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「赤ちゃんポスト」創設者が逝去 「子捨てを助長する」の声 それでも続けた理由 - 三宅 玲子

 カトリック島崎教会は、熊本市西部、夏目漱石の小説「草枕」の舞台となった金峰山のふもとに立つ。近くにある加藤清正の菩提寺・本妙寺には、明治期、家を追われたハンセン病患者が多く集まっていた。マリアの宣教者フランシスコ修道会から布教に送り込まれたシスターたちはハンセン病患者のための施療院をつくった。望まない妊娠をした女性が匿名で赤ちゃんを預け入れることができる「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)で知られる慈恵病院の前身だ。

晩年まで車椅子でゆりかごに取り組んだ

 秋晴れの10月29日朝、このカトリック島崎教会でゆりかご創設者で同院理事長兼院長の蓮田太二氏の葬儀が行われた。アレサンドロ・トゥルコ神父は、小さき者、弱き存在こそこの世の主役だとした聖書の言葉に触れながら「困難な状況にある母子を支えようと子どものように打ち込んだ蓮田先生を、イエス・キリストは今頃、天国で大歓迎していますよ」と蓮田氏の奮闘を称えた。


蓮田太二氏 ©比田勝大直

 慈恵病院はカトリック島崎教会のすぐ脇にある。病院の生垣の間の小さな門を入ると、ゆりかごのドアが待ち受ける。これまでに155人の赤ちゃんがゆりかごに預け入れられた。

 2007年にゆりかごを開設したとき、法的な整備が整わないこの仕組みに対し、当時の安倍信三首相は「抵抗を感じる」と反対姿勢を表明。地元熊本での賛否は半々に分かれた。副院長で長男の健氏(54)は不安に感じたという。

「ベッド数98床の地方の中小病院にとっては利益になりません。わざわざリスクをとってやることではないと、私は当時どちらかといえば反対でした」

 蓮田氏が決心したのは、熊本県内で自宅出産などにより赤ちゃんが死亡する事件が立て続けに起きたことがきっかけだ。その数年前に視察したドイツの先行事例を実行に移した。

「子捨てを助長する」「預けられた子どもの出自を知る権利を守れない」と、設置には反対が圧倒的に多かったが、予期せぬ妊娠をした女性にとって必要な場所であり、「匿名」で預けられることは生命線だと、蓮田氏は譲らなかった。

「赤ちゃんポスト」が続いてきた理由

 13年の間には、3歳の子どもが預け入れられ、亡くなった赤ちゃんが置き去りにされるなど、想像を超える出来事が次々に起きた。現在も行政との距離は埋まらないままだ。

 それでも続いてきた理由を、健氏は父の奮闘によるものだったという。

「損得勘定ではなく、弱い者のためにあるというキリスト教の教えに導かれ続けた人生だったのだろうと思います」

 生前のインタビューで蓮田氏は「ゆりかご」を開設したことと信仰は関係ないと語ったが、息子の目には、ゆりかごに絶対的な自信を持ち続けた父の姿は、キリスト教の教えと重なる。

 太二氏の父は国文学者の蓮田善明。母方の実家は浄土真宗の寺。保守色の強い家庭環境で育った太二氏が30代の終わりに赴任した慈恵病院はカトリック修道会が母体だった。病院で立ち働くシスターたちの献身ぶりと「圧倒的な前向きさ」は常にそばにあった。3万5千を超えるお産や手術で神の采配としか思えない奇跡のようなことで母子が救われる経験をし、62歳でカトリックの洗礼を受けた。

「ゆりかご」を始めたときは71歳だった。

 糖尿病のため10年ほど前に片足を切断。もう一方の足を切除する2年前まで、毎日曜日、車椅子で教会に通った。車椅子の生活をしながら「こうのとりのゆりかご」の活動に取り組んだ。晩年は敗血症で体調を崩し、慈恵病院で闘病生活を送った。

「もう、お小言が聞けなくなるんですよね」

 心筋梗塞により済生会熊本病院に入院したのは10月23日の朝。直前までいつも通りに病院の朝食をとった。調理について意見しようと管理栄養士を呼ぶよう秘書に指示をした。それほどにいつもと変わらない様子だったという。

「あのとき、なんておっしゃりたかったのか、聞き損ねてしまいました」 

 そう話すのは、呼び出しを受けた管理栄養士の上田留美さん(49)だ。

「魚の焼き方が硬い、とか、もっと冷めないようにできないのかね、とか、理事長先生からしょっちゅう電話がかかってきていました。もう、お小言が聞けなくなるんですよね」

 上田さんは短大を卒業し、20歳で慈恵病院に就職した。現在は慈恵病院の「台所」を率いる栄養室長だ。農業県熊本の新鮮な食材をバランスよく使ったカラフルで豪華な食事は、患者の入院生活を彩る。2016年の熊本地震をきっかけに始めたこども食堂の責任者でもある。

