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- 2012年11月03日 08:20
基調講演「日本モーターボート選手会総会」にて
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その1件は、奥様が近所の小学校で5万円を受け取り、たまたまご主人も他の用事あって訪れた市役所でお金をもらって帰ったが、家に帰ったら奥さんがもらっていたということで、遠い道のりを歩いてご主人がその5万円を返しに来られました。
もう一人の方は、行方不明者のご親族で、5万円を受け取られたのですが20日後に病院に収容されて生きていることがわかり、わざわざ返しに来て下さった。
ということは、約2万人の人に現金を配って事故はゼロです。そんな国が世界にありますか?
子供たちも外国人から色々な支援物資をもらっても個人で持って帰らずにみんな食料倉庫に預けたというので、特にアジアのテレビでは、日本人は子供達までこういう素晴らしい社会性を持った性格をしていると、日本の国民は世界的に評価されているのです。確かに悲しい事件ではありましたが、世界の人は益々日本に一度行ってみたいと思うようになりました。こういう素晴らしい国で我々は生活をしているということを忘れてはいけません。
選手の皆様方にはこのような社会奉仕に対して非常に深い関心を持っていただき、多額の支援金を頂きました。私共は一銭たりとも無駄使いはしません。今日頂いたお金につきましても選手会の幹部と私達の専門の先生方とで委員会を作成し、活用方法を検討することと致します。その上で、透明性と説明責任をきちんと果たしていくということが大変重要なことです。10月1日、日本財団が50周年を迎えるにあたり、これからは「人が人を支える」社会を作る。その元締めになろうと考えております。
アメリカなどはプロスポーツの選手は一人ひとりがペットプログラムと言いまして、「私は小児がんの子供の面倒を見よう」とか「私は知的障害者の子供の面倒を見よう」とか「私はHIV、AIDSの人の助けをしよう」とか個人的にやられている人はたくさんいますが、世界のプロスポーツの中で、選手会が選手総意のもとでひとつの社会貢献活動を長く続けてきたというのは皆様方以外にはありません。私はそういう皆様方と共に仕事ができますことを大変誇りに思っております。皆様方のこの貴重なお金が有効に使われるように、責任を果たして行きたいと思います。
ハンセン病はまだまだ私の生きている間に根絶、ゼロにすることは出来ませんが、少なくともその道筋、どのようにしたらこの問題が解決するのかということは既に色々な所で発言しておりますし、組織も作っております。そういう意味では必ずや将来、この悲劇的な病気がなくなる日もそう遠くはないと信じ、更に活動を強化していきます。
皆様方には日々選手としてファンの声援に答える素晴らしいレースをされていますが、私は連合会長を辞めたあとすぐに比叡山に行きました。そこにはいわゆる千日回峰という、3年間、約30km近い山道を毎日、夜明けとともに歩く。そして最後は9日間飲まず食わずで眠らず読経をする。それを達成した人が阿闍梨といって生き仏になるわけですが、私はそこを歩いて40数箇所、お賽銭を上げるところに行って皆様方が怪我のないように、事故がないようにということをお祈りしてきました。皆様方が怪我をされるということは、私にとって最も心の痛む出来事です。東日本大震災では多くの選手の皆様から個人的にも募金を頂きました。私は一人ひとりの方に必ず礼状をお出ししておりますが、その中には必ず「怪我のないようにご活躍ください」ということを添え書きしております。
さて、モーターボート業界は今、大きく変わろうとしています。競走会も単純な一つの組織になりましたから、指示・命令系統も非常にはっきりしてきました。また、私は決しておだてるつもりはありませんが、選手会の皆さん方はこのプロスポーツの業界の中で、例えば最近ではアメリカンフットボールでは審判員が拒否して審判をしないという事態があり、ようやく昨日解決したようでございますが、日本の中でも色々な公営競技がある中で、常に冷静に「業界があって私達選手があるのだ」と。そういうことを一人ひとりの人がきちんと認識して頂いているというのは素晴らしいことだと思います。
かつて笹川良一は、「一枚岩盤で、あらゆる関係者はとにかく売上を上げれば全ては解決する」と言いました。ところが施行者の皆さんは、良い時は良いけれども悪くなったらどこまでも落ちると思われているようですが、そんなことはございません。昔、私が読んだ本では100年以上続いている企業というのは日本には11万5千社あるとのことで、最近の資料ではと約7万社となっておるのですけれども、100年続いている企業はアメリカでは千社ぐらいしかありません。ドイツのような古い歴史のある国でも2千社くらいです。なぜ日本に100年続いている企業が7万社も11万5千社もあるんでしょうか? 京都近くの出身の人ならわかるでしょう? 京都に行けば100年なんて「まぁずいぶん新しいですね。うちは織田信長の時代から京都で菓子の製造をやっております。400年です」という様に、200年以上続いている企業なんていくらでもあります。
