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鬼滅を超える超大作!? 人の心の中の鬼をあぶり出すモキュメンタリー「続・ボラット」を見逃すな

2020年の日本で「やさしい笑い」という言われ方がされるようになったのは、「M-1グランプリ2019」でミルクボーイやぺこぱが高い支持を集めたことに対する意味付けだった。別にM-1を制してきた笑いがそれまで「やさしくない笑い」だったわけではない。振り返ればM-1王者の笑いはマジョリティーが納得するレベルで頂点に立つのだから、分類すればおおむね「やさしい」。

改めて2019の彼らが評価されたのはフォーマットの質が高く新鮮だったことに拠ると思うが、誰も傷つけない「やさしい笑い」という括りは、確かに時評としてタイムリーだった。その背景には、世界的な潮流としてのポリティカル・コレクトネスへの意識の拡散があったことが大きい。

とかを前フリにしつつ、この「やさしい笑い」の対極にあると言っていい「やさしくない笑い」の最新の降臨が、イギリスのコメディアン、サシャ・バロン・コーエンが主演を務める新作映画「続・ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画」(2020年 監督ジェイソン・ウォリナー)だ。10月23日よりアマゾン・プライムビデオで全世界に配信が開始された。

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アメリカを舞台にしたモキュメンタリー・コメディ

これは第1作だった「ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習」(2006年)の続編で、第2作まで14年もの年月を経ているが、この2020年に新作が制作されたのは、コーエンに「撮るべき」強いモチベーションが生じたことが作品後半から強く伝わってくる。

もちろん第2作を単体で鑑賞しても「ボラット」ワールドを堪能できるが、両作とも未見なら第1作からの鑑賞を薦める。現在はアマゾン・プライムビデオにレンタル版が出ている。だが、「ボラット」は前述したように「やさしくない笑い」であり、その手法やセンスが「笑い」としてハマらない場合もあるだろう。決して万人向けではない内容であることを断っておく。

まず、第1作の世界観をざっくりと紹介しておくと、サシャ・バロン・コーエン演じる主人公ボラットはカザフスタン国営テレビのレポーターで、国家発展の為にアメリカ文化をレポートするドキュメンタリー映像を撮影する目的でアメリカに降り立つ。

いわゆる欧米の文化を知らない、アジアの小国からきた田舎者という態で現実のアメリカを旅して回り、訛りのきつい英語で様々な人々とドキュメントでコミュニケーションを重ねるのだが、その都度「無知」「文化の違い」から大小のトラブルを重ねていく。

例えば、トランプタワーの前で脱糞に励んで通行人を驚かせたり、フェミニズムの女性に女性蔑視の発言をして怒らせたり、基本的にワル気のない外国人を装いながら、シモネタ多めで厄介きわまりない言動をまき散らしつつ、アメリカを東から西へ、ニューヨークからカリフォルニアへと横断していく。

つまり、リアルな現実を舞台に、フィクションのキャラクターが振る舞い物語を進める。昔からある映像制作の手法だが世界標準では「モキュメンタリ―」と言うそうだ。「モック(疑似)」と「ドキュメンタリー」の合成語だとか。「ボラット」は「モキュメンタリ―・コメディ」と分類される。

盛りあげて暴走して周りを引かせる高度なスキル

Getty Images

で、この第1作で、ボラットことサシャ・バロン・コーエンが実に多くの人を怒らせたり困惑させたりするのだが、その中で「これは」と感心したのが「ロデオ大会」でのシーンだった。

大勢の観客が集うバージニア州でのロデオ大会で、ボラットはカザフスタンを代表するゲストとしてアメリカ国歌を独唱することになる。マイクを持ったボラットは「911」後のアメリカ市民を前に、アメリカの戦争を支持する発言をして喝采を浴びる。

