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人生の中で「挑む」ということ。

 日本経済新聞の朝刊に、自分が生まれる前からずっと掲載され続けている定番コラム、「私の履歴書」。

月替わりで繰り広げられる連載の中でも、いわゆる「企業人」の方が主役になっている時は、書かれていることだけではなく、「書かれていないこと」の裏読みも含めて毎朝が楽しみになることが多いのだが、特に今月のKDDI相談役・小野寺正氏のシリーズは、サラリーマン経営者としては実に波乱万丈で印象に残るくだりが多かった気がする。

描かれている舞台が、自分が学生の頃に一番憧れていた業界だったというのは大きくて、特に、今回のシリーズのクライマックス(第20話~第25話くらいまで)だった90年代後半から00年代初頭、「新興勢力勃興」「移動体通信市場の急拡大」&「業界再編」というキーワードで描かれていた時代は、自身の就職活動とそのための拙い”業界研究”をしていた時期にも重なるから、当時の記憶と重ねながら読んでいたところも多かった。

OB等と話をする中で自分が目を付けていた会社も、当時最大手を追いかける立場で激戦に打って出始めたばかりの会社。リクルーターと話が弾み、とんとん拍子で役員面接に進んで、「業界再編」のテーマになった時に「仕掛けられる前に仕掛けましょう!そのために私はここに来たんです!」みたいな大見得を切ったのは、今思い返すまでもなく若気の至り以外の何ものでもなかったのだが*1、その数時間後、「ちょっとやりすぎたかな・・・」と反省する間もないくらいのタイミングで内々定の電話がかかってきて、興奮した声で「おめでとうございます。是非わが社に!」と話しかけてくれた人事担当者の声を聞いた瞬間だけは、自分も間違いなく就職活動の成功ストーリーの体現者だったような気がするし、その後、いろいろあって辞退を余儀なくされたものの、しばらくはその会社も業界も気になっていた。

結局、その会社は再編の波に巻き込まれ、当時自分が焦がれたアイデンティも今や跡形もなく消え去っているような気がするので、そのままその会社に入っていたら、自分のサラリーマン生活は相当な苦難の道のりを進むことになっていたことだろう。

同じ業界で内々定をもらったもう一つの会社もその後同じような状況になったし、逆に、今月の「私の履歴書」の”主役”の方が作って来られた会社には、「肌が合いそうもないな」という直感で最初からエントリーすらしていなかったから、業界の先を読む目がなかった=行かなくて正解だった、ということになるのだろうが、先日のドコモ消滅の話といい、今月の「DDIの成功譚」といい、触れるたびに懐かしさとほろ苦さを感じるのは事実である。

そしてもう一つ。これは読者のバックグラウンドによって全く異なる感想を抱くところだろうが、自分は小野寺氏が社会人キャリアの最初の15年を過ごした、大企業組織、特にいわゆる”公社系”の組織(当時はまさに「公社」そのものだったわけだが・・・)でのエピソードにも、”ああこれ、あるある“的な共感を抱いてしまっていたわけで。

入社してからの数年は”お客さん”的に扱われ、仕事はあるようでなく、仕事の結果よりもっぱら仕事外での立ち振る舞いの方が評価の対象になる。結果、気力体力有り余る20代の間は、今はやりの”自分磨き”とは無縁な究極のワークライフバランス、流れるのは悠久の時間。

逆に30代に差し掛かる頃から、実働部隊の最前線で幅広い裁量が与えられ、手を動かさない上司に代わって若輩ながらも獅子奮迅。少々上役に盾突いてもそれがかえって評価されるような世界だから、当然仕事も楽しくて仕方ない。

本来であれば、管理職になって仕事が自分の手元を離れ、安定した処遇を引き換えに急にキナ臭い役回りを演じなければいけなくなる40代、50代というのがこの後にくるところ、37歳で「第二電電」に身を投じた、というところが今月の主人公の人生の転機になるわけだが、今ならまだしも、当時の公社で、経営破綻したわけでもないのにこのタイミングで身を転じる、というのがいかに凄いことか。それが肌感覚で分かるだけに、なおさら共感できるところが多かったのかもしれない。

一代で会社を築いた先月の主人公(寺田千代乃氏)が20代、30代から経営者として汗を流しておられたのと比べると、今月描かれていたのはあまりに対照的な人生すごろくだったのだけれど、大組織で鍛えた足腰*2を武器にアラフォーくらいのタイミングで「創業」を担う立場に回る、というのはある意味理想的な生き方であり、今月は最後までだれることなく話が続いた、というのも、そこに起因するところが大きかったような気がする*3

最終盤に差し掛かった今日の第29話には、”弱小勢力の扱い”だった第二電電が5兆円企業になるまでの過程を総括する形で、会社発足当時のエピソードを紐解きながら、次のようなことが書かれている。

「こうしたインフラの有無や母体企業の格、知名度といった要因は、結局、事業の成否にはほとんど関係なかった。社員一人ひとりの頑張りや創意工夫、あるいは業界再編などの節目で経営陣が正しい判断を下せるかどうかといった要素のほうがはるかに重要で、ほぼ同時期に出発した新電電各社はその後大きく明暗を分けた。旧DDIの企業家精神は今もKDDIの中にしっかり息づいているが、他のエスタブリッシュメント系新電電はほとんどが業界再編の海に飲み込まれ、形を失った。これが競争の恐ろしさであり、面白さでもある。
(日本経済新聞2020年10月30日付朝刊・第40面)

これは、様々な業界でことごとく目詰まりを起こしている今の日本の企業社会に向けられた言葉なのかもしれないし、進路は変われど相変わらず”ブランド志向”が優先する就活生たちに向けられた言葉なのかもしれない*4。競争法的な観点から見ても、非常に含蓄のある言葉であるのは間違いない。

だが、自分がこの一節から感じたのは、果敢に挑んで、結果的に勝ち抜いたからこそ、の言葉の重みと、人生を振り返った時にこう語ることができることへの羨ましさ、である。

翻って我が身を見れば、未だ何かを成し得たとも、何かの領域で勝ちきったとも、到底言えない状況。

ただ、だからこそ、この先にもっと大きな山がある(いや、もしかしたら崖かもしれないが・・・)、と信じられる余力はまだあるわけで、止まることなく地道に歩み続けていければ、何かが起きるかもしれない、という予感もまだ消えてはいない。

先人を羨ましがるだけでは能がないし、「挑んで」いるのは自分も同じ。

だからこそ、日々心新たに、この怒涛の時間を駆け抜けていかなければ、と思った次第である。

*1:そんなことは一学生に言われるまでもなく、皆分かっていたことで、実際その会社は数か月後に当時としてはインパクトのある再編を仕掛けたのだった。

*2:個人的には、重心を見抜いて「山」を動かす力と人を見定める力、そして何といっても「忍耐力」が絶対的に生かせるポイントだと思っている。

*3:一代で会社を築き上げたパターンだと、会社の拡大期のエピソードは充実していて非常に面白いのだが、会社がある程度の規模になり、上場して盤石のステータスを確保した後は、自分の会社の話より、もっぱら「会社外、仕事外のこと」に話題が移ることも多い。先月も上場後にMBOで上場廃止、という刮目すべきエピソードを除けば、終盤はもっぱら財界活動、文化活動の話題に紙幅が割かれていたように思う。

*4:これは企業だけではなく、法曹の世界においてもぴたりとあてはまる。

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