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山田昌弘『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?』

 タイトルに惹かれて読んだ。


日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?~結婚・出産が回避される本当の原因~ (光文社新書)

  • 作者:山田 昌弘
  • 発売日: 2020/05/29
  • メディア: Kindle版

 山田がいうには、

  • 日本はスウェーデン、フランス、オランダの対策をモデルにしてしまった。
  • これらの国の固有の価値観を少子化対策の前提にしてしまった(子は成人したら独立する、仕事は女性の自己実現など)。また日本固有の価値観をスルーしてしまった(リスク回避、世間体重視など)。

ということである。

因果が逆では

 全く当たっていないわけではないけども、基本的に因果が逆ではないのか、というのが本書を読み終えた率直なぼくの感想である。意識や志向の問題ではなく、長い自民・公明政権下での政策の遅れ(というか逆方向)がそのような意識や志向を作り出してしまったのである。それなのに、山田は意識や志向から欧州との差やこれからの対策を論じようとする。

 例えば「仕事は女性の自己実現」という意識が日本の女性には乏しい、だから仕事を続けたい女性が出産をためらっていることにフォーカスを当てる政策(保育充実、夫の育児参加)はおかしい、という問題は、山田自身が書いているように、

日本社会では、正社員であれば、会社への献身的忠誠——長時間労働、家族を顧みない働き方——が求められる。それができなければキャリアコースから外れる。…男性並みの仕事能力のある女性は、キャリアコースから外れると、仕事を継続する気をなくすのである。(p.81)

ということの裏返しである。キャリアコースから外れた女性たちが、一般職や非正規の職を「生きがい」としないのは理由のあることだろう。

 山田はあたかも日本女性の「志向」のように描いているが、明らかに政治・政策の問題だ。長時間労働を駆逐する規制を強烈に行うことで、意識は逆転する。

 また、モデルにした欧州諸国は恋愛優先、日本は経済生活優先と山田はいう。とにかく恋愛して子どもを作ってしまう欧州と、「好きであれば相手が貧乏でもかまわない」とは思わない日本との差を強調する。

 これも、日本女性に内在的に備わった「志向」の問題ではなく、経済生活への先行きの不安からくる意識であって、それを解決することが意識を変える前提となる。教育費・住宅費・老後資金などを社会保障で用意するのか、自分で大金を稼いでゲットしろというのかで、雲泥の差がある。山田自身が次のように記している。

北欧やオランダ、フランスなど、社会保障制度が整っている国々では、若者に関する社会保障が充実している。失業保障、住宅保証などがあり、子育て支援も充実している。(p.160)

 山田は、「学び・楽しみとしての子育て、ブランドとしての子ども」(p.107)という主張をする。だから子どもに巨額の投資をするのだ、と。

 いや、それって、山田周辺の事情じゃないの?

 もちろんそういう浮ついた競争めいた意識がないとは言わないけど、むしろ高学歴を得て教育費・住宅費・老後資金を獲得する能力を得なければ、選択肢の少ない悲惨な人生を送ってしまうと思うから必死でやっているわけで、その過程で「学び・楽しみとしての子育て、ブランドとしての子ども」という問題も派生しているに過ぎない。

 ここでも山田は欧州の事情について

親は、原則、大学など高等教育費を負担しない。ヨーロッパ大陸諸国では大学の授業料は(自国民には)極めて安価である。(p.108)

と書いている。

 また、「リスク回避」傾向が日本人にあるというが、これも先行きがどうなるかわからないのに、チャレンジなどできないのは当たり前である。生活の基本的なところが社会保障で支えられて初めてチャレンジできるというものではないか。

日本の「中流」とは本当の意味での「最低生計費」のことではないのか

 山田が指摘する欧州と日本の違いで次の点を挙げる。

  • 欧州では子どもが成人して最低限の生活を遅れれば関心はない。
  • 日本では中流以下の生活に転落したくない(中流転落不安)という世間体意識から必死でそれを維持しようとする。

 これは、日本の「中流」という水準をどう見るのか、という問題だと思う。

 ヨーロッパでは「最低生計費」、つまり「健康で文化的な最低限度の生活」を送れればいい、というのは、教育・住宅などが社会保障として整っている前提があれば、かなり低くてもやっていける。

 そして、購買力平価で見ると「最低生計費」でいろんなものが買える。(いまや菅政権のブレーンとなったアトキンソンの記事で恐縮だが以下を参考にしてほしい。)

toyokeizai.net

 他方、日本の「中流」とは何か。

 日本の最低賃金=生活保護=最低生計費=「健康で文化的な最低限度の生活」のラインがあまりにも低過ぎて、そんなレベルの暮らしにはなりたくないと誰もが思ってしまう。山田が指摘する「世間体」とは、そのようなライン前後、つまり貧困にはなりたくないと思っている意識のことではなかろうか。

 これは欧州よりぜいたくな意識なのではなく、ある意味で当然の考えだと言える。

 したがって日本の「中流」とは実は本当の意味での「健康で文化的な最低限度の生活」、欧州レベルの(社会保障を前提とした)「健康で文化的な最低限度の生活」なのではないか

シングルマザーモデルを

 だとすれば、やはり少子化対策の処方箋は、

  • 強力な労働時間の削減・規制で、男でも女でも誰でもが続けられる職場にする。
  • 住宅・教育・子育てなどを社会保障に移転し、最低賃金・生活保護を抜本的に引き上げ、無職・非正規の子弟でも大学に不利なしに行けるようにする。

ということに尽きる。

 具体的には、いかにも「正社員の夫婦(もしくは高給取りの男性正社員と専業主婦)と子ども2人」とかを想定した「住宅ローン減税」「自動車減税」とかじゃなくてシングルマザーが何のストレスもなく子ども2人を大学にやれるようなモデルを作ってみるといいと思う。

 そんな政権を待望する。

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