記事

コロナ禍という「見えない災害」を生き残れる工場にある3要素

2/2

競争力と頑強性を同時に持て、というわけではない

【藤本】すなわち、競争優位を持つ国で集中生産し相互に輸出する「比較優位立地」と、輸送費の高い製品や部品は各国で分散生産する「現地生産立地」、この2つの立地原理を併用し、グローバルかつローカルなサプライチェーンを築くことは、これまでも、アフターコロナの今後も、基本的な経営戦略です。

そして、グローバル競争下でこうしたサプライチェーンの国際競争力を維持したうえで、大震災のような広域大災害や、今回のようなパンデミックが相次ぐ時代には、サプライチェーンの頑強性も必要になります。それがラインの復旧能力や代替生産能力です。つまりサプライチェーンの競争力と頑強性の双方を持つというバランスが重要なのです。

と言っても、競争力と頑強性を同時に持て、というわけではありません。平時には競争力ファースト、緊急時には災害対応ファーストというようにモードを柔軟に切り替え、その間のスイッチを迅速に行う、ダイナミックなバランス、あるいはサプライチェーンの柔軟性が必要です。

「災害対策ファースト」なら大災害の前に衰退してしまう

【藤本】たとえば、災害時にグローバルなサプライチェーンが一時的に止まってしまったことに狼狽し、サプライチェーンをすべて恒久的に国内に戻してしまえば、それは貿易の否定に近く、比較優位論の貿易原則から言えば、中長期的な競争力を失ってしまう恐れがあります。

いずれにせよ、今や「天災は忘れた頃にやって来る」のではなく、「天災は忘れないうちにやって来る」時代です。前述の緊急財は別として、コロナ禍で一般財まで、その会社や製品にとって「競争力ファースト」観点からみて最適のサプライチェーンをあえて無視して、「災害対策ファースト」の供給体制に無理に変えてしまえば、そのサプライチェーンは国際競争力を失い、下手をすれば次の大災害が来る前にグローバル競争に負けて衰退してしまうかもしれません。

東京大学大学院の藤本隆宏教授。
東京大学大学院の藤本隆宏教授。 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

——コロナ禍でも日本の工場が動き続けている事実は、今生き残っている日本の工場の頑強性を示しているのでしょうか。もしそうならば日本のものづくり現場は、なぜ頑強なのでしょうか。

【藤本】後者の質問からお答えすると、日本が災害大国であることと平成からの30年間、苛烈なグローバル競争にさらされてきたからでしょう。

相次ぐ大地震や台風などの災害で多くの国内工場の生産ラインが壊されました。地震や水害で製造設備に損害を与える「見える災害」にこれまでも日本は何度も遭遇し、克服してきました。被災時にはラインを早期復旧し、もしもそれが難しければ一時的にでも別のラインで迅速に代替生産してきました。こうした経験値の高さが日本のものづくり現場にはあります。

中国の賃金が20分の1なら、工場の生産性も20倍に高める

【藤本】他方で、日本の貿易財の国内現場は、冷戦終結後の約30年間、厳しいグローバル・コスト競争にも耐えてきました。その間、日本の隣には、当初は日本の賃金の20分の1であった低賃金人口大国、中国が存在していました。20倍の賃金ハンデは、数倍程度の生産性有意では克服できないので、多くの日本の製造企業が、低コストを求めて中国に生産拠点を移しました。が、多くの場合、国内の工場も残していました。

国内の工場は、顧客が満足する製品を作った上で、企業の一部としてコストを低減して利益貢献が必要ですが、同時に、地域の一部として、存続と雇用の安定にも貢献したいと考えます。働いている人の大半が地元の人だから当然です。つまり、日本企業の多くは伝統的に、買手(顧客)良し、売り手(企業)良し、世間(地域)良しの「三方良し」企業です。

そこで、国内に残った優良工場の多くは、会社の大小にかかわらず、グローバル競争で生き残るために生産性向上によるコストダウン努力をあきらめずに続けました。ラインの生産革新によって物的生産性を5年で5倍、2年で3倍といったペースで高め、コスト競争力を高めてきたのです。

自動車生産ラインのロボット
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/xieyuliang

物的生産性で中国の3倍ぐらいを確保すればコストで負けない

その一方で、中国の賃金が、2005年ごろから急騰しはじめ、5年で2倍のペースで上がりましたから、日中の賃金差は、20倍から、10倍、5倍、そして今は3倍ぐらいにまで縮小しました。そうなれば、物的生産性で中国の3倍ぐらいを確保すればコストで負けなくなるわけです。

こうして、日本の優良なものづくり現場は、生産性だけでなく製品当たりの生産コストでも中国にあまり負けない状況となりました。むろんコスト競争が厳しい状況は続いていますが、この間も、生き残った国内の優良ものづくり現場は、トヨタ生産方式などの流れ改善の組織能力や技術力を高め、新しい事業も導入したりしてきました。

こうして培われた現場の組織能力は、今回のコロナ禍でも生かされた可能性があります。コロナ禍のような災害は、震災や火災といった「見える災害」とは異なり、工場の中の製造設備は壊れないが、工場の外がウイルスで被災している「見えない災害」です。

この場合、工場を外の災害からいかにして守るか、つまり外の災害を中に入れない「防御能力」が大切ですが、この半年の国内工場の動きを見る限り、長年、大災害と大競争という逆境の中で培われた現場の高い組織能力は、こうした「見えない災害」でも生かされたようです。(続く)

----------
藤本 隆宏(ふじもと・たかひろ)
東京大学大学院経済学研究科教授
1955年生まれ。東京大学経済学部卒業。三菱総合研究所を経て、ハーバード大学ビジネススクール博士課程修了(D.B.A)。現在、東京大学大学院経済学研究科教授、東京大学ものづくり経営研究センター長。専攻は、技術管理論・生産管理論。著書に『現場から見上げる企業戦略論』(角川新書)などがある。
----------

----------
安井 孝之(やすい・たかゆき)
Gemba Lab代表、経済ジャーナリスト
1957年生まれ。早稲田大学理工学部卒業、東京工業大学大学院修了。日経ビジネス記者を経て88年朝日新聞社に入社。東京経済部次長を経て、2005年編集委員。17年Gemba Lab株式会社を設立。東洋大学非常勤講師。著書に『これからの優良企業』(PHP研究所)などがある。
----------

(東京大学大学院経済学研究科教授 藤本 隆宏、Gemba Lab代表、経済ジャーナリスト 安井 孝之 聞き手・構成=安井孝之)

あわせて読みたい

「企業経営」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    毎日が40億円超減資で中小企業に

    岸慶太

  2. 2

    森氏発言に見えた「五輪難しい」

    文春オンライン

  3. 3

    感染拡大するスウェーデンの日常

    田近昌也

  4. 4

    鼻マスク失格 秩序守った監督官

    木走正水(きばしりまさみず)

  5. 5

    プペルも? 泣くための映画に疑問

    かさこ

  6. 6

    菅首相 イエスマンだらけの失策

    毒蝮三太夫

  7. 7

    嬢告白 おっぱいクラスターの今

    文春オンライン

  8. 8

    中国で停電続く 対豪報復がアダ

    NEWSポストセブン

  9. 9

    医療整備に腹くくれない首長たち

    中村ゆきつぐ

  10. 10

    米を襲う変異株 ロスは壊滅的に

    飯田香織

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。