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鬼滅の刃、人気の意味を理解するキーポイント5つ

世を挙げての鬼滅ブームのなか、いまさらながらの解説も気恥ずかしいが、あまり言及されていない側面について指摘しておきたい。

雑誌「ユリイカ」がこの漫画を特集するとしたら、章立てに使われそうなタイトルを考えてみた。

①多彩な物語のショーケース、物語のダイジェスト化の臨界点


『鬼滅の刃』には驚くほど多彩な物語類型が詰め込まれている。
例を挙げると。

・竈門炭治郎ケース
家族の破壊とその復讐の物語
マッドマックス、グラディエーターなどハリウッド映画のみならず、より複雑な破壊ー復讐の物語ではシェイクスピアの『タイタス・アンドロニカス』は演劇や映画で歴史上多く取り上げられている。

・黒死牟と継国縁壱ケース
愚兄賢弟の物語
漫画では、『北斗の拳』のジャギの名セリフが印象的。

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きわめて古い題材では、旧約聖書の「創世記」におけるエサウとヤコブの物語がそれに当たる。

・悲鳴嶼行冥ケース
裏切りによる悲劇的結末の物語
沙世が行冥を指し「化け物はあの人、みんなあの人が殺した」というシーンは、『曽根崎心中』で九平次が徳兵衛を面罵する場面をほうふつさせる。
また同じ物語で語られる、内通者が藤の花の香を消して、敵方を城内に侵入させ、内側から食い破る戦略はウェルギリウスの『アエネーイス』に描かれるトロイの木馬作戦を思い起こさせる。

・堕姫/妓夫太郎ケース
底辺貧困層の逆襲と挫折の物語
この種の物語を最も丁寧に描いたのが日本漫画史上有数の傑作『カムイ伝』。
古いフランス映画の『にんじん』やロシア映画の『動くな、死ね、甦れ』にも妓夫太郎のにおいがする。

他にも童磨と伊黒のケースは、殺人略奪に対する達成感と罪悪感の物語の対比になっており、例えば『奥州安達原』の安倍貞任と袖荻を先例として挙げることができるし、善逸やアカザのケースは香港カンフー映画の定番、師匠の敵討ちの物語類型と言える。

このように多種多様な物語が登場人物一人一人のエピソードとしてあっという間に語られる。
本来は長大な物語に発展させることのできるポテンシャルを秘めた物語を極端なまでに圧縮して、消費しつくしてしまう手法は、昨今政治・社会理論で取り上げられることの多い「加速主義」の一断面と理解することも可能だろう。

②敵方の物語の発見とスピンオフの新しい地平


多彩な物語は主人公とその仲間だけに与えられるわけではなく、敵方にも割り振られることで、キャラの多様な個性化に成功している。
また、このような多様なキャラの個性化は公式、非公式問わずスピンオフ(妄想の派生)を作りやすくする。
様々な派生作品がSNSやファンサイトを通じて拡散・再利用されることで、物語の賞味期限は延長され続ける。

スピンオフによる延命治療が施されているコンテンツで最も有名なのが、「スターウォーズシリーズ」だが、このシリーズでこの戦略が成功するかどうかは不透明だ。
(ボバ・フェットで公式にスピンオフを作るのは、珠世さんでスピンオフ作るよりもキツいのではないかと思う。)

③絵柄の独創性、江戸時代の残酷絵の伝統から


細く柔らかい線できれいに描かれた絵柄ながら、岩佐又兵衛風の残酷絵を連想させるショッキングな場面や構図が多くみられる。
映画「無限列車」の作画では「鳥羽伏見の闘い」の錦絵を参考にした、と監督の外崎春雄氏が言っているように、浮世絵(残酷絵)の伝統が引き継がれている。
(映画パンフレットより)

またこのような画の構成は、劇画調の絵が苦手な読み手(主に女性が多い)に対しても、物語の迫真性や悲劇性が効果的に伝わることを可能にしている。
(『進撃の巨人』や『JOJOシリーズ』はダメでも鬼滅は読める、という女子は多い。)

④ヒーローのニューエストモデル竈門炭治郎の新しさをヒーローの漫画史から読み解く


少年バトル漫画の主人公、例えばケンシロウ(北斗の拳)、孫悟空(ドラゴンボール)、ルフィ(ワンピース)らは、「娘の旦那にはしたくないタイプ」ではあるが、竈門炭治郎は違う。
炭治郎は男のロマンを追求したり、救世主への階段を駆け上がったりはしない。

遠い目で秘宝や永遠を眺めるのではなく、身の回りのことを一生懸命全力でこなし、自分の利害とはあまり関係のない周囲への気遣いも忘れない、いわば世話焼きお母さんタイプ、料理が上手そうなヒーローで、このようなキャラ造形は珍しい。

歴代漫画発行部数ランキングからバトル漫画ヒーローを見てみると、ルフィ(ワンピース)、デューク東郷(ゴルゴ13)、孫悟空(ドラゴンボール)、黒崎一護(BLEACH)、JOJOシリーズ、ケンシロウ(北斗の拳)、エレン・イェーガー(進撃の巨人)という並びになる。
いずれも竈門炭治郎と比較すれば、圧倒的にお母さん成分は低い。

現在人気連載中のバトル漫画「僕のヒーローアカデミア」の主人公、緑谷出久が若干お母さん的であることを考えれば(おそらく80年代に連載されていれば、バディの爆豪勝己の方が主人公キャラだっただろう)、ヒーロー像の需要傾向に変化が出てきていると考えることができる。

⑤情念の表現、バトル描写の言語化は進化する


バトル漫画はJOJOが出てきた辺りから、能力の相性や戦略で勝利を手繰り寄せるカードゲーム的な要素を組み込む方法が主流化してきたが、『鬼滅の刃』はその流れにのらず、大ヒットをとばした。

バトル戦略の精緻を極めた人気漫画『ハンター・ハンター』が行き詰まりをみせたのと同じタイミングで、ほぼ必殺技だけで完結する単純なバトル漫画『鬼滅の刃』が大人気になったのは、バトル表現の需要の変化を反映しているかもしれない。

70年代の必殺技完結型漫画の傑作『リングにかけろ』は『鬼滅の刃』と同タイプだと思われるが、あの頃と違うのはバトル表現が重層的になり、より感情を表現しやすくなっている点だろう。
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『リングにかけろ』では必殺技の威力だけで勝負は決するが、『鬼滅の刃』では必殺技の組み合わせや他者との協力で勝利を呼び込むという方法が採用される。
この方法では、単発の必殺技よりも感情表現をのせやすいという利点がある。

必殺技の組み合わせで感情をのせきる場面の白眉が、神回と呼ばれるアニメ19話「ヒノカミ」で見せた父に触発された炭治郎と母に触発された禰豆子の必殺技の組み合わせシーンで、私はこの回の放映が『鬼滅の刃』の人気を決定づけたと思う。
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ハイブラウ成分の低い『鬼滅の刃』が「ユリイカ」の特集で採用されるかどうかわからないが、これだけ大ヒットをとばしたコンテンツを考察しないのはもったいないと思う。

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