20世紀を代表する建築家のひとりル・コルビュジェ(上野の国立西洋美術館を設計したことでも知られる)が「エディルネの壮麗なる王冠」と評したセルミエ・モスクは、まさしくスィナンの最高傑作というにふさわしい建築であった。
この本で紹介されている、スィナンの天才ぶりを示すさまざまなエピソードには驚かされるのですが(1538年に10日で川に木製の橋を架け、橋を守るよう指示した指揮官に「壊されてもすぐに再建できるから見張りは必要ない」と豪語した、など)、トルコにとって歴史に残る偉人であったことが、彼の死後、さまざまな喧騒を生み出してしまったのです。
トルコ共和国の民族主義が高まるなかで、スィナンは「トルコ民族の輝かしい英雄」として位置づけられたのですが、彼が属していた民族集団に関しては、特定できない、というのが研究者の見解だったのです。しかしながら、共和国側としては、英雄がトルコ民族であることにしたかった。そこで、史料の捏造が行われたり、墓を掘り起こされて、頭蓋骨の長さを鑑定されたりすることになったのです。
頭蓋骨の長さで出自がわかるというのは当時の俗説でしかなかったのですが。ちなみにその後、その頭蓋骨は行方不明になっています。
この本を読んでいくと、多くの民族、宗教が入り混じったなかでバランスをとりながら長年統治されてきたオスマン帝国が、現代のトルコでは「トルコ民族の誇りの象徴」のようになっていることに不思議な感じがするのです。
多くの国における「民族主義」って、実際は、そういうものというか、後世の人の都合が良いように解釈されていることが多いのです。
オスマン1世から、ムスタファ・ケマル(ケマル・アタテュルク)、そして、エルドアン大統領まで。
「親日国」として有名なトルコなのですが、こちらは、トルコの歴史って、ほとんど知らなかったんだよなあ、と思いながら読みました。