新型コロナウイルスによるパンデミックは、世界をどう変えるのか。「欧州最高の知性」と称されるジャック・アタリ氏は「このままでは民主主義が消耗し、社会はあっけなく独裁者を容認するようになる。人々は監視を求め、メディアは言論の自由を奪われるだろう」という――。
※本稿は、ジャック・アタリ著、林昌宏・坪子理美訳『命の経済 パンデミック後、新しい世界が始まる』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
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アメリカの上位5社の株式時価総額=日本のGDP
大国でさえ衰退する国家の弱体化は、巨大企業が権力を握る過程を加速させるだろう。巨大企業は政治力を増し、国の課す規制や税制をこれまで以上に回避するようになるに違いない。こうした傾向はとくに西側諸国の大企業の間で顕著になるだろう。
一方、中国の大企業は今後も中国共産党および自国の政治指導者に対してきわめて従順だろう。
さらに、金融市場も同様の見通しを示す。金融市場はアメリカの大企業の資産価値をこれまでになく高く評価しており、先述のGAFAM(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン、マイクロソフト)だけでなく、アメリカの大企業は政治の介入に対して頑強性を高めていると考えられている。〔アメリカの大型株500銘柄による株価指数「S&P500」にならって〕「S&P5」とでも呼ぶべきアメリカの上位5社の株式時価総額は、現在、世界第3位の経済大国である日本のGDPに匹敵する。
パンデミックでさらに巨大化するGAFAM
今回の危機において、とくに業績を伸ばしたのはGAFAMだ。アマゾンの2020年第1四半期の売り上げは26%増だった。第2四半期は18%から28%ほどの増加が見込まれている〔その一方、従業員の安全対策のため損益は赤字となる見込み〕。
3月以降、アマゾンは新たに17万5000人以上を雇用した模様だ。2020年の売上高は20%増の3350億ドルに達する可能性があるという。
アマゾンは現在、実店舗をもつ書店、調理済み食品、音声・映像コンテンツ、音楽配信、携帯電話、ヘルスケア、宅配、クラウドコンピューティングの分野で活動する。現在のところ、アマゾンのクラウド部門「アマゾン・ウェブ・サービス」はグループ内でも群を抜く稼ぎ頭だ。
世界各地に120のデータベース・センターを保有し、オンライン・データの蓄積量で世界一となっている。
また、「アマゾン・ケア」は医療分野のスタートアップ企業数社を買収した(例:オンライン医療サービスを提供するヘルス・ナビゲーター社、処方薬のオンライン薬局であるピルパック社)。
イギリス政府が国民に新型コロナウイルスの検出用キットを提供しようと計画した際、その流通を請け負ったのはアマゾンだ。アマゾンは少なくとも350万回分の簡易検出用キットをイギリス国内の数万の世帯と薬局に配送するという。
アップルとグーグルは、今回の新型コロナウイルス感染症の感染者を追跡できるアプリを共同開発した。大手コンサルティング企業のプライスウォーターハウスクーパース(PwC)も「コンタクト・トレーシング(接触追跡)」を行うアプリ〔「Check-In」〕を開発している。
このアプリを利用すれば、企業幹部は新型コロナウイルスの検査で陽性が判明した同僚に接触した従業員へ、その旨を通知できるという。韓国の複合企業ハンファ社の子会社は、体温を感知するカメラを発売予定だ。
企業活動を拘束する法律を守らない巨大企業
さらに、GAFAM各社は自分たちの企業活動を拘束する法律を遵守しない。
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ヨーロッパでは2016年以降、「EU一般データ保護規則(GDPR)」によって全ヨーロッパ市民の情報が保護されることになったが、GAFAMはこの規則を遵守せず、扱いに注意を要する消費者の情報(とりわけ、個人の健康状態に関する情報)の利用に関して、消費者に充分な説明に基づいた選択肢を提示していない。
これらの企業は、特定の政治候補者に有利になるメッセージを選りすぐり、また各国政府に対するロビー活動に莫大な資金を投じるという政治的な目的のために消費者の個人情報を利用している。
現在のところ、これらの企業は各国共通の最低法人税率(12.5%)の導入を阻止している。仮に、この税率が適用されれば世界全体で税収が1000億ドル程度増加するという。
「人工物が支配する世界」が待ち受けている
2017年、デンマークがGAFAM担当大使を任命したように、一部の国はGAFAMを国家と同等の立場にまで引き上げている。GAFAMの創業者である大株主の一部も、個人あるいは財団を通じて影響力のある政治活動家と見なされるようになった。
ビル&メリンダ・ゲイツ財団は、国を除くと世界保健機構(WHO)への最大の寄付者〔国を含めた全拠出元のなかでもアメリカに次いで二位〕であり、予防接種プログラムの拡大を目指す「GAVIアライアンス〔旧・ワクチンと予防接種のための世界同盟〕」の創設パートナーにさえなった。
マーク・ザッカーバーグは、医療、教育、科学研究、エネルギーの分野での機会の平等を推進する活動に従事している。これらの慈善事業は、完全な利他主義に基づく場合もあれば、自社の売り上げを伸ばすための場合もある。
たとえば、フェイスブックはWHOに広告枠を無料で提供することによって、WHOがフェイスブックを利用するように仕向けている。
GAFAMに相当する中国企業も、GAFAMを上回る演算能力や人工知能に関する知識、そして巨大な中国市場という活動領域を活かして同等の力をつけた。現在のところ、これらの中国企業は中国共産党と国に忠誠を誓っている。
いずれにせよ、これらの企業が生み出すものこそが、われわれを待ち受ける挑戦だ。すなわち、人工物が支配する世界である。
多くの人が、元の世界に戻りたいと思っている
非常に多くの人々が、元の世界に戻りたいという切実な願いを抱いて今回の危機を脱するだろう。その心情は理解できる。監視されたり、子供扱いされたりすることのなかった世界に戻りたいと願う人は多いはずだ。
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失業した人、商売が台無しになった人、作業場を失った人は、危機以前の暮らしと生活水準を取り戻したいと渇望するに違いない。彼らは憧れの車を買いたがるだろう。旅行好きの人は、その喜びを再発見したいと思い、再び世界各地を旅したいと望むだろう。
多くの企業経営者は、自分たちの企業活動に影響を与えたパニックはもう終わったと安堵し、危機以前の生産量と利益率を回復させようとするだろう(だが、彼らには新たな従業員を雇ったり、これまでとは別のモノを違ったやり方でつくったりする考えはない)。
多くの政治指導者は、危機以前の支持率を取り戻そうとするだろう。その一方で、緊急時だからこそ得られたと思われる暫定的な権力を保持することも試みるだろう。