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オンラインゲームは社会性が、人間力がなければ難しい

オンラインゲームのチームが、お互いをブロックしあう最悪の結末を迎えて崩壊した話。 | Books&Apps

リンク先は、books&appsに投稿された「オンラインゲームのチームが最悪のかたちで崩壊した話」だ。この投稿記事は滅茶苦茶にバズっていて、私と不倒城のしんざきさんの二つのtwitterアカウントからも70000クリックが流れ込んでいた。

こんなことは初めてなので、よっぽどゲームプレイヤーに響くところがあったのだろう。

この記事については、twitter上で実にたくさんのプレイヤーが色々なことを言っていたが、たくさんのプレイヤーが色々なことを言っているということ自体、この問題の面倒くささと普遍性をよく現していると思う。

「ガチ勢とエンジョイ勢」問題はどこにでもある

くだんの記事はファイナルファンタジー14の出来事だとされているが、古来、オンラインゲームではプレイヤーのプレイスキルの差や装備の差、ゲームスタンスの差などが無数の揉め事を生み出してきた。

何か難しいミッションに挑もうとした時、プレイスキルの差や装備の差は問題になりやすい。それらに秀でたプレイヤーは、それらに劣ったプレイヤーに不満を抱くし、それらに劣ったプレイヤーは後ろめたさや申し訳なさを感じることもある。

もちろんプレイスキルを上達しろ、装備を買いそろえろというのは簡単だが、プレイスキルや装備に秀でたプレイヤーにそうでないプレイヤーが追い付くためには重課金をするか廃人プレイをしなければならない場合がしばしばある。

かなり難しい操作を身に付けるしかない・PCを買い替えたり回線を新調するしかないといった問題が発生することだってある。

それなら、いわゆるガチ勢はガチ勢が集まったパーティーやギルドに所属し、いわゆるエンジョイ勢はエンジョイ勢が集まったパーティーやギルドに所属すればいいのか?

ある程度はそうだが、ある程度まででしかない。

ガチ勢といってもその程度には差がある。プレイヤー平均からみればガチ勢にみえても、トップクラスのプレイヤー集団のなかでは全然ぬるい、ということは起こり得る。

エンジョイ勢が集まったパーティーでさえ、いくらかチャレンジの気持ちを持っているプレイヤーだっているし、経験値やアイテムの分配について欲目が出てくる場面だってある。

ある程度まで近い意識を持ったプレイヤーが集まったはずのパーティーやギルドでも、プレイヤーのスキルや装備、ゲームに対するスタンスの違いがなくなるわけではない。むしろ、そういったものが近い集団のほうが、かえって小さな違いが際立つということだってある。

だからオンラインゲームプレイヤーの集まりは、集まるのは簡単でも長続きするのは簡単ではなく、集団が分裂したり崩壊したりすることはオンラインゲームあるあるだ。

プレイスタンスの違いや将来への展望の小さな違いが、一か月、 六か月、一年と経つうちにだんだんくっきりとしてきて、気づいた頃には修復不能になっていたりする。

でもこれって、オンラインゲームだけじゃないですよね。

こうした「ガチ勢 vs エンジョイ勢」のようなものは大学サークルのような場や、読書会のような場でもしばしば起こるものだった。スキルの違い、熱意の違い、可処分時間や可処分所得の違い、などなどによって参加者のやりたいことは変わるし、身の丈に合った目標も変わる。

楽器が好き・読書が好き・テニスが好きといった共通点はあっても、その集まりで実現したいことは参加者によってまちまちなので、どうしても抜けざるを得ない人は出てくるし、ときには集まり自体が崩壊することもある。

ある程度の歴史やロイヤリティを持った集団なら、新規参加者を募集するときに適正の有無を見極めながら勧誘できるし、集団の目標やメンバーの責務を明快に示すことだってできる。ある程度の脱退者が出ることを織り込んだうえで運営することだってできよう。

だがそのような集団でさえ、参加者それぞれには温度差があって、それらをひとまとめするのは一大事業だ。そしてどうあれ、脱退せざるを得ない者の胸に不全感や不満が残ることにもなる──。

オンラインゲームをはじめ、趣味の集団は(少なくとも軍隊や会社に比べれば)自発性が強く強制力が弱い。だからこそ好きな者同士が気軽に集まれるわけだが、皆が同程度のプレイスキルや装備を整え、同じくらい参加し、同じ思惑を持ち続けることは簡単ではない。

だから冒頭リンク先の記事を読んで他人事ではないと感じたプレイヤー、胸がざわざわしたプレイヤーは非常に多かっただろうし、オンラインゲームをやったことがない人のなかにも親近感をおぼえた人がいたに違いない。

遊びではあっても人間力が試される

オンラインゲームは、本来、趣味として、楽しみとしてプレイするもののはずだ。なかには現実から逃れたい気持ちでオンラインゲームを遊ぶ人だっているだろう。

でも結局、オンラインゲームにも人間関係という現実が追いかけてきて、そこでは社会性が峻厳に問われるし、だからこそオンラインゲームはしばしば仕事にたとえられる。仕事のノウハウや世間での社会性がオンラインゲームのありように如実に出る、というか。

仕事やリアルの趣味で問われ、オンラインゲームでなら問われずに済むのは、せいぜい、服装や身なりといったオフラインで目につく問題ぐらいのものだ。そうでないもの──考え方、言葉の選び方、振舞い方、そのすべて──がいつもついてまわる。

5年ほど前、あるオンラインゲームでご一緒したグループで社会性に優れた人々を見かけたことがあった。

目標意識のはっきりしたグループで、柔らかい言葉遣いながら意思表示のはっきりした、過不足のない表現で話すリーダー・ひとつひとつの作戦にスプレッドシートを用意し、必要な人員、必要な火力と消耗品、報酬、などをアナウンスする(そしてリーダーともよく意思疎通をしている)参謀兼報道官、競合グループについてよく知っているメンバーなどを擁していた。

私のような臨時要員への対応もしっかりしていて、そのさまは、まるで会社のよう、仕事のようだった。

オンラインゲームをやっていると、ときどき冗談半分か本気半分か「遊びでやってるんじゃない」という言葉を聞く。

だが実際、仕事のようなゲームプレイやベテラン会社員のようなプレイヤーを見ていると、本当に遊びではないような感覚をおぼえる。「遊びでやってるんじゃない」が誇張だとしても、オンラインゲームで求められる資質と仕事で求められる資質に一定の重複があるのは事実だろう。

そしてプレイヤーの社会性や計画性、コミュニケーションの機敏によってプレイの幅やクオリティが左右されるのはやむを得ない。オンラインゲームでいつも不遇だという人は、周りの人の人間の問題を問う前に、自分自身の社会性や計画性やコミュニケーションの機敏を問題にしなければならないかもしれない。

ところがオンラインゲームという場は、あたかも誰でも卓越した冒険者になれるかのような雰囲気でプレイヤーを迎え入れる。本当は、ギスギスやグダグダを避けるために高度な社会性や計画性やコミュニケーションの機敏が──いってしまえば人間力が──必要になる遊びだというのに……。

まあそこが好きでオンラインゲームがやめられないという人もいれば、そこにうんざりしてオンラインゲームを敬遠する人もいるのだろう。「蓼食う虫も好き好き」という言葉もあるわけで、パーティーやギルドが崩壊するのも楽しみのうち、というプレイヤーだっているだろう。

人生と同じかそれ以上に、「楽しんだもん勝ち」なのは間違いない。

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