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脳科学者・中野信子が語る、正義をかざした「バッシング中毒」の虚しさ

“初の自伝”『ペルソナ』(講談社現代新書)が話題の脳科学者・中野信子氏は、「ポジティブ心理学が嫌い」だと語る。「理想的なあるべき姿」を描きすぎ、そこに禍々しい明るさ、胡散臭さを感じるのだという。「正しさ」「ルール」に思考停止し、翻弄されて生きる人間の滑稽さを白日の下にさらけ出す、同書の一部を特別公開する。(第2回/全2回)

※本稿は、中野信子『ペルソナ』(講談社現代新書)の一部を再編集したものです。

人間が「個人的な思い込み」に縛られるワケ

人は、自分がこういう人間だ、と認知の中に像を結んでしまうと、それを変えることがなかなかできない。状況が変わって、違和感を覚えたり、不本意で居心地悪くなっても、その姿を最後まで貫こうとしたり、無理してでも貫き通したほうが美しいと感じたりする。

母親だから頑張らなくちゃ、だとか、男子たるもの、涙を見せるべきではない、だとか。自らの立場をひとたび明確にし、それにコミットしてしまうと、途中で変更することにストレスを感じてしまうのだ。

これを、人の心理における、一貫性の原理、という。

マスクの裏で※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mammuth

「一貫性の原理」という謎の機能

何か自分で決めたことを最後まで貫くことができないと、自分を情けない、醜い存在だとみなすようになってしまう。もしかしたらある程度の年齢以上の人なら周りにそういう人がいるかもしれないが、特定の思想の持ち主だった人が「転向」すると、必要以上に反動が起きたり過剰に自虐的になったりする。

なぜ人間にそんな性質があるのだろう?

一貫性がないと困る、という一見不必要な制約が、脳に備え付けられているのだとしたら、それはどんな目的のためなのだろう?

この答えは、残念ながら脳科学的にもまだクリアにはなっていない。

人はみな「キメラ」である

私は、自分の思考がモザイク状、もっといえばキメラ状(異なる遺伝情報が混ざった状態)にできているのを感じることがしばしばある。一貫性を持たせることは難しく、意外かもしれないが、これは自然にできることではないのだ。

よく観察してみれば、キメラでない人など、本当はどこにもいない。けれど、ほとんどの人は少なくとも自分で見える範囲内だけは滑らかに化粧して、驚くほど能天気に、自分は一意に定まるもの、と信じ切っている。

心地よく日々を過ごしていくためには、そこを忘れ去り、無視できるという能力も重要なものなのだろう。

「ブレる気持ち」を持ったことのない人の方が少数派

もっと下世話な書き方をした方が、わかりやすいだろうか。

たとえば、自分が好きになってそれなりの努力をして結婚できた妻がいて、今でも満足していて愛しているのに、シチュエーションが変わっただけで、まったく別の女性にあっさり誘惑されてしまうとか。

そうして、この人は一貫性を保持できていない、と世間に認知されるとどうなるか。

言うまでもなく、バッシングが始まってしまう。

実にありふれていてどこにでもあるつまらない話だから、本当は不倫の話など書くのもうんざりなのだが、周囲を見渡してみれば、こうした「ブレる気持ち」を持ったことのない人の方が、むしろ少数派なのではないだろうか。

私が夫のことをメディアでのろけ気味に語るたびに、結婚して10年もたつのに、珍しいですね、といわれるのだから、きっとそうなのだろうと思っている。

「あるべき姿」という欺瞞

あるべき姿でない、というだけで、いかがなものか、といつでも言いたがっている正義中毒者たちにとっては、いかにもおあつらえむきのおいしい獲物になってしまう。格好の娯楽の対象になってしまうわけだ。

誰かが何かをやらかすことを、いつも心待ちにしていて、いったんそういう人が出てくると、2~3カ月はそのネタを心ゆくまで愉しもうとする。

あなた方はもしや、アマゾンの飢えた肉食魚なのではあるまいか。

東急プラザの鏡の入り口=2019年1搈25日※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Torjrtrx

私は、ポジティブ心理学というものが嫌いだ。好き嫌いで学問を評価すべきでないことは承知しているが、人間のあるべき姿を理想的に描き過ぎているように思う。事実を観察する前に臆断すべきではない。

また、ポジティブであることを必要以上に強要されてしまう感じも苦手だ。人間が自然なネガティブさを持っていることを許さない、というような、どこか禍々しい明るさに、私はむしろ胡散臭さを感じてしまう。

思考停止しやすい人々の生きる国

こうした「正しい」パラダイムの中では、常に正しい選択肢を選ばなければならない。誤った選択肢を一度でも選べば、激しい攻撃にさらされてしまう。冷静な見方ができる人は、残念ながら少ない。

中野信子『ペルソナ』(講談社現代新書)

特に私たち日本人は他国で生まれ育った人に比べて、定時性の中で生きなければならないという環境圧力に対して敏感であり、きちんとしていなければならない、という呪いをかけられながら生きている。

ルールに従うことは、選択の自由を放棄していることと同じだともいえる。ルールというのは、便利な側面もあるが、むやみに濫用すれば、人々は思考停止させられてしまう。いかなる返答をするのも自由、ときれいごとでは言われながら、やはりテンプレートに従い、社会の理解の枠組みに合わせて答えなければならない。

思考停止しやすい人々の生きる国は、どんな形をしているか。メディアに出るということが、その観察を可能にしてくれる。カメラの向こう側に、巨大な実験室があるようなものだ。人々の反応をレンズ越しに見られるのは、端的に言って面白い。

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中野 信子(なかの・のぶこ)
脳科学者、医学博士、認知科学者
1975年、東京都生まれ。東京大学工学部卒業後、同大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了、脳神経医学博士号取得。フランス国立研究所ニューロスピンに博士研究員として勤務後、帰国。東日本国際大学教授として教鞭を執るほか、脳科学や心理学の知見を生かし、マスメディアにおいても社会現象や事件に対する解説やコメント活動を行っている。著書には『サイコパス』『不倫』(以上、文春新書)、『空気を読む脳』(講談社+α新書)、『ペルソナ』(講談社現代新書)、『引き寄せる脳 遠ざける脳』(プレジデント社)、共著書に『脳から見るミュージアム』(講談社現代新書)、『「超」勉強力』(プレジデント社)などがある。
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(脳科学者、医学博士、認知科学者 中野 信子)

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