それは2つの原則です。
1つは「創業の哲学がしっかりしている」
ボート業界で言えば「ファンあってのモーターボート競走」これが大原則です。
2つめは時代の変化とともに私たち自身も、気持ちもそうだし、仕事のやり方も変わっていかないとダメなのです。古ければ全て良いというものではありません。時代の変化とともにお客さんも変わっていくわけですよね。その中で改革の努力を怠っては生き残れません。今から30年前のお客さんと今のお客さんとでは相当違うし、皆川会長がいつもおっしゃっているように、お客さまも変わっていってもらわなくてはいけない。年配の方ばかりになったらあとは続かないわけです。ですから今のボート業界というのは昨日の続きが今日であり、今日の続きが明日であるということではなのです。この苦しいところをみんなで売上を上げるためにまず努力をしましょう。そして売上が伸びてくれば、それは皆様方の選手賞金だって当然上がるわけです。
持分はそれぞれ違いますが、100の議論をするよりも1つの実行をしましょう。おそらく選手会の皆様は見ておられていると思いますが、競走会、或いはBOAT RACE振興会の仕事が早くなってきていると思いませんか? 景気が良いとか悪いとかという事は経済の循環で必ずある事です。中国だって今はとても良いといわれていますが、これが長く続くことはあり得ません。良い時が何十年も続くことは無いんです。笹川良一は「良い時には悪くなった時のことを考えなさい。今、悪ければ希望を持ってどうしたら良くなるかを考えなさい」と仰っていたことを、私は今思い出しました。
この業界は非常に可能性があるんです。施行者の皆さんに私はいつも言っています。それぞれの競走場のあるところ、例え売上が落ちたといっても5千万も6千万も一日にモノが売れる商売なんてありますか? しかも全てそれを現金でいただいています。25%というものをいただいて、それをどう分けるという事はありますけれども、こんな素敵な事業はありません。可能性があるかないかというのは我々の努力次第です。お客様はいくらでもいるのです。
ただ、時代が変わってきましたから、皆様方から見ると、一所懸命に走ろうと思っているけれども「何だ、今日は観客席、人が少ないな」と思われるかも知れません。かつて住之江では3万5千人も4万人も入って建物が揺れているのではないかと思われる時もありました。しかしそういうバブルの時を基準にして我々が生活設計をしてはいけません。あれはどこまで行っても泡です。我々の今進めている社会の変化に合わすという事は、お客さんの総量は減っていないけれどもレース場に来る人が減ってきて、それを電話投票や前売など色々な方法で買っていただくというもので、お客様の買い方も変化してきているのです。従いましてボートレース場は小さくコンパクトな施設にする。例えばこの会議場で300人もお客さんが来てくれたら非常に盛況ですね。しかし、この部屋の中に10人や15人のお客さまでは閑散とした感じがするでしょう。そういうことで、施行者の皆さんに小さな、そして災害にきちっと対応できるような、それでいてレースがないときには地域社会に貢献できるような、そういう素敵な施設に変えて欲しいと申し上げ、既に始まりつつあります。
私たちは3年間は新年のお祝いはやらないと。その代わりこの3年間でなんとしてでも明るい展望を見出し、まずは1兆円を確保しよう。次は1兆2千6百億円を確保しよう。そうするとだいたい2兆円の時代の収益が施行者にも入ってくるわけで、そんなに難しい話ではないと思っています。
他の公営競技が大きく自信をなくしている中で、皆さん方が非常に活発に、また協力的に「業界あっての選手会」であり「選手会あっての我々個人」だというしっかりとした意識を持ち、また社会のためにも貢献をしていきたいという素晴らしい選手の皆さんに恵まれてこの業界が存在していると私は理解しています。自信とプライドを持って、このプロスポーツの中でもボート選手は一味違うんだ! モーターボート業界は他とは違うんだ! というように社会の人から見られるよう、ここで一致団結、共に汗をかいて頑張りましょう。
どうぞお体に気をつけて、怪我の無いようにご活躍いただき、業界の繁栄とともに皆様方の個々人も繁栄していく。そういう素晴らしい団結力のある、情熱のある組織を皆さんと共に継続して行こうではありませんか。
今日は貴重な時間をいただき、私の拙い話をお聞き取りいただき、心から感謝申し上げます。また頂いたお金は、冒頭申し上げましたように、きちんと活用して皆様にご報告をしたいと思います。
もう一人の方は、行方不明者のご親族で、5万円を受け取られたのですが20日後に病院に収容されて生きていることがわかり、わざわざ返しに来て下さった。
ということは、約2万人の人に現金を配って事故はゼロです。そんな国が世界にありますか?
