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ネットや本を調べてもピンと来ない時に試したい「究極の調べ方」

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ネットを検索すれば大概のことはわかる。しかし、「わかった!」と納得できる情報に行き着くことはまれだ。『実践 自分で調べる技術』を書いた宮内泰介氏と上田昌文氏は「世の中の情報の99.9%は、まだ書かれていない。だから知りたい情報を得るためには、現場に出かけ、見て、話を聞くという『フィールドワーク』が必要になる」という――。

※本稿は、宮内泰介、上田昌文『実践 自分で調べる技術』(岩波新書)の一部を再編集したものです。

ノートパソコンとスマホの前で疲れた目をおさえる男性
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/filadendron

「知りたい情報」はどこにあるのか

何かについて知りたいと思ったとき、まずは、誰かがそれについて調べていないだろうか、書いていないだろうか、と考えます。

それを調べるのが、前の章で解説した文献・資料調査です。記事・論文、本、新聞記事、そして統計と形こそ違え、いずれも誰かが大事だと思って調べ、根拠を示しながら書いているものですから、たいへん有益なものです。さらには、筋立てて書いてくれていますので、物事の因果関係もよくわかります。

しかし、言ってしまえば、文献や資料に載っていることは、この世の現実の一部にすぎません。誰かが調べてくれている、と言っても、それはあくまでその人の視点で調べたものです。書かれている因果関係は、その人の視点と方法による分析です。それが自分が調べたいことと、ずばり一致するということは、なかなかありません。

知りたい情報は、なかなか書かれていないのです。

私たちは、一人ひとりが無数の知られざる「情報」をもっています。私が朝何を食べたか、私はどういう友人関係をもっているか、私は今の政治についてどう考えているか、私は地域社会のなかでどんな役割を果たしているか、私の職場ではどんな隠れたルールがあるか。

どうでもよさそうな情報から大事な情報まで、私たち一人ひとりは、数え切れないほどの情報をもっています。

情報の99.9%は書かれずに眠っている

しかし、そうした情報は、一部は自分しか知らないし、一部は身近な人しか知りません。それらの情報は、ほとんどどこにも「書いて」いませんし、誰かから調査を受けたこともありません。SNSに頻繁に文章を上げている人でさえ、実際に上げているのはもっている情報のごくごく一部でしょう。

調べる側からすれば、ある事象について調べたいと思った場合、それがすでにあらゆる角度からあらゆることについて書かれていることはまずありません。

世の中の情報の99.9%は、書かれないまま、眠っています。

と考えれば、私たちのもつ「常識」は案外狭い情報や知識によるもので、ある意味、ほとんどが思い込みだとさえ言えるかもしれません。

気づかないうちに「常識」にとらわれている

私たち一人ひとりの認識、たとえば今の世の中はもっとこうあるべきだとか、最近の社会はこんな傾向があるとかいった認識が、いったい何をもとにできあがっているのか、もう一度考えてみてもよいかもしれません。

どの人の認識の形成プロセスも簡単ではないと思いますが、おそらく、家族、友人関係のなかでつちかわれた感覚、学校、メディア、その他からの情報、そういった案外限られたもののなかから形成されていると思ったほうがよいかもしれません。

自分の認識から外れるような情報に接したとき、私たちは「そんな話、聞いたことがない」と、無視したがる傾向にあります。しかし、それは、ただ「聞く」、「調べる」という作業をしていないために情報が入らなかっただけだと考えたほうがよいでしょう。

テレビのニュースを見て、ネットを眺めているだけでさまざまなことがわかるなどということは、まずありえません。

現実は「二項対立」ではできていない

○○問題をめぐって住民どうしが対立している、という報道に接し、実際に行ってみて、いろいろな人に詳しく聞いてみると、じつは「対立」ではなく「意見の相違」くらいで、しかも意見は二つにわかれているのではなく、三つにも四つにもわかれている、ということがわかったりします。そもそも「○○問題」というフレーム(枠組み)すらあやしい、ということも見えてきます。

このように、現場に出かけ、見て、話を聞くことで実際の姿に迫ろうとすること、それがフィールドワークです。

フィールドワーク、と一言で言っても、いろいろなものがあります。山のなかに入ってどんな植物が生えているか調べるのもフィールドワークですし、大都市の駅前で人の流れを観察するのもフィールドワークでしょう。

一軒一軒訪ねて話を聞くというフィールドワークもありますし、企業や行政に対してインタビューを行うのもフィールドワークです。あるNPOの活動にしばらく参加させてもらって、なかから観察するのもフィールドワークですし、工場に入って一緒に働いてみるというのもフィールドワークです。

地図を持つ男女
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/RoBeDeRo

「現場」は“モノの見方”を変えさせる

ところで、こうしたフィールドワークを経験した人の多くが実感することがあります。それは、フィールドワークをすることで、単に現場でデータを得るということ以上のものが得られる、という実感です。「現場がやはり大事だ」と経験者はよく言います。

単にデータを得るということ以上のものがある、とはどういうことでしょうか。

一つには、現場では、単にデータが得られるだけでなく、私たちがもっているフレーム(考え方の枠組み)そのものが壊れたり再構築されたりすることが多いということです。フレームは、おおまかな仮説と言ってもよいかもしれません。こういうことを知りたくて、現場に行く。こういうことを考えて、フィールドで調査する。

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