と考え、こうした願望や規範を実証命題(is)に投影し、誤った推論――この際、「人間は本性的には戦争を望まない」――を導きだしてきたからである。

ハーバード大学の心理学者スティーブン・ピンカーが的確に述べているように、「暴力の場合の『正しい答』とは、暴力は人間の本性とは無関係であり、外部の有害な要素の影響による病的な状態」、すなわち「文化が教える行動であるか、一定の環境に蔓延する伝染性の病気である」というものだったのである(注1)。

本書では、こうした「戦争は人間の本性とはかかわりがない」という社会科学のセントラルドグマが誤りであるばかりでなく、実に危険なものであるという問題意識を抱いている。なぜなら、科学的に誤った学説に基づいた政策処方箋は、不可避に不完全あるいは誤ったものになるからである。

合理性を前提として高度な論理体系で策定された米国のヴェトナム戦争戦略が、無残に失敗したことはその証左であろう。この際、指導者の過信、ヴェトナム兵のトライバリズムなどを戦略策定における変数として考慮すべきだったのである。

それゆえ本書の重要なインプリケーションは、平和を実現するためには、戦争の真の原因――すなわち人間本性――から目をそらさずに、それを真摯に議論する必要があるということである。

いくら平和に向けた聞こえのよい楽観主義を唱えても、脳に刻み込まれた暴力に向けた様々なプログラムを理解しない限り、人類の進歩を現実的に達成することはできない。カントが世界平和の達成への方途を示しつつ、同時にその困難さを自覚していたのは、このことを直感的に理解したからであろう。

人間本性の暗黒の部分は、狩猟採集時代から現代にかけて変化しておらず、変化したのは環境(教育、国際制度、中央集権政府の成立等)であり、それが人類史上の平和的進展をもたらした。したがってその論理的帰結として、後者により前者をいかに抑制するかというリベラル啓蒙主義的なテーマが、人類の幸福と繁栄を推進していく上での中心命題となる(注2)。

本書では前者の論理を体系的・実証的に明らかにしたので、次作ではいかにして後者により前者を抑制して、建設的なリベラリズムを現実的に実現できるのかを論じたい(注3)。

(注1)スティーブン・ピンカー『人間の本性を考える(下) 心は「空白の石板」か)』(NHK出版、2004年)54頁。

(注2)一定の限界はあるが、いくつかの領域においては、逆にこの人間本性を利用してリベラルな目標(社会福祉、再配分その他)を実現することも可能である。こうした点についてはたとえば、ジョナサン・ハイト(高橋洋訳)『社会はなぜ左と右にわかれるのか』(紀伊国屋書店、2014年)を参照。

(注3)こうしたプロジェクトの重要な先行研究はたとえば、スティーブン・ピンカー(幾島幸子・塩原通緒訳)『暴力の人類史』全2巻(青土社、2015年);スティーブン・ピンカー(橘明美・坂田雪子訳)『21世紀の啓蒙 理性、科学、ヒューマニズム、進歩』全2巻(草思社、2019年);マッド・リドレー(大田直子・鍛原多惠子・柴田裕之訳)『繁栄 明日を切り拓くための人類10万年史』(早川書房、2013年); Michael Shermer, The Moral Arc: How Science Makes Us Better People (New York: St. Martin’s Griffin, 2016) を参照。脳科学や進化論の裏付けを備えた形で構築された、建設的なリベラリズムの実現に向けた規範理論としては、たとえば、グリーンの深遠な実用主義(deep pragmatism)を参照。ジョシュア・グリーン(竹田円訳)『モラル・トライブズ 共存の道徳哲学へ』全2巻(岩波書店、2015年)。

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