子供たちも外国人から色々な支援物資をもらっても個人で持って帰らずにみんな食料倉庫に預けたというので、特にアジアのテレビでは、日本人は子供達までこういう素晴らしい社会性を持った性格をしていると、日本の国民は世界的に評価されているのです。確かに悲しい事件ではありましたが、世界の人は益々日本に一度行ってみたいと思うようになりました。こういう素晴らしい国で我々は生活をしているということを忘れてはいけません。
選手の皆様方にはこのような社会奉仕に対して非常に深い関心を持っていただき、多額の支援金を頂きました。私共は一銭たりとも無駄使いはしません。今日頂いたお金につきましても選手会の幹部と私達の専門の先生方とで委員会を作成し、活用方法を検討することと致します。その上で、透明性と説明責任をきちんと果たしていくということが大変重要なことです。10月1日、日本財団が50周年を迎えるにあたり、これからは「人が人を支える」社会を作る。その元締めになろうと考えております。
アメリカなどはプロスポーツの選手は一人ひとりがペットプログラムと言いまして、「私は小児がんの子供の面倒を見よう」とか「私は知的障害者の子供の面倒を見よう」とか「私はHIV、AIDSの人の助けをしよう」とか個人的にやられている人はたくさんいますが、世界のプロスポーツの中で、選手会が選手総意のもとでひとつの社会貢献活動を長く続けてきたというのは皆様方以外にはありません。私はそういう皆様方と共に仕事ができますことを大変誇りに思っております。皆様方のこの貴重なお金が有効に使われるように、責任を果たして行きたいと思います。
ハンセン病はまだまだ私の生きている間に根絶、ゼロにすることは出来ませんが、少なくともその道筋、どのようにしたらこの問題が解決するのかということは既に色々な所で発言しておりますし、組織も作っております。そういう意味では必ずや将来、この悲劇的な病気がなくなる日もそう遠くはないと信じ、更に活動を強化していきます。
皆様方には日々選手としてファンの声援に答える素晴らしいレースをされていますが、私は連合会長を辞めたあとすぐに比叡山に行きました。そこにはいわゆる千日回峰という、3年間、約30km近い山道を毎日、夜明けとともに歩く。そして最後は9日間飲まず食わずで眠らず読経をする。それを達成した人が阿闍梨といって生き仏になるわけですが、私はそこを歩いて40数箇所、お賽銭を上げるところに行って皆様方が怪我のないように、事故がないようにということをお祈りしてきました。皆様方が怪我をされるということは、私にとって最も心の痛む出来事です。東日本大震災では多くの選手の皆様から個人的にも募金を頂きました。私は一人ひとりの方に必ず礼状をお出ししておりますが、その中には必ず「怪我のないようにご活躍ください」ということを添え書きしております。
さて、モーターボート業界は今、大きく変わろうとしています。競走会も単純な一つの組織になりましたから、指示・命令系統も非常にはっきりしてきました。また、私は決しておだてるつもりはありませんが、選手会の皆さん方はこのプロスポーツの業界の中で、例えば最近ではアメリカンフットボールでは審判員が拒否して審判をしないという事態があり、ようやく昨日解決したようでございますが、日本の中でも色々な公営競技がある中で、常に冷静に「業界があって私達選手があるのだ」と。そういうことを一人ひとりの人がきちんと認識して頂いているというのは素晴らしいことだと思います。
かつて笹川良一は、「一枚岩盤で、あらゆる関係者はとにかく売上を上げれば全ては解決する」と言いました。ところが施行者の皆さんは、良い時は良いけれども悪くなったらどこまでも落ちると思われているようですが、そんなことはございません。昔、私が読んだ本では100年以上続いている企業というのは日本には11万5千社あるとのことで、最近の資料ではと約7万社となっておるのですけれども、100年続いている企業はアメリカでは千社ぐらいしかありません。ドイツのような古い歴史のある国でも2千社くらいです。なぜ日本に100年続いている企業が7万社も11万5千社もあるんでしょうか? 京都近くの出身の人ならわかるでしょう? 京都に行けば100年なんて「まぁずいぶん新しいですね。うちは織田信長の時代から京都で菓子の製造をやっております。400年です」という様に、200年以上続いている企業なんていくらでもあります。
それは2つの原則です。
1つは「創業の哲学がしっかりしている」
