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不倫されても離婚しない「瀬戸大也、渡部建、宮崎謙介」妻たちの言い分

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不倫報道を機にテレビの売れっ子に

ところで近頃、金子恵美という元衆院議員をテレビで見ることが多くなった。現役時代、美形の代議士として有名だったが、彼女の名前を日本全国津々浦々まで知らしめたのは、夫の宮崎謙介元衆院議員であった。

2016年、宮崎議員(当時)は、妻の金子恵美が第一子出産間近というとき、男性国会議員として初の育児休暇取得を宣言して注目された。

その“イクメン”議員が、妻が出産で入院しているのに、選挙区である京都へ行って、自宅マンションに女性タレントを引っ張り込み、不倫していたことを週刊文春に報じられてしまったのである。

診療室の空の病床※写真はイメージです - 写真=iStock.com/LightFieldStudios

国会に報道陣が大挙して押し寄せたが、逃げ続けた宮崎議員は、ようやく記者会見に応じ、「欲が勝ってしまった」と不倫を認め議員辞職を表明した。

宮崎はバツイチであった。2006年に加藤紘一元官房長官の娘・加藤鮎子衆院議員と結婚している。だが、わずか3年後に離婚したのは、やはり宮崎の女性関係が原因だったと報じられた。

妻の出産中に不貞を働く夫を、妻の金子恵美は許すはずはない。彼女は宮崎を捨てるだろうと周囲の人間は見ていたが、恵美は「離婚はしない」といい続けた。

その後、恵美も落選し、捲土重来を期さずに、テレビに出始めたのである。特に恵美のほうは、ワイドショーのコメンテーターとして売れっ子になり、自らの不倫騒動にも嫌がることなく答えるタレントとして活躍している。

「女性関係か。そっち方面の話か」

その彼女が、このほど『許すチカラ』(集英社)を上梓した。その中で、夫から不倫を打ち明けられたときのこと、なぜ自分が夫を許し、離婚しなかったのかについて、かなり赤裸々に書いている。

宮崎から、週刊文春に自分の不倫のことが出ると聞かされたのは、彼女が子どもを生んだその夜だった。

夜遅く病院へやってきた宮崎は、「顔が青白く、生気がまったくない」。彼女が心配して質問しても要領を得ない。そんなやり取りが2時間ぐらい続いた後、宮崎の口から、「じつは週刊誌に載ります」といわれたというのである。

その日の少し前から、週刊文春に不倫の件で尋ねられていたのだが、その日も文春から連絡があり、宮崎は東京へ戻って件の女性に電話をかけたそうだ。すべてを報道されると知った宮崎は、「終わった」と思い、病院へ入る前に「トラックに飛び込んで自殺しようとしたそうです」(『許すチカラ』)

夫が死のうとまで思い詰めているのに、妻のほうは、「そのときの私の率直な感想は、『ふうん、そうなんだ』というものでした」(同)と至極冷静である。

「そのとき私がもっとも恐れたのは、金銭問題や薬物問題といった刑法に抵触することでした。(中略)意外に思われるかもしれませんが、正直、私の場合は、『女性関係か。そっち方面の話か』という一種の安堵に近い感情でした」(同)

憲政史上初の「不倫で辞職」した国会議員になった

彼女は「隠さずに、あったことをすべて話して」といい、数時間にわたって一部始終を聞いたという。疲れ切った彼女が思ったのは、夫が私を裏切ったという怒りではなく、「議員としてなんてことをしてしまったのだ」という思いだったという。

このへんは議員夫婦という特殊な立場もあり、自分の進退にも関わってくるかもしれないと考えたのだろう。

精神的に不安定になっている夫をおいて、彼の秘書と報道後の打ち合わせをする。だが、辞職を決断したのは宮崎本人だったそうだ。記者会見に臨む前夜、入念にリハーサルをした。会見に向かう夫に、「洗いざらい嘘偽りなく話しなさい。質問にはすべて回答しなさい」といって送り出したという。

その後宮崎は、辞職を承認される衆議院本会議にも出席した。憲政史上初の「不倫で辞職」した国会議員として後世に名を残したのである。

しかし、「宮崎は精神的にはいつも不安定で、目の離せない状況が続きました。(中略)ともすると議員宿舎から飛び降りるのではないかと心配になる様子のときもあったので、誰かが彼を見ていなければならない状況でした」(同)

それでも少しすると企業の経営コンサルタントの仕事を再開し、テレビにも2人で出るようになる。不倫で辞任した元議員と、それを支え続ける美人妻というのは、テレビにとって願ってもない利用価値のある存在であるはずだ。

なぜ彼女は不倫夫と離婚しないのか

彼女は、夫はヴィンテージものの家具だと考えたらいいという。長く使えば使うほど味が出る、傷も含めて味だというのである。

「金銭面とか、女性関係とか、それぞれ家庭内には問題があると思いますが、傷を楽しむぐらいの余裕があるといい」

いまだからいえることなのかもしれない。それが証拠に、

「宮崎の騒動を経験したあとだからというのもありますが、まず生きていくうえで大切なのは、やはり困難を乗り越える強さではないでしょうか」と、同じ境遇にいる女性が聞いたら、「あんたにいわれたくない」と怒られそうなことを書いている。

この本を読んでいて、なるほどと思ったのは、夫に毎日、日記を書かせ、それを彼女が読むというところだ。

机の上にノートとコーヒー※写真はイメージです - 写真=iStock.com/xijian

「心から書いている日記であり反省文だと思いました。彼の記したひと言ひと言が、私の心にとても刺さったのです」(同)

そして彼女は、別れない理由をこう書いている。

「宮崎は浮気をしたけれど、反省し、生き方を変えると言ってくれました。彼は結婚しようと私が選んだ相手であり、そもそも人は誰しも完璧ではないのだから、私自身は彼を信じ、許し、守って、一緒に歩んでいこうと決めたのです」

昔流行した言葉に「反省は猿でもする」というのがあったな。

長い人生には多少の波風は立つものだ

金子恵美は、毎週のように他人の不倫を暴く週刊誌への批判や、それを無批判に受け入れて、その人間を指弾する社会の風潮への疑問も投げかけている。

いわんとするところはわかるが、週刊誌屋稼業だった私にいわせれば、面白いネタがあればどこへでもすっ飛んでいくのが週刊誌である。社会の不正を正そうなどという高邁(こうまい)な考えなど毛頭ない。理屈は後から貨車でついてくるのである。

彼女は今「不倫」についてもフランクに話せる元議員としてテレビに出ている。夫に不倫されて売れっ子になったのは、彼女が初めてではないか。

議員時代より収入が増え、別荘を購入したとも報じられている。あの時別れなくてよかったと、毎夜2人で乾杯しているかもしれない。

このように、幸福な家庭はどれも似たものだが、夫が不倫した家庭はそれぞれ違うのである。

私は個人的には、家庭は少し不幸なぐらいがいいと思っている。どんなに平凡に暮らしていても長い人生には多少の波風は立つものだ。

それが人生に彩を添える。決定的な破局に至らなければ、それを経験するのも一興。ここで見てきた、心優しくたくましい妻たちは、それをよく知っているのであろう。(文中敬称略)

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元木 昌彦(もとき・まさひこ)
ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任する。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『a href="https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4198630283/presidentjp-22" target="_blank">編集者の教室』(徳間書店)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)、近著に『野垂れ死に ある講談社・雑誌編集者の回想』(現代書館)などがある。
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(ジャーナリスト 元木 昌彦)

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