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全人類が共有できる歴史はありうるのか?『新しい世界史へ』

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「歴史は勝ったほうが書く」のだから、いま主流の価値観や集団に焦点を当てるのが普通だと思ってた。各時代の支配層が、自らの正統性の証(あかし)を過去に求め、上書き保存してきたのが、歴史叙述だと考えてきた。

だから、本書で紹介される「新しい世界史」は、斬新で、困難だと考える。その一方で、この世界史を知りたい、と強く願う。

『新しい世界史へ』は、いわゆる「世界史まとめ」ではない。

よくあるWikipediaのコピペに「教養」というレッテルを貼った本でもない。そういう巷の「世界史」に隠されている先入観や意図を明るみに出し、改善策を示し、代案を提示する本だ。いうなれば、世界史を語るのではなく、「世界史の語り方」を考える一冊なのだ。

全人類に向けた世界史という、ある意味、ぶっ飛んだ構想を議論しているのは、羽田正氏である。比較歴史学の専門家で、東京大学の東洋文化研究所の所長のキャリアを持つ。著書も多数で、『輪切りで見える! パノラマ世界史』の著者だといえばピンとくるだろうか。

そして大真面目に、全人類のための歴史叙述の可能性を説く。

「日本における世界史」に共通するストーリー

書店に行くと、世界史を冠した様々な本が並んでいる。思想、疫病、戦争といったテーマで斬ったものから、何十巻と続くもの、(ムリヤリ?)一冊にした世界全史まで、色々ある。

一見するとバラエティ豊かだが、これらの世界史は、定番の世界史があることが前提だという。それは、「高校で学ぶ世界史=文部科学省の学習指導要領に準拠した教科書」の枠組みを共有しているというのだ。

その枠組みとは、ヨーロッパを中心とした歴史観だ。

本書の序盤で、学習指導要領を年代順に読み解いてゆく。そこで、西洋の扱い方や記述量を比較しながら、教科書の世界史観を振り返る。そして、全体としてはヨーロッパ中心史観が大きく影響している、と結論付ける。

  1. 世界は異なる複数地域から構成されており、異なる歴史をもっていた
  2. ヨーロッパ文明世界とそこから生まれた諸国家が優位に立ち、実質的に世界史を動かし、世界の一体化が進んだ

つまり、「バラバラだった世界が、欧米が主導して一体化してきた」というストーリーになる。

高校世界史の語り方も、この流れを踏襲する。複数の文明世界や国家の歴史を時系列に沿ってまとめ、それぞれの束として理解される。そして、その束どうしの交流は、現代に近づくほど密接となる、という流れだ。

そして、「異なる地域や国から成る世界を、欧米が主導している」という世界の見方と呼応しているという。著者曰く、「世界の見方と世界史の理解が表裏一体となって、私たちの世界認識を強く規定している」のだ。

ここで言う「ヨーロッパ」は、特殊なものとなる。

それは、ユーラシア大陸の西端に位置する地域ではなく、概念としてのヨーロッパだという。ルネッサンスで古代文明の叡智を「再発見」し、大航海時代で世界を広げ、科学技術を発展させ、自由・平等・民主主義を「発明」し、政治や経済を改革するサクセスストーリー、いわば勝者の世界史なのだ。

「世界史」という名のフランス史

世界史の大筋はすでに定まっており、確定した知識として高校で学習する―――この常識に、著者は疑問を投げかける。

そして、私たちが当たり前のように思っている世界史の理解が、決して絶対ではないことを、さまざまな事例で伝える。

たとえば、フランスやの高等教育における世界史が紹介される。

そこでは、アジアなど「非ヨーロッパ」地域の過去は、ほとんど教えられない。ただし例外があり、植民地など、自国の歴史と直接関係がある場合は、その部分において語られる。これはフランスに限らず、イギリスにとってのインド、オランダにとってのインドネシアは、重要なトピックとして扱われる。