ボート業界で言えば「ファンあってのモーターボート競走」これが大原則です。
2つめは時代の変化とともに私たち自身も、気持ちもそうだし、仕事のやり方も変わっていかないとダメなのです。古ければ全て良いというものではありません。時代の変化とともにお客さんも変わっていくわけですよね。その中で改革の努力を怠っては生き残れません。今から30年前のお客さんと今のお客さんとでは相当違うし、皆川会長がいつもおっしゃっているように、お客さまも変わっていってもらわなくてはいけない。年配の方ばかりになったらあとは続かないわけです。ですから今のボート業界というのは昨日の続きが今日であり、今日の続きが明日であるということではなのです。この苦しいところをみんなで売上を上げるためにまず努力をしましょう。そして売上が伸びてくれば、それは皆様方の選手賞金だって当然上がるわけです。
持分はそれぞれ違いますが、100の議論をするよりも1つの実行をしましょう。おそらく選手会の皆様は見ておられていると思いますが、競走会、或いはBOAT RACE振興会の仕事が早くなってきていると思いませんか? 景気が良いとか悪いとかという事は経済の循環で必ずある事です。中国だって今はとても良いといわれていますが、これが長く続くことはあり得ません。良い時が何十年も続くことは無いんです。笹川良一は「良い時には悪くなった時のことを考えなさい。今、悪ければ希望を持ってどうしたら良くなるかを考えなさい」と仰っていたことを、私は今思い出しました。
この業界は非常に可能性があるんです。施行者の皆さんに私はいつも言っています。それぞれの競走場のあるところ、例え売上が落ちたといっても5千万も6千万も一日にモノが売れる商売なんてありますか? しかも全てそれを現金でいただいています。25%というものをいただいて、それをどう分けるという事はありますけれども、こんな素敵な事業はありません。可能性があるかないかというのは我々の努力次第です。お客様はいくらでもいるのです。
ただ、時代が変わってきましたから、皆様方から見ると、一所懸命に走ろうと思っているけれども「何だ、今日は観客席、人が少ないな」と思われるかも知れません。かつて住之江では3万5千人も4万人も入って建物が揺れているのではないかと思われる時もありました。しかしそういうバブルの時を基準にして我々が生活設計をしてはいけません。あれはどこまで行っても泡です。我々の今進めている社会の変化に合わすという事は、お客さんの総量は減っていないけれどもレース場に来る人が減ってきて、それを電話投票や前売など色々な方法で買っていただくというもので、お客様の買い方も変化してきているのです。従いましてボートレース場は小さくコンパクトな施設にする。例えばこの会議場で300人もお客さんが来てくれたら非常に盛況ですね。しかし、この部屋の中に10人や15人のお客さまでは閑散とした感じがするでしょう。そういうことで、施行者の皆さんに小さな、そして災害にきちっと対応できるような、それでいてレースがないときには地域社会に貢献できるような、そういう素敵な施設に変えて欲しいと申し上げ、既に始まりつつあります。
私たちは3年間は新年のお祝いはやらないと。その代わりこの3年間でなんとしてでも明るい展望を見出し、まずは1兆円を確保しよう。次は1兆2千6百億円を確保しよう。そうするとだいたい2兆円の時代の収益が施行者にも入ってくるわけで、そんなに難しい話ではないと思っています。
他の公営競技が大きく自信をなくしている中で、皆さん方が非常に活発に、また協力的に「業界あっての選手会」であり「選手会あっての我々個人」だというしっかりとした意識を持ち、また社会のためにも貢献をしていきたいという素晴らしい選手の皆さんに恵まれてこの業界が存在していると私は理解しています。自信とプライドを持って、このプロスポーツの中でもボート選手は一味違うんだ! モーターボート業界は他とは違うんだ! というように社会の人から見られるよう、ここで一致団結、共に汗をかいて頑張りましょう。
どうぞお体に気をつけて、怪我の無いようにご活躍いただき、業界の繁栄とともに皆様方の個々人も繁栄していく。そういう素晴らしい団結力のある、情熱のある組織を皆さんと共に継続して行こうではありませんか。
今日は貴重な時間をいただき、私の拙い話をお聞き取りいただき、心から感謝申し上げます。また頂いたお金は、冒頭申し上げましたように、きちんと活用して皆様にご報告をしたいと思います。



