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アプリ”LINE”の爆発的な広がりは日本の伝統文化に触れた結果

爆発的な広がりを見せるアプリ”LINE”

NHN Japanが昨年六月にリリースした無料通話アプリ”LINE”が爆発的な人気を獲得している。現在、ユーザーはすでに六千万人。そして、今年の日経トレンディのヒット商品番付の第一位にも輝いている。

よく知られているようにLINEの魅力は無料通話がメインではなく、むしろトークと呼ばれるコミュニケーション機能にある。通常のメッセージ(メール)機能のように、チャットが吹き出しで相互に現れてやりとりするパターンなのだが(グループ会話も可能)、これにスタンプと呼ばれる大きな絵文字を貼り付けられるところが特徴だ。これが若者たちにウケにウケ、Facebookやツイッター、mixiはしなくてもLINEはやっているという層すら現れたほど。僕が勤めるキャンパスでも、もはやLINEは必需品に近い。

日本はハイコンテクスト文化

LINEがここまで急激に広がったのは、日本独自の文化にうまく抵触したからだと僕は見ている。それは、いわば「ハイコンテクスト文化」とでも呼ぶべきものだ。記号論の世界ではコミュニケーションの際、人間は二つの側面から相手にアプローチすることを前提としている。「テクスト」と「コンテクスト」がそれ。つまり「ことばそれ自体」と「ことばの文脈」のこと。社会学者の佐藤俊樹は日本独特のコミュニケーションを「気持ちのわかりあい」とうことばで表現している。日本語の文法は曖昧で様々な解釈を許容するようになっている。しかし、それでは困るので、これを制限するためにコンテクストが頻用される。たとえば「僕はうなぎだ」「私の娘は男です」という表現はそのままではおかしいけれど、コンテクストが整っていれば全く自然な表現になる(前者なら「大食堂で料理を注文するとき」後者ならば「自分の娘が子ども(つまり孫)を産んで、その性別が男であることを相手に伝えるとき」がこれに該当する)。日本文化というのはこういった言外の意味=コンテクストを非常に多用する、「気持ちをわかりあおう」とする「ハイコンテクスト」文化なのだ。

ただし佐藤自身はこの文化が崩壊しつつあることをすでに20年前に指摘している。また、最近では「KY=空気が読めない」という流行語が出現したように、こういった日本独特の文化が失われつつあるとも言われている。

しかし、僕はこれはちょっと違うんじゃないかと思っている。そしてその根拠をLINEの爆発的は広がりに見ている。なぜならLINEのスタンプを多用した会話はきわめてコンテクストを重視し、かつディープさを備えたコミュニケーションだからだ。そして、それを若者たち、つまり「空気が読めない」と呼ばれる層が積極的に活用しているからだ。

前述したように日本語は曖昧な表現を多く含んだ言語。それゆえ発信した側の意図が相手に全く違ったように伝わる可能性が高い。そこで日本人はことば以外の様々な伝達手段を用いて相手に意図を伝えようとする。お歳暮、お中元なんて慣習はその典型だろう。また「あうんの呼吸」とか「察する」といった行為や、俳句・短歌といった文学ものもこういったハイコンテクスト文化に属する。すべて「空気を読むこと」が前提されているのだ。

コンテクストに依存するがゆえに伝わりづらい日本語文章を補う絵文字・顔文字

しかし、これは「文章」で相手に意志や情報を伝達する際には困ったことにもなる。というのも文字は原則「文字通り」の情報しか伝えられないためだ。ところがその「文字通り」が曖昧ゆえ、相手に伝えたい意味はしばしばねじ曲げられる。

こういったハイコンテクスト文化におけるコンテクストの不在という状況を見事に補うかたちで電子メディアに登場したのが顔文字・絵文字(顔文字は、たとえば(^^)(>_<)(`_´)(^_^;)\(^_^など。絵文字は変換すると化けるので省略しますが顔文字と同じ大きさで作られた絵)だ。これらは文章の終わりなどに付け加えることで、コンテクストを補うことができるという点が実に魅力的だ。大人世代には、こういった表現は子どもっぽいと言う印象を与えるのか、あまり使われることがない。そればかりか、ふざけた表現というコンテクストで捉えてしまうことすらあるが、若者たちはこれらを付け加えることで文章表現に豊かさを与えることに成功している。