「理事長先生は患者さんに食べてもらう料理を味見するような感覚で厳しく採点されていました。いつも患者さんのためにとおっしゃる先生でした」

 管理栄養士の国家試験に2年連続で落ちたときは、「今度落ちたら、もう辞めてもらうからね」と厳しく叱られた。だが翌年無事に合格すると、熊本一の高級ステーキレストランで祝ってくれた。上田さんの結婚が決まると「僕が品定めしてあげるから連れてきなさい」と言い、婚約者を交えて焼き鳥屋で一緒に飲んだ。

「家族のことまで気にかけてくれる理事長先生でした」

職員たちが懐かしむ蓮田氏の優しさ

 蓮田氏が示したちょっとした優しさを職員は口々に懐かしんだ。

 ある女性職員は子どもが小さいため病院の慰安旅行に行くのをためらっていたところ、蓮田氏に「連れてきなさい」と言われ、思い切って同伴した。旅先では大はしゃぎの子どもが蓮田氏と一緒にピースサインでカメラに収まった。

 亡くなる数日前に蓮田氏から電話がかかってきたと言うのはベテランナースだ。

「ずいぶんと顔を見てないねえ」「また会おうねえ」と電話越しに蓮田氏は声をかけると、ほんの2分ほどで電話は切れた。

「コロナで先生とは全然お会いしてなかったんですよねえ。そしたらお電話いただいて。ほんとですねえ、お会いしたいですねえ、とお話ししたのに。もういらっしゃらないなんて、信じられない感じです」

 だが激しい一面もあった。「怒ると感情的なほどに激しかった」と健氏は振り返る。「目を三角にして怒られた」という職員もいた。

「でも、怒ったあと相手にすまないという気持ちになるのか、必ずフォローもしたようです。そのためか、父を愛情深いと感じる職員や患者さんは多い。そうした人たちに応援団のように支えられて、ゆりかごを進めてこられたのだと思います」(健氏)

「赤ちゃんあっせん事件」の道のりをたどる

 傲慢と受け取られかねないこともあった。ゆりかごに託された子どもたちができるだけ家庭的な環境で養育されることを願って、蓮田氏は特別養子縁組にも積極的に取り組んだが、乳児院や児童養護施設より家庭的な環境で育つ方がいいと公的な場で発言し、ゆりかごに預けられた赤ちゃんの養育に携わる地元の施設関係者の反発を招いた。

「父には唯我独尊的なところがありました。反対する人たちがいても、何を言ってるんだ、命が助かればいいじゃないか、とちょっと乱暴かなと思うような言い方をすることもありました。でも、それくらい図太くないと、繊細な性格ではとてももちこたえられなかったと思います」(健氏)

 今年3月、健氏は仙台に菊田昇氏の遺族を訪ねた。菊田氏は、望まない妊娠をした女性に中絶せず出産するよう説得し、生まれてきた赤ちゃんを妊娠できない夫婦にあっせんしていたとして問題になった「赤ちゃんあっせん事件」を起こした産婦人科医だ。菊田氏はのちに特別養子縁組の成立の道筋をつくった。

 大切なのは法令遵守か、それとも命か。当時の世論は真っ二つに割れた。菊田氏は「賛成ばかりではダメなんだ。世の中が反対するようなことだから世に問う意味がある」と反対派を歓迎し、議論に挑んだという。

「まさにゆりかごも同じなんです。菊田先生と我々は同じ道を辿っていると思います」

 菊田氏の堂々たる姿勢に励まされる思いがしたと健氏は話した。

 2018年5月、慈恵病院は孤立出産を防ぐための策として「内密出産」への取り組みを発表した。

 母親が身元を隠して病院で出産する内密出産であれば、母子の安全が守られると同時に、子どもの出自を知る権利も担保される。

 健氏のこの決断を蓮田氏は喜んだ。一方の熊本市は厚生労働省に内密出産の違法性の有無を確認し、今年9月、慈恵病院に対し、法整備が整わないことを理由に内密出産の自粛を要請する通達を出した。対する慈恵病院は、2週間後、熊本市に公開質問状を提出。二者間の溝は深い。

 そんななか、10月25日、創設者の蓮田氏が84歳で旅立った。

 双方に折り合いを見せる気配は現在のところ見えない。ゆりかごの第2章は厳しい船出となった。

(三宅 玲子)

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