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優しさだけでは自分も大切な人も守れない。伝統を学ぶことで日本の未来は開ける - 「賢人論。」124回(後編)リシャール・コラス氏

小説家でもあるリシャール・コラス氏の新作『茶室』(集英社)は、茶道の稽古で出会った深窓の令嬢・真理子とフランス人青年Rの恋を描く物語だ。60年代から80年代まで時空を行き来しながら紡がれている作品の根底には、失われゆく日本の美をこよなく愛するコラス氏の深い哀しみと怒りが漂う。「アイデンティティの喪失は世界的な問題」と指摘するコラス氏に、日本の未来と第二の人生の生き方について語っていただいた。

取材・文/木村光一 撮影/秋元孝夫(『茶室』集英社刊行 著者近影より)

私が憧れた日本人はどこかへ行ってしまった

みんなの介護 これまで40年以上、日本人とともに仕事をしてきたコラスさんの目に、現代の日本人の働き方はどのように映っていましたか。

コラス 正直に言いますと、今の日本にはちょっとがっかりしています。私が若い頃、幸運にも赤井電気の赤井三郎社長、ソニーの森田昭夫社長、キヤノンの御手洗毅社長、YKKの吉田忠雄社長といった、すばらしい創業者の方々にお会いすることができました。

彼らのカリスマ性やビジョン、哲学、エネルギーは本当に圧倒的で、尊敬する彼らに一歩でも近づこうと私なりに努力してきたつもりです。

ところが80年代の後半から日本の様相は一変。バブル期には多くの企業経営者は傲慢になって他国を見下し、よりよい仕事をしようという努力を怠るようになったんです。

戦後の日本には、先ほど名前を挙げたような才能豊かで勤勉で常に努力を惜しまないリーダーが揃っていました。彼らと国民が労苦をいとわず、ともに汗を流したおかげで日本は戦後復興を遂げ、“経済大国”と呼ばれるまで発展した。

なのに、次の世代になるとすっかり傲慢になって努力をしなくなってしまったように感じます。だから経済が落ち込んだのも当然で、それはバブル崩壊のせいばかりだとも言えません。

もっと言えば、最近の日本の男性は“豆腐”みたいに脆くて弱々しく見えます。私がはじめて日本にきた頃の若い男子は皆毅然としていました。今は男性が弱くなった分女性が強くなって、懸命に社会を支えてくれているのでどうにか持ちこたえているものの、このままでは日本の行末が心配で仕方ありません。

自国の伝統と文化の価値に気づいたときに日本の未来は開ける

みんなの介護 たしかに、近年日本の国力は低下する一方だと言われています。しかし、なぜ短期間でそこまで極端に変化してしまったのでしょう。

コラス これはあくまで私の持論ですが、「教育ママ」の影響が大きいと思われます。母親が成長段階の息子に対して過度に干渉するようになったため、社会参加の意欲を削がれてしまったんです。

結果、気持ちが内向きになって海外で学ぼうという若者の数も減り、国全体の視野が狭まってますます世界に遅れを取るようになってしまった。

日本は非常に便利でコンフォータブルな国ですし、子どものうちは親の庇護もあって、他者と積極的にかかわらなくてもとりあえず困ることはありません。でも、ひとたび社会や世界へ出たらそうはいきません。

みんなの介護 もっと自主独立の精神を育む教育が必要だとお考えでしょうか。

コラス そうです。優しいことは良いことですが、それだけでは自分も大切な人も守れません。これは冗談ではなく、ときには“切腹”するくらいの覚悟も生きてゆくうえでは必要だし、そもそも日本にはそういった精神的な土壌や文化があったのです。

それにかかわらず、そういう祖先から受け継いだ宝とも言える伝統や文化を、日本人はちっとも学んでいないばかりか軽んじてさえいる。だから、いつまで経ってもアイデンティティが不安定で自信を持てないのだと思います。とにかく、今の日本を見ていると私は歯痒くて仕方ありません。

みんなの介護 コラスさんの新作『茶室』からも、日本文化や日本人としての意識の薄れに対する哀しみのような思いを感じ取れたような気がしています。今後、日本人はどのように生きていくべきだとお考えでしょうか。

コラス もっと日本の歴史を学び、自国の文化の本当の価値に気づくべきです。漫画やアニメにしても、原点を辿れば江戸時代の浮世絵や平安時代の絵巻物に行き着きます。それらの成り立ちを知れば、今よりもっと日本人であることに誇りが持てます。

シャネルのデザイナーだったカール・ラガーフェルドも、「伝統から新たなものが生まれる」と言っていました。確固たる価値観や美意識を持っていれば、そこをベースにして新しいことにもどんどんチャレンジできる。それをやり続ければ必ず日本の未来は開けます。私は日本の皆さんに、ぜひそのことを理解してもらいたいんです。

地域社会との距離感が近いフランスの老人ホーム

みんなの介護 日本では年金や介護など老後に対する不安も年々高まっています。そこでお伺いしたいのですが、フランスの皆さんはどのような老後生活を送っているのでしょうか。

コラス 私は40年以上、日本で暮らしていましたのでフランスの福祉問題について詳しく語ることはできません。年金も日本でしか払ってないのでフランスからはもらえません(笑)。だから、他の日本人と同じようにできるだけ長く働くつもりでいます。

しかし、第二の人生という考え方はとても大切です。

定年を迎えたからといって人生が終わるわけではありませんし、私は60歳を過ぎてからでも新しいことはできると思っています。ですが、少なくとも第二の人生では、自分が築き上げてきた経験や人脈といった“無形の財産”を次世代にしっかりバトンタッチすることが大事ではないかと考えています。

そういう意味で、フランス人は歳を取ると孫の面倒を見るケースが少なくありません。孫と楽しく過ごしながら、自分が人生で経験したいろんなことを伝えている。私も子どもの頃、お年寄りの話を聞くのが好きでした。

彼らの話は人生そのもの。それぞれの人生に物語がありロマンがある。過去と現在と未来を結ぶ、あらゆる学びがそこに凝縮されているんです。

また、フランスでは老人ホームと地域社会の距離をできるだけ離さないようにしています。入居者はそれぞれの経験を活かしたコミュニティサービスなどに参加できるので、本人が望めばいつまでも社会的役割を果たし続けることができるんです。

生きている限り人は前進し続けなければならない

みんなの介護 生涯、社会の一員として活躍の場が与えられているのですね。

コラス はい。ですが、コロナ禍によって施設と外部の接触を極力避けなければならなくなってしまった。もちろん入居者の命を守るために絶対必要な措置ですが、私はこの状況が続いて社会と距離が開いてしまうことを心配しています。

今からコロナ後の新たな老人の社会参加の方法についても、もう一度考えておく必要があると思っています。

みんなの介護 コラスさんはリタイア後、どのような生活を送りたいとお考えですか。

コラス 私は「リタイア」とか「退職」とかいう言葉はあまり好きではありません。リタイアというのはこれまでの歩みを止めたり、あるいは後退を意味しています。

でもそこで人生は終わりではないし、先ほど話したように次の世代へ大事なものを伝えるという重要な役割も果たさなければいけません。

いずれにせよ、「人は生きている限り、前進し続けなければならない」と思っています。

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