※本稿は、青砥瑞人『BRAIN DRIVEN パフォーマンスが高まる脳の状態とは』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の一部を再編集したものです。
モチベーションを高めるには生活リズムから
ここでは、神経科学の解剖学的な見地から「神経科学的欲求五段階説」を唱えたいと思う。マズローの自己実現理論と照らして人の欲求を探究すると、モチベーションに関するさらに深い理解が得られるだろう。ここでは主に「神経科学的欲求五段階説」について説明する。

体調、コンディションが重要なのは図表1からもわかる。下位にある欲求が中間的な脳部位のモチベーションに大きな影響を与える。健康、睡眠、生活リズムだ。この生活リズムは重要で、脳の中にはそのリズムをモニタリングする脳部位があることを考えると、この欲求を整えるのがモチベーションを把握するうえで重要な観点になる。
つまりモチベーションを捉えるうえではモチベーションのみについて考えるのではなく、生活リズムや心理的コンディションなどのシステムと合わせて検討していくことも必要なのである。
自分のモチベーションが高まらないと感じた際は、神経科学的欲求五段階説の下部から、自己のコンディションを確かめてみるといいかもしれない。どこかに不調があれば、それがモチベーションに影響している可能性もある。
意図したモチベーションを持つには自制心が必要
モチベーションには、トップダウン型とボトムアップ型の2種類がある。
五段階説の下部の機能ほどボトムアップ的(無意識に近い状態)で誘発され、上部の機能ほどトップダウン的(意識的)に誘引される。たとえば「お腹が空いた」「眠い」などはボトムアップ型のモチベーションであり、無意識に誘引される。
一方「あれを考えてみよう」「この勉強をしよう」などはトップダウン型のモチベーションで、意識的な誘引が必要となることが多い。さて、どちらのモチベーションのほうがあなたに強く作用するだろうか。一般的には、ボトムアップ型のモチベーションのほうが強いとされる。
高次の情報処理や学習よりも、生存に必要なモチベーションが優先されやすいのは理解しやすい。
しかし、あくまで優先「されやすい」というだけで、必ずしもトップダウン型が優先されることはない と言っているのではない。
このボトムアップ型のモチベーションを制御しつつ、トップダウン型のモチベーションに基づく情報処理を実行に導くのが「自制心」である。先ほども述べたように、ボトムアップのモチベーションのほうが強く影響しやすいからこそ、自制心を持つことが意図したモチベーションを持つうえで重要なのである。
空腹によるドーパミン誘導を「勉強」に転用する
これまでは、ボトムアップのモチベーションを抑制し、トップダウンのモチベーションを高めようという考え方が主流だった。それはいまでも有用だが、他の方法も台頭してきた。それは、ボトムアップのモチベーションをトップダウンのモチベーションの栄養に転用する方法だ。
先ほど例に挙げた「お腹が空いている」状態のときは「食べ物を食べたい」というボトムアップのモチベーションが働いている。このとき、脳内ではドーパミンが大量に作られていると推定される。
モチベーションのベクトルはともあれ、脳内でドーパミンが作られている状態が現象として存在するので、その状態をうまく活用するのだ。
具体的なケースとしては、空腹によるドーパミン誘導を「勉強」に「意識的に」振り向けることができたとしたら、学習に対するパフォーマンスは高まる。これは、サブリミナル的な実験をしながらドーパミン誘導をすると、実際に記憶定着が高まる結果が得られる研究(※)の応用である。
※出典:Gruber, M. J., Gelman, B. D., & Ranganath, C.(2014). States of Curosity Modulate Hippocampusdependent Learning via the Dopaminergic Circuit. Neuron, 84(2), 486-496
内村航平選手が1日1食である科学的な理由
たとえば私の場合、ボトムアップ系の欠乏状態をトップダウン系に生かす方法として、大好きなコーヒーを利用する。大好きなコーヒーが目の前にあるのに、見るだけで飲まない。飲みたいと思っているときに、ドーパミンの量は最大値になる。

ポイントは、まずはこの状態に「気づく」ことが第一段階である。次にその「飲みたい」状態にあるボトムアップのモチベーションを、どこに活用したいのか意識的に誘導する。この「注意のシフト」をトップダウンで指令するのが第二段階である。
別の理由で最大化したドーパミンに気づいたときに、自分がいまやりたい仕事に意識を向けることで転用するのだ。ドーパミンが出ている状態は変わらないので、うまくいけばドーパミンの効能をやりたい仕事に活用することが期待できる。これは訓練によって可能になる。
少し空腹感があるときのほうが、仕事や勉強の効率が高い感覚をお持ちの方も多いのではないだろうか。ドーパミンが前頭前皮質に作用し、集中力を高めるからだ。空腹状態のドーパミン性を、自分の意図した対象にうまくシフトできたなら、集中力の高まりも期待できる。
体操競技の内村航平選手は、1日1食しか食べないそうだ。あまり食べないほうが集中できるという。そういうアスリートも多いが、これは理にかなっている。
空腹を認識したら10分だけ集中する
宗教的に見ても、飢餓や断食によって脳内の反応が変わる可能性がある。それがパフォーマンスなどに影響を及ぼすこともあるだろう。
もちろん、宗教的な意味合いはともかく、報酬的な機能も果たしつつも、あなたの意思とは関係なく脳が何かを欲したり、求めたりする状態は、ドーパミンを誘導することで注意力や記憶定着効率を高める効果や、新たなものをクリエイトする能力の増大効果も期待できる。
とはいえ、長期にわたって断食するのは辛い。モチベーションを高めるためにいきなり断食するのは現実的ではない。空腹状態に気づき、注意のシフトをするのに慣れないうちは、単に強いボトムアップモチベーションが優先され、注意力が分散してしまい、パフォーマンスを下げる。
そこでたとえば、まずはお昼休み直前にお腹が空いた状態を認識したら、これはチャンスと考え、残り10分間だけでも集中してみるなどはいかがだろうか。空腹を感じたときのドーパミンを少しずつ活用することから始めるのがお勧めだ。きっとその10分は、高い集中力を発揮するはずだ。