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「国としての葬儀は皇室だけでいい」中曽根元首相の合同葬は腑に落ちない

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最近の菅さん、学術会議の問題がなんだかハッキリしないね。官房長官時代は記者からの質問に対して「その指摘はあたらない」「まったく問題ない」「答える必要はない」という「ないないづくし」で強気だったけど、総理になると国民の注目度が大きく違うから、発言もかなり気を使うのかな。

学術会議の問題についてはまた改めるけど、安倍さんから続く今の自民党政権でおなじみなのが、問題を指摘されるたびに曖昧をつらぬく・・・ってあるよね。

中曽根元首相の合同葬 腑に落ちない税金浪費

共同通信社

最近で言うと、中曽根元首相の内閣・自民党による合同葬もそれにあてはまるんじゃないの? 俺は中曽根さんを偲ぶことに異論はないんだけど、どうも腑に落ちなかったのがこの儀式に多額の税金が使われたことだよ。

合同葬の経費って2億円弱だったんだよね。それを政府と自民党で折半したんだろ。政府はいくら出したって報道されてる? なになに、9643万円か。ざっと1億円だ。その1億がニュースでも流れてたけど、花が広々と敷き詰められた立派な祭壇やホテルの会場費とかに使われたわけだ。

自民党が出したって言ってもその原資はほとんど税金だろ。葬儀も必要だろうけど税金は少しでも福祉や介護の現場に回してほしいよ。苦しい人を和らげるために使ってほしいね。

あとね、政府と自民党の折半、ワリカンだってのがどうもグレーなんだよな。国がすべて請け負う国葬なら国葬、自民党がすべて請け負う党葬なら党葬って、その線引きがとても曖昧。

聞いてみたら戦前は総理大臣の国葬が行われてたけど、戦後は新憲法の中で廃止されたんだろ。だから抜け穴みたいな「合同葬」なんてことを自民党が考えて、葬儀代を税金から捻出しようってことだもんな。

ちょっと編集部、戦後にこの合同葬を誰がやってきたのか挙げてみてよ。

< 内閣・自民党による合同葬 >

1975年 佐藤栄作 ※内閣・自民党・国民有志の国民葬として
1980年 大平正芳
1987年 岸信介
1988年 三木武夫
1995年 福田赳夫
2000年 小渕恵三
2004年 鈴木善幸
2006年 橋本龍太郎
2007年 宮沢喜一
2020年 中曽根康弘

なるほど。で、その次にやりそうなのがたぶんあの人か、南無妙法蓮華経、南無阿弥陀仏・・・って、そういう話じゃないよ(苦笑)。で、この合同葬って別に法律で基準があるわけでもないし、これまでやったりやらなかったりなんだろ。

Getty Images

そうだ、角さん、田中角栄さんはどうだったの? あれだけの大物だったけど。なになに、晩年はロッキード事件の被告のままだったから、内閣が関わるのは難しいだろうって自民党と田中家の合同葬になったのか。

あと、やらなかった人って誰? 鳩山一郎さん、石橋湛山さん、池田勇人さん、宇野宗佑さんか。宇野さんはスキャンダルが元で辞めちゃったから、合同葬にしたら文句が出そうだってやらなかったんだな。

それから竹下登さんもやってないのか。なになに、竹下さんはご自身が生前から大きな葬儀を望んでいなくて合同葬が見送られた・・・。そうか。竹下さんは消費税を導入した人だからね。消費税で税金とっておいて、自分は税金で葬儀なんてことになったら何言われるかわかんないって、きっと世間の目に敏感だったんじゃないの?(苦笑)。

この元総理の合同葬ってさ、やるやらないが法で定まってるわけじゃないんだよな。そうなると時の政権の意向で、やったりやらなかったりをコントロールされるってあるよな。すでにこれまでそういう歩みになってるもんな。

だから、国民の弔意が大いに反映されるっていうよりは、むしろ自民党の党勢を印象づけるセレモニーのように見えてしまうんだ。

このままだとさ、今後も総理経験者が亡くなる度に「やる? それともやめとく?」なんて、どっかで相談したりすることになるわけだ。まず、そういう曖昧な状態で多額の税金が使われることは見直したほうがいいよな。

立川談志師匠のお別れ会で三本締め「イヨーッ!」

BLOGOS編集部

偲び方ってけっこう難しいんだよ。俺もこれまで数多くの弔いに出て、色んな葬儀を見て、たくさんのお別れをして、故人を偲んできたからね。

編集部)あのう、蝮さんが偲んだと言えば、立川談志師匠のお別れの会で石原都知事、桂歌丸師匠、大林宣彦監督、ビートたけしさん、中村勘三郎さん、笑福亭鶴瓶師匠ほか、名だたる方々がスピーチに立って弔辞をされたあと、最後のシメで蝮さんがマイクに向かって「それではみなさん、立川談志が生き返ってこないよう祈念して三本締めを、イヨーッ!」とやったのはすごかったです。大爆笑でした。

アハハハハハ、あれは親友だった談志と俺の仲だから言えるんだよ。ヨソじゃ言えないよ。まあ、非常に談志らしいというか、家族もみんなオープンでシャレがわかるからね。

弔辞で思い出すのが、談志の師匠だった五代目・柳家小さん師匠の葬儀で、当時落語協会会長の三遊亭円歌さんが話したことがすごかったよ。「もっと長く生きててほしい人が先に死んじゃって、早く死んだほうがいい人がまだ生き残ってます」って言いながら周りを見渡したんだ。みんな自分のこと言われてんじゃないかってドキッとなった。これは痛烈で胸に刺さったね。すごい弔辞だったよ。

あのさ、ちょっと考えたんだけど「生前葬」ってあるだろ、まだ元気なうちにやる葬儀。俺はあれやだなと思ってさ、俺がやるなら「直前葬」がいいなって。死にそうだけど意識があるうちに葬儀をやるの。そうすると、誰がどんな弔辞を言ったとか、香典がいくら集まったとか、死ぬ直前に本人が全部わかる(笑)。これで心置きなくあの世へ行けるというね。どうだい「直前葬」。香典が足りねえなって腹立って死ぬに死ねなくなったりしてな(笑)。

だけど、芸人のシャレが通じる弔いと違って世間一般の弔いはそうはいかないよ。全方位に気を使って穏便に適切にしないと、あとから色々モメやすいんだ。例えば、みんなが偲びたいのに一部の近親者が囲っちゃって線香もあげさせてくれないとかさ、たいして偲びたくもないのに長々とやったりとか、その葬儀を取り仕切る誰かの意向であれこれ左右されるよ。

「偲び方」ってことで言えば、靖国神社が抱える合祀問題にも通じると思うよ。合祀が適切か適切でないかでずっと引きずってるだろ。誰をどう偲ぶかはデリケートな話だから摩擦を起こしやすいんだ。

だから今後のことを考えれば、元総理の偲び方は多くの国民が納得するルールを整えたほうがいい。

俺が思うに、総理大臣は確かに一国を代表する顔だけど、それは在職中の顔であって、日本の場合は王国でも独裁国家でもないんだから、職を辞した総理が亡くなった際は、「いち政治家」という扱いで所属政党や後援会やご家族が葬儀を担う方がいいと思う。

その時に国は国庫から規定のお香典を出す。それで充分だよ。生前に退職金も議員年金も出てるんだし。お香典でいいよ。そうなれば1億もの出費はゼロが2つ3つ減るよ。

日本が国として葬儀を執り行うのは、今の時代は皇室だけでいいと思う。それが国民感情にいちばん沿っていると思うよ。

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