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手塚治虫のマンガに日本の社会の変遷を見る - 猪野 サキ

「マンガ(MANGA)」ということばは、今や世界共通語となっています。もともと「マンガ」は西洋で戯画・風刺画という意味の「カリカチュア」や、時事性・政治性の強い風刺画「カートゥーン」の訳語として用いられたことばでした。「マンガ」と言う言葉が「風刺画」という意味で使い始められたのは1902年頃です。一方、現在、日本で主流となっている「マンガ」は、英語でいうと「コミック」で、新聞や雑誌に連載されている娯楽性の強いものだと言えるでしょう。

「鉄腕アトム」は日本のSFマンガの代表作であり、日本ではじめて毎週1回30分の連続放送アニメになった作品です。作者は、少年時代虫が大好きだった手塚治虫先生。手塚治虫は、1946年「マアちゃんの日記帳」(毎日小学生新聞)の4コママンガで、デビューして1989年に亡くなりました。彼は43年間戦後復興から近年に至るまで、日本人や世の中を深く見続けて描いてきました。幅広い世代や長い間多くのファンの心を掴んできました。

手塚マンガの主人公は、アトムも、ブラック・ジャックも、サファイヤも、「自分は何者なのか」「何のために自分は生きるのか」と悩んだり、苦しんだりします。皆一生懸命に自分探しをしています。手塚治虫は主人公の目を通じて、自分の役割や社会について考えを巡らしてきたのでしょう。社会の中で生きる日本人を手塚治虫が深く見つめて描くことで、マンガの中で日本社会が表現されてきました。つまり、「作家」=「主人公」=「世相」「社会」という関係が、浮かび上がってくるのです。

戦後焼け野原に立ち、精神的にも放り出された感じがしていた当時の日本人は、身も心も更地になったところから、どうやって自分を探しあてたらいいのか、悩んでいたのでしょう。そういう自分探しに寄り添う形で、手塚治虫の旅が始まったのです。「戦後復興期」の代表作としては、「鉄腕アトム」や「ジャングル大帝」や「リボンの騎士」が挙げられます。自分探しをする上で、何が自分に出来るかを考え、「精一杯やったなら、きっと喜びも見つかるだろう」と日本人は幸せ探しに向かっていました。

高度経済成長期」の代表作には、「ゼロマン」「どろろ」「冒険王」があります。リッキーは「0マン」の子供として生まれたのですが、異人種の日本人と暮らしているため、「0マン」と人間が戦争状態になってから、リッキーは「どうして戦わなければならないのか?」という悩みを抱え、苦しみます。「どろろ」の中のどろろは、敵である百鬼丸について行かなければいけないので、ただ生きるためだけに生きていました。でも、行く先々の村で襲われ苦しむ人々や、なんの落度もないのに圧政で虐げられる人々に出会い、彼らと触れ合う中である決心をします。自分が人々の先頭に立ち戦うことです。「人のために生きること」が生きがいにつながると悟るようになりました。経済が成長し、物質的に豊かになって、生活のゆとり出て来たものの、精神的に豊かになったかというと、そうでもない。幸せを実感するにはどうしたらいいのか、「何のために自分は生きるのか」「何が自分にできるのか」「誰かのために自分のしていることは役立っているのか」という点で、日本人も、生きがいを探し始めていました。1968年、日本の国内総生産(GDP)は、自由主義世界の中でアメリカに次ぐ第2位になり、世界的企業も出てきて成長を遂げていきます。

そういう中で、手塚治虫は、ライフワークとも言える「火の鳥」を描き始めます。過去や未来を行き来し、出世欲や金、永遠の命にとりつかれた人々の悲しい最後に向き合う火の鳥。自分一人だけでは人間は生きられない。周りともコミュニーケーションをとらざるを得ない。皆で生きて行こうとすれば、一回きりの人生でも、きっと幸せだったはず‥・。「未来編」の山之辺マサトも、「鳳凰編」の茜丸も、火の鳥によって、永遠の命を手にするのですが、それは幸せを意味していませんでした。それは、絶望的な孤独に他ならなかったのです。

1970年代に入ると、手塚治虫は新しい挑戦に挑みます。それは「きりひと讃歌」です。これまでの絵柄とは違って、丸みを抑えて直線的なタッチで表現しました。「モンモウ病」という姿が犬のようになってしまう病気の研究に立ち向かった小山内桐人は、研究をしているうちに、自分もモンモウ病になってしまうという話です。一度失ってしまった人間としての自分の存在や意味を、人を助けることで小山内桐人は再び取り戻そうとします。この物語は、絶望の中からも人は光を見つけることができるかもしれないと教えてくれました。このマンガは、「ドールショック」「オイルショック」に立て続けに見舞われ、景気が低迷し、先の見えない社会の中で、若者が不安と葛藤する姿と二重写しになっています。

そういう状況下、1973年、手塚治虫さんの虫プロダクションは倒産します。その中で「ブラック・ジャック」は描かれました。命と生き抜く事と尊さを知りつつ、人間の幸せとは何であるのかを問い、そして医療の限界とも毎回戦います。人を生かすため、日々自身のベストを尽くす姿は、時に挫折もしますが、やはり、希望を感じさせます。「明日に向けて、出来るかぎりのことをして精一杯生きることが大事なんだ!」―― そんなメッセージが伝わって来る作品です。

手塚治虫さんが亡くなったのは1989年でした。その後もバブル経済の崩壊、阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件、世界金融危機などがあり、日本そして世界でも大きな歴史的転換、天災、事件、戦争、経済破綻を経験しました。今、手塚治虫先生が生きていたら、今の日本と日本人をいったいどんな風に思って、マンガにしたでしょうか。

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