つまり、「世界史=フランス史+関連地域のトピック」という構図になる。この見方で教育を受けた人々と、世界史についての共通認識を得るのは、困難かもしれぬ。

「中華は統一されている」というstory(≠history)

これに抗うような、中国の歴史の教科書が興味深い。

そこでは、中華が世界の中心になる。漢や唐などの王朝国家が成立すれば、それは統一の時代であり、それ以外は分裂の時代だとみなされる。この見方の前提には、はじめから広大な中国大陸は統一されているは ず、という価値判断が入っている。

さらに、「漢民族」という人間集団がはるか昔から存在し、中国史は漢民族の歴史として展開してきたという前提があるという。その結果、モンゴル人の建てた元や満州人が中心となってできた清は、「征服王朝」と捉えられる。

近代中国の姿を過去に投影し、「中華」や「漢民族」は過去においても成立していたと考えると、こんなストーリーになる。

交通や通信の手段が限られている中で、あれほど広大な領土が政治的に統一されているとするほうが特殊だと思うのだが、ともあれ、そういうストーリーでないと、現在の体制と合わなくなってしまう。

このように、現在の体制から自国と他国を分け、程度の差こそあれ、自国を中心に据えて歴史を語る。

地球人のための世界史

著者は、この現状に異を唱え、揺さぶりをかける。

日本の歴史、フランスの歴史、中国の歴史など、国民ごとの歴史では不十分だと考える。

世界全体で、経済が一体化し、文化や価値観にも共通点がある。それにもかかわらず、国民国家の観点から共同体への帰属意識を強調し、その利害を第一に考えさせる「世界史」では、地球規模の問題に取り組めないとする。

帰属意識の先を、国家から地球に拡張する、地球市民が共有する知識の基盤―――そんな世界史が必要だという。いうなれば、日本でもフランスでも中国でも用いられる世界史だ。

新しい世界史は、「自国/自国以外」を強調しない。さらに、ウォーラーステインのように中心となる地域を定め、「中心/周辺」のような構造化もしない。

その代わりに、共通点や関連性を重視し、世界中の人々がこれが自分たちの過去だと思える―――そんなつながりを自覚できるような歴史を目指すという。

冗談かよ、とツッコミを入れたくなる。地球規模どころか、とある二国間ですら歴史認識問題が喧しいのに、そんなことが可能なのか!? と耳を疑う。

だが、著者は真面目だ。

大真面目に、「地球人のための世界史」の様々な可能性を語る。

新しい世界史の方向性

可能性の一つの方向が、グローバル・ヒストリーだという。

ヨーロッパ世界を相対化し、あつかう時間を巨視的に眺め、対象テーマと空間を地球規模で採り、異なる地域間の相互影響を重視する歴史だ。

例えば、ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』だ。これは、「現在の富がなぜ偏在しているか」という疑問に答えるため、地球の初期設定から語りなおした世界史になる。これまでの歴史研究の中心である政 治・経済・社会・文化史の常識を変えてくる。

あるいは、あるモノや概念に注目して、それを通じて世界の人々の活動や生活のつながりを描き出したものとして、川北稔『砂糖の世界史』が紹介される。このブログで紹介してきたものだと、胡椒疫病戦争土木不潔工学テクノロジー情報など、様々なテーマがある。

さらに、国民国家や国境を自明とする枠組みから離れる試みとして、海洋世界史がある。海とその周辺の陸地を一体のものと捉え、その空間内での人・モノ・情報の動きの関連性をダイナミックに描く。本書では、ブローデル『地中海』を紹介している。

ただし、著者は全面的に賛成しない。

グローバルな語り方をしているが、その前提としてヨーロッパ中心史観に基づいた歴史解釈を保持している場合があるという。グローバル・ヒストリーのように見えるが、実際は、「ヨーロッパ」と「非ヨーロッパ」の二項対立に落とし込むものも少なくないという。

では、どうすれば「新しい世界史」を語ることになるのか? 理想ではなく具体的に描こうとすると、どのような形になるのか。

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