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全人類が共有できる歴史はありうるのか?『新しい世界史へ』

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世界の見取り図

ひとつの試案として、「見取り図」を提示する。

何の見取り図か? それは、価値についての見取り図だという。

そして、現代社会において、地球市民として持つべき価値として、兼原信克『戦略外交原論』(2011、日本経済新聞出版)を参考しながら、以下を例示する。

  • 法の支配
  • 人間の尊厳
  • 民主主義の諸制度
  • 国家間暴力の否定
  • 勤労と自由市場

上記を基準にして、見取り図を作ろうというのだ。

ちょっと待って。

「民主主義」や「自由市場」というのは、欧米が生み出した価値観じゃないの? 前者は古代ギリシャまでさかのぼるし、後者は近代ヨーロッパが生み出したものじゃないの?

そうじゃない、と著者は反論する。これらの価値は、全てヨーロッパが生み出したとされ、非ヨーロッパと区別される。だが、その見方自体が、ヨーロッパ中心の見方なのだという。

世界各地を振り返ると、用いられている言葉こそ違えど、これらの価値とほぼ同じ内容を持つ概念は考え出され、実現されてきたという。そうした価値が、それぞれの地域で、どのように扱われてきたのかを並べることで、世界の見取り図が作れるという。

「新しい世界史」の例

例えば、著者は、17世紀後半を概観する。

  • 綱吉治下の徳川政権
  • 粛宗治下の朝鮮王国
  • 康熙帝の清朝
  • ガルダン・ハーンのジュンガル・ハーン国
  • ナライ王のアユタヤ朝
  • アウラングゼーブ下のムガル朝
  • ソレイマーン時代のサファヴィー朝
  • メフメト四世のオスマン朝
  • ピョートル一世のロシア
  • レオポルド一世の神聖ローマ帝国
  • オランダ共和国
  • ルイ14世のフランス王国
  • 名誉革命直後のイングランド王国
  • カルロス二世のスペイン

上記に加え、アルメニア系、ユダヤ系、華人系等ユーラシアに散在するディアスポラ的な人間集団、南北アメリカの植民地と先住民の社会、アフリカやオセアニア各地のように強力な政治権力が存在しなかったとされる地域における人間集団に目を向ける。

それぞれの人間集団に焦点を当て、その社会秩序と政治体制がどのように維持されていたのか、正統性はどう保障されていたのか、社会における男女の役割は区別があったか、宗教と社会秩序との関連性はどうなのか……という観点から描きなおせという。

そうすることで、それぞれの人間集団がどのように異なり、どこが共通していたかが明らかになるという。そして、17世紀後半の世界における人間社会全体の特徴的な姿が明らかになるというのだ。

それぞれの人間集団で、上記に挙げた価値がどのように扱われていたかに着目し、人間集団の類型化を図ることを提案する。どんな共通的な特徴を持った人間集団が、どのように分布して、どんな関係を作っていたかを述べていくことで、全体を鳥瞰的に示す見取り図になるというのだ。

これは、「ヨーロッパ/非ヨーロッパ」の単純構造ではなく、かなり複雑な図面になるだろう。また、年代に沿って通時的に描ける代物ではない。数十年程度の単位でスライスした、厚みのある世界のスナップショットになる。

イメージ的には、世界史の資料集にある、「ある時代における世界全体の様子」の解像度を凄まじく上げた図になる。

例えば『世界史図説 タペストリー』の特集「世界全図でみる世界史」に書き込みをしまくると出来上がる感じかなぁ……あるいは、各時代ごとに人類社会全体を見わたし、つながりと交流をイラストで描いた『輪切りで見える!パノラマ世界史』の高解像度版になるのだろうか。

見取り「図」という言葉にすると、パノラマの「絵」のようなものを思い浮かべてしまうが、これはVR(仮想現実)と相性が良いかもしれない。全体像を俯瞰して、知りたいところへズームしていくと、その地域の解像度が上ってゆき、その中での人間集団の営みが見えてくる仕組みだ。その営みの一つ一つに、他の地域とのつながりの線がオーバーレイされるようなもの(UIは、ゲームのシヴィライゼーションが近い)。

グローバル・ヒストリー共同研究拠点の構築

歴史認識の共有は、隣国でも(だからこそ?)難しい。だが、価値の共有なら、まだやりやすいかもしれぬ。これは、歴史叙述者が、いったん自国や自文化から脱け出た上で書く必要がある。それは、かなり難しいだろう。

しかし、新しい世界史は、間違いなく面白いものになるだろう。それを読むことで、価値があるとされる概念が、どのように世界の様々な地域で共有され、受け継がれてきたかが明白になるに違いない。そして地球という共同体に生きる一人だと認識できるものになるだろう。

この構想は、2014年から「グローバル・ヒストリー共同研究拠点の構築」で実行されている。東京大学、プリンストン大学、フランスの社会科学高等研究院、ベルリン・フンボルト大学と連携し、新しい世界史認識を生み出す挑戦的なプロジェクトだ。日本学術振興会から支援を受け、現在進行形で進められている。

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