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基調講演「日本モーターボート選手会総会」にて

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日本モーターボート選手会・総会
日本財団・笹川陽平会長による特別基調講演

2012年9月28日(金)
於:笹川記念会館

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「ハンセン病制圧活動ならびにボートレース業界の今後」

今日は総会という大切なときにお話しさせていただく機会をいただき、喜んで参りました。皆様方には日夜ご努力をいただいておりまして、心から感謝申し上げます。私もかつてはここでモーターボート業界が二兆二千六百億まで売るための様々な努力をしてまいりましたので、懐かしい場所でございます。

ボートの話は後ほどするといたしまして、まずは先ほど皆様方から2000万円の支援金を頂戴しまたことに心から感謝を申し上げます。

10月1日は日本財団がこのボート業界の中に誕生して50年になります。皆様方のおかげで、ボート業界からいただくお金は日本国内はもとより、今や世界的に展開している人道的活動にも使用されており、日本財団という名前、そしてそれを支援するボートレース業界というものが世界的に非常に高く評価を受けているということをまず皆様方にお伝えしたいと思います。

さて、これからお話させていただくハンセン病というのは、今はもう皆様とはあまりご縁のない病気ではございますが、日本国内には約12の国立の療養所と2つの私立の療養所があり、ハンセン病回復者たちのほとんどは、今もここで生活されています。かつてはこの病気になりますと法律により強制的に警察官がこの療養所に連れて来て表に出さないという仕組みになっていましたので、皆様方は直接お会いしたことは無いと思いますが、世界的にはまだまだ多くの患者が発生しています。

ハンセン病への取り組みは、ボートレースの創業者であります笹川良一が若い時、近所にいた旧家のお嬢さんが突然家からいなくなった時の思いから始まりました。いなくなるっていうのは先ほど言いましたように、ハンセン病が発症したために強制的に隔離されたということで、そのことを後で知り、こういうことがあってはならないということを心に刻んでおったわけで、この日本財団が出来る前から個人的に世界中に支援してきました。

今から40年前程になるでしょうか。韓国の水原(すいげん)にハンセン病の病院を笹川良一が建設・寄付したとき、私も彼に連れられて訪問しました。学校では民主主義だとか基本的人権だとか自由だとか平等だとかということを教わってきました。しかし、このハンセン病の患者を目の前にし、実は私達の知らない世界というのが世の中にはたくさんあるのだということに気付き、大変驚きました。

一度ハンセン病にかかれば、日本でもそうですが、三代ぐらいはその家の人は結婚できない。昔は一般的に遺伝するとか強い感染力がある病気だ、あるいは神様から与えられた罰であるとか、先祖が悪いことをした罰がその家に現れるというように信じられていましたから、社会から強い差別を受けてきたのです。今でも、例えばインドなどでは、墓場の跡やゴミ溜めの傍や川の縁など、あまり人が行かないようなところで肩を寄せあって生活しており、レストランにも入れない、交通機関にも乗せてもらえないという状態が続いてきたのです。ハンセン病は紀元前の六世紀からといいますから旧約聖書が出来る遥か前から世界中であったわけです。そして不思議な事ですが、昔は今のように航空機・交通機関があり、通信も自由になった時代ではないにもかかわらず、既に世界中でハンセン病になった人は島に流されて生活しなければなりませんでした。

日本でもそうですね、四国の選手の人なら大島青松園というのがあるのをご存知でしょうし、岡山にも2カ所、奄美大島にも沖縄にもありますが、みんな島ですね。島に捨てられたという歴史があるのです。

振り返ってみますと、私はこの30年間で約380回海外に行っています。だいたい一年に12回、ここ10年程はだいたい15回から20回海外にいっており、主にハンセン病を世界から無くそうという活動です。今や病気といわれるものは医学的には何千種類もあります。しかし、結核になった人は病気が治れば社会に復帰できますし「あの人は元結核患者だ」とは言われませんよね? ところがハンセン病だけは「あの人は元ハンセン病の患者だ」と言われ、病気が治っても就職も結婚もできない。或いはそのお子さんたちは健康な体であるにも関わらず「あそこはハンセン病の家庭だ」ということで学校にも通えない。このように、その病気が治っても社会の側に差別をするという気持ちが非常に強く残っているので通常の生活が出来ないのです。自転車に例えれば、前の車輪は病気を治す活動であり、後ろの車輪は社会的差別から彼らを開放してあげなければいけないのです。

ハンセン病はこのように社会的な差別を伴い、非常に醜い状況で生き長らえるという大変辛い病気です。他の病気でしたら家族が心配してお世話をし、励まし、薬を調達することに一所懸命になるわけですが、ハンセン病の場合には家族からも捨てられて、一人で放浪し、そして、そういうグループの集まりの所で生活を余儀なくされる。これは現代でも続いているのです。インドだけでも過去1100万人の人が病気から開放されましたが、まだまだ殆どの人が乞食で生活をしなければならないというのが実情です。

世界的に非常に悲惨な状況下にありましたこの病気も、ボートレースの資金で1994年から5年間、薬を世界中で無料配布した結果、500万人以上の人が病気から開放されました。従いまして世界的にハンセン病という病気に対して日本財団そしてボートレース業界というものがいかに高く評価をされていることかを知っていただきたいと思います。

一つの仕事に情熱を持ち、忍耐強く継続的にやっていくということは大変重要なことです。是非、上瀧会長にも一度現場に行っていただき、実情を見てもらいたいと思っています。

また明後日からインドに行きますが、やはり同じ人間としてこの世に生まれてきた以上、もしあなたがたの家族にそういう人がいたとしたらどうしますか?
幸い私たちはまぁまぁ恵まれた家庭に育ち、それぞれ個人的には悩みもあるでしょうし考えなければいけないことがあるかも知れませんが、安心して三食ご飯が食べられ、世界で最も安全で平和で、世界123カ国の人たちが最も好感度の高い国と答える日本という国に住んでいるのです。日本から一歩離れれば、夜暗くなったら一人で表を歩けませんし常に犯罪の危険があります。日本は若い女性が夜遅くても一人で歩けます。また外国の方に「電車に乗るとき、どうして日本人は並んできちんと待っているのですか? どこで誰が教えているのですか?」と聞かれます。誰にも教えられないけれどもそういうことが自然な形でできる。こういう秩序ある国民性なのです。

東日本大震災では選手の皆様方にはいち早く募金活動から現場での活動にご尽力いただき、今もまだ続けてくれていますが、外国のメディアをご覧になればわかるように、外国ではどこかで大地震があるとすぐに店屋を壊す人や物品を盗み出す人が現れます。この間の中国もそうでしょう。店屋を破ってものを持って帰る、或いは火をつける。なんで日本はそういうことが起こらないのか?

今度の震災では1万9千人の人に皆様方からのお金をいち早く5万円ずつ現金で配りました。亡くなられた方にお線香を買い花を仏前に備えて欲しいという我々の気持ちをいち早くお届けしました。従いまして日赤や赤い羽根や色々なところに寄付したけど7ヶ月、8ヶ月経っても配られないし誰に配ったかもわからないというなかで、我々の方はいち早く一人ひとりに直接お渡ししました。当初「二重取りや三重取りされることもあるだろう。そういうリスクがあってもやろう!」と覚悟しました。というのも、乗り物がありませんから皆さん歩いてくるので、市役所、小学校、或いは幼稚園と、複数の場所で配りましたから名簿だけが頼りでした。しかし、この結果、問題があったのは2件だけでした。

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