スタンプは絵文字・顔文字の進化形

LINEのスタンプ機能はこのコンテクスト飛躍的に向上させたものだ。絵文字・顔文字を大型化したことで表現にディテールを加えることを可能にした。だからスタンプでよりコンテクストを加えられる。その自由度に若者たちが飛びついたのだ。

使い方についてみてみよう。 いちばんオーソドックスなのは文字=吹き出しとスタンプを混合させてやりとりするものだ。この場合、メインは文字=テキストでスタンプ=コンテクストはそれを補うという役割となる。だが、若者たちの使い方はもっと積極的。むしろスタンプがメインで、それを補うものとして文字が登場するなんてこともよく行われている。

より積極的な使い方はスタンプのみを用いたやりとりだ。ディテールが豊かなだけに、上手にスタンプを組み合わせることでスタンプ会話が可能になる。例えば朝、友達にお日様のスタンプを送りつけ、次いでブラウン(熊のキャラクター)がコニー(ウサギのキャラクター)に蹴りを入れているスタンプ送りつける。この時、相手に伝えようとするメッセージは、ようするに「起きろ!」という意味なのだけれど、これが一切文字なしで送りつけられるのだ。 あるいは、あいさつ程度に突然、無意味にスタンプを送りつけるなんてことも。

コンテクストをテクスト化するメタコンテクスト

実は、こういったやりとりが行われているとき、スタンプ会話をしている若者たちはスタンプというコンテクストをさらに一段深いコンテクスト=メタコンテクストを用いてやりとりしていることになる。前述した「起きろ!」だったら、このスタンプを送りつけられる側が、よく寝坊することを知っているというメタコンテクストを踏まえコンテクストとしてのスタンプを発信しているのだ。つまりコンテクストの二段仕立て。

こういった高度なスタンプによるコミュニケーションは、互いのことを熟知している間で初めて可能になるものだ。これはその反対を考えてみればわかりやすい。お互いのことをよく知らない相手に対してスタンプを添付したメッセージを送ったりしたら不気味、あるいは失礼と思われる可能性があるし、全てスタンプでメッセージを送ったらメタコンテクストを参照が不可能ゆえ、全く理解不能となる。スタンプによる応酬=やりとりは、それゆえ既存の親密関係を踏まえたハイコンテクストな、きわめて高度なコミュニケーションであり、「気持ちのわかり合い」という日本的コミュニケーションを踏まえている。そう、若者は実はしっかり「空気を読んでいる」のである。そして、このハイコンテクストを踏まえてスタンプというコンテクストを駆使することで、コミュニケーションに一層の親密性を獲得しようとしている。つまり、スタンプの応酬はジャゴン=身内ことばに基づく、仲間内だけのコミュニケーションを発展させる。いいかえればリアルなコミュニケーションをバーチャルに置き換えることで、リアルな関係を一層豊かなものにする。だからこそ、若者たちはLINEを使わないではいられない、いやスタンプをペタペタ貼らないのではいられないのだ。そしてLINEというアプリは、こういった日本文化の特性を踏まえているが故に爆発的な広がりを見せたと言えるのではなかろうか。

他の文化圏でLINEは普及するか?

だが、それはハイコンテクストではない文化圏では受け入れられる可能性が低いということでもある。実際、絵文字・顔文字はアメリカではなかなか普及していない(たとえば当初iPhoneのiOSの入力には絵文字がなかったのだけれど、これは文字入力のデフォルトが英語だったことによる)。ということは、より深いコンテクスト、つまりハイコンテクストを理解する能力を要求するLINEのスタンプが欧米圏、とりわけアメリカで支持されるのはかなりのハードルになるのではなかろうか。なんといっても、アメリカは究極の「KY文化」なのだから。

さて、僕のこの予想は当たるだろうか?外れるだろうか。

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