- 2020年11月03日 09:56
途上国化するアメリカ――「選挙をめぐる暴力」を生む3つの原因
1/2- 「大統領選挙の結果次第で大規模な暴動や内乱が発生するかもしれない」と懸念されること自体、アメリカが途上国化していることを示す
- 途上国では「選挙をめぐる暴力」が珍しくなく、とりわけアフリカの選挙では約10分の1で大規模な衝突が発生し、約4分の1で死者が出ている
- 途上国で選挙をめぐる暴力が多い背景には、「一つの国民」としての意識の薄さ、「勝てば官軍」の思考の強さ、そして国家や選挙といった制度そのものへの不信感があげられ、これらは今のアメリカにも通じる
民主主義の最先端を自負してきたアメリカは、今や途上国に近づいている。大統領選挙をめぐって高まる「選挙をめぐる暴力」への懸念は、貧困国ではむしろ珍しくないからだ。
内乱への危機感
「結果次第では暴動や内乱になるかもしれない」という観測は、アメリカ大統領選挙をかつてない緊張感に包んでいる。そのきっかけは、「郵便投票は不正」と主張するトランプ大統領が選挙に負けたら結果を受け入れないと明言した一方、人種差別反対のデモ(BLM)への暴力が目立ち、そのうえ厳しいコロナ対策で知られるミシガン州のウィットマー知事の誘拐を企てた右派民兵プラウド・ボーイズを明確に非難せず、「下がって待機せよ(Stand back and stand by)」と述べたことだった。「その時が来るまで待て」と解釈できるこの発言は、選挙そのものを人質にして有権者を脅迫したに近い。
アメリカでは春からBLMの一部が暴徒化し、公的機関の破壊とともに、右派団体との衝突も増えている。これまでにすでに高まっていた右派・左派の全面衝突への警戒から、全米の投票所では警備が強化されている。
さまざまな問題があるにせよ、選挙は本来、「誰が権力者か」を平和的に決める手段として発達した。
議会制民主主義の母国イギリスでは17世紀まで「誰を君主に据えるか」をめぐって内乱が絶えなかった。そのなかで投票(当時の有権者は一握りの貴族だったが)が行われるようになったことで、「たたき割った頭の数の多い方が物事を決めていたのが、生きている頭の数の多い方が物事を決められるようになった」といわれる。
そのイギリスから独立したアメリカの現状をみると、先祖返りしたようにも映る。
珍しくない「選挙をめぐる暴力」
ただし、今の世界を見渡せば、選挙をめぐる暴力(Electoral violence)は珍しくない。EUからの離脱の賛否を問う2016年のイギリスの国民投票では、投票日直前に残留派ジョー・コックス議員が右派男性に殺害された。この国民投票で「勝者」となった右派の暴力はさらにエスカレートし、投票日からの1カ月間にイギリス全土で少なくとも134件の暴力事件が発生している。
とはいえ、選挙をめぐる暴力が特に目立つのは開発途上国なかでも貧困国だ。とりわけ、筆者が専門とするアフリカでは、かねてから選挙をめぐる暴力が問題視されてきた。
例えば、米国防省系のアフリカ戦略研究センターによると、1990年から2014年までのアフリカ各国の選挙のうち、
- 脅迫などの暴力的嫌がらせが確認された選挙 38%
- 政府、警察などによる暴力 11%
- 各陣営の支持者同士の大規模な衝突 9%
また、同じく米連邦議会系の平和研究所によると、1990年以降のアフリカの選挙の約4分の1で1人以上の死者が出ている。
なかでも選挙をめぐる暴力の目立つ国の一つが東アフリカのケニアだ。特に2007年選挙では、野党支持者への組織的暴力により1300人以上が殺害され、65万人以上が土地を追われた。極右組織を動員してこれを実行させたとして国際刑事裁判所から「人道に対する罪」で告発されたのが、現在のウフル・ケニヤッタ大統領だ(起訴はされなかった)。
さすがにこれほど大規模な暴力はケニアでも稀だが、直近の2017年大統領選挙でも100人以上が死亡したといわれる(当局の発表では24人)。
- 六辻彰二/MUTSUJI Shoji
- 国際政治学者