そして「いつかアメリカと合衆国が全テロリストどもを抹殺できますように!」と煽り、聴衆が「ウワーッ」と盛りあがる。続けて「おまけにジョージ・ブッシュがイラクのすべての野郎ども、女子供の生き血を飲み干せますように!」と煽ると、聴衆が「ウワーッ」と歓声をあげ拍手喝采になる。さらに続けて「アメリカがイラクをめちゃくちゃにぶっこわして向こう1千年トカゲ1匹住めないような砂漠の国にしちゃいますように!」と煽るが、過激な表現が度を越し、盛りあがっていた聴衆は「アァ・・・」と引いてしまう。

対立して怒りを誘発するのではなく、同化した上で盛りあげて、そこから暴走して周りを引かせるというのは、何ともひねりの効いた高度なスキルだ。これは、相手の深層にある心理の行方を強引に映し出す鏡のようだった。

そんな第1作から14年の年月を経て――この間に別キャラによるモキュメンタリ―「ブルーノ」「ディクテーター」を発表し――、世に放たれたのが第2作「続・ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画」だ。

新作のネタバレは避けつつで、紹介は最小限にとどめるが、またしてもカザフスタンからあるミッションを授かり、ボラットは2020年のアメリカに降り立つ。そこで、政治、宗教、人権、女性、ユダヤ、黒人、階級・・・、人々に張り付くあらゆるエゴを白昼にさらしていく。

観ていてヒヤヒヤする危なっかしい場面の連続なのだが、アドリブ的に猛進していく現場に至るまでに、コーエンの動きやカメラの位置など、相当に時間をかけて緻密にシミュレーションしていることや、シミュレーションが効かない現場での一発勝負の強さも伝わってくる。

第1作の当時30代半ばだったコーエンは、第2作で40代後半となり、年齢的な上積みも含め、人々とのボラット的コミュニケーションが随所で熟成しているのを感じた。人間としてコメディアンとして俳優としてのキャリアアップが、人を騙し、怒らせ、戸惑わせ、時に同化しあうことにも活かされるという・・・。

この第2作でコーエンと並んで特筆の存在感を見せたのが、ボラットのひとり娘トゥーター役を演じたマリア・バカローヴァだった。第1作ではボラットのバディとして旅を共にする巨漢プロデューサー役を全裸で体当たりな熱演を見せていたが、第2作のマリア・バカローヴァは実に難しいというか、くだらないというか、やはりどう考えても難しすぎる役を見事にこなし、全芝居においてエンターテインメントだった。まさにボラットの娘であり、代えがたいバディになっていた。

「続・ボラット」は公開後に2回視聴。1回目は字幕版で。2回目はYouTubeで行われた「ダースレイダー×町山智浩 続・ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのための~ ウォッチパーティー」※(https://www.youtube.com/watch?v=vKjZTuufmkw)をガイドに。

ダースレイダー氏によるこのYouTube企画はユニークな試みだった。YouTubeを見ながらアマゾン・プライムビデオで映画を「せーの」で同時再生することで、アメリカ文化に精通する町山氏の生解説を聞きながら「続・ボラット」を深く鑑賞できた。未見の方にはおススメしたい。

このあと3回目は日本語吹き替え版で観る。前作に続いてボラットの声を担当したのは山寺宏一。ここも職人芸だ。

さても日本の映画界は「鬼滅の刃」一色となっている。確かに「鬼滅」はすごいコンテンツなのだけど、ボラットも何ら遜色ない強烈なコンテンツだ。まずボラットは幻想の中の鬼ではなく、現実社会において人間の思想信条の内に棲む鬼を白昼にさらす。可視化していく。

そして「鬼滅」と言えば炭治郎と禰豆子の兄妹の絆があり、この絆に誰しも強烈なシンパシーを抱くのだが、「続・ボラット」もボラットとトゥーターという兄妹の絆が描かれる。しかもトゥーターは鬼に噛まれたわけでもないのに木箱に詰められて現れたりします。しかも口の周り血だらけで。木箱の次に檻にも入れられたりして。かなりの人権問題をまき散らしながらこの兄妹、ラストはまさかの展開に向かいます。

あと「鬼滅」で鬼に立ち向かう武器は日輪刀だが、ボラットの最大の武器はほぼチンコだったりします。つまりボラットの日輪刀はチンコ・・・、ということで、3回目を観ます。

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