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「嫌煙権訴訟」の闘いが教えてくれたもの

 嫌煙権訴訟は、この人を抜きには語れないと思ってしまう弁護士がいます。伊佐山芳郎弁護士です。最初にお目にかかったのは、かれこれ30年近く前になりますが、とにかくお目にかかる度に、その熱意に打ちのめされる思いになりました。たまたま私の弟が同弁護士と同じ喘息患者であり、その苦しみはそれなりに理解しているつもりでもいました。しかし、同弁護士よりも重度の患者である弟の苦しみを間近でみてきた人間でさえも、「たばこ社会」を当たり前のように受け入れてしまっていたのです。

 伊佐山弁護士が目指した訴訟は、意識を変える、社会を変える市民運動でした。政策形成型訴訟という言葉があります。1980年の提訴から7年後に出された判決は棄却でありながら、その間、新幹線をはじめ全国の特急列車に禁煙車両が次々に増設され、判決時には全国中・長距離の各列車の30%に禁煙車両が設置されました。実質的な勝利を勝ち取ったといっていいものです。

 さらにその間、この運動をマスコミが取り上げ、受動喫煙の弊害に対する国民の認識は広がり、その先に分煙化が当たり前になっている今の日本社会もありました。ただ、一方で、この訴訟は、たばこの害を被る市民を被害者として、直接喫煙の有害性を論じ、毒物としてのたばこの存在を告発する闘いでした。それはいうまでもなく、たばこ会社の存立を否定することにつながりますが、それだけではありません。

 たばこ事業法という法律の第1条にこういう規定があります。
  「この法律は、たばこ専売制度の廃止に伴い、製造たばこに係る租税が財政収入において占める地位等にかんがみ、製造たばこの原料用としての国内産の葉たばこの生産及び買入れ並びに製造たばこの製造及び販売の事業等に関し所要の調整を行うことにより、我が国たばこ産業の健全な発展を図り、もつて財政収入の安定的確保及び国民経済の健全な発展に資することを目的とする」
 つまり、この訴訟が向き合うことにならざるを得なかったのは、たばこ拡販政策という「国策」だったのです。日本民主法律家協会発行の「法と民主主義」10月号には、改めて伊佐山弁護士の熱い思いが伝わってくる同弁護士の論稿が掲載されていますが、そのなかで明らかにされているのは、市民の闘いの矢が「国策」というものに及んだ時、司法がいかにそこに壁として立ちはだかるのかという、その現実です(「たばこ訴訟と裁判官の責任を考える」)。

 医学、薬理学の専門知識や国際的所見をふまえないニコチン依存症に関する理解、疫学を因果関係の根拠にすることへの無理解(判例の無視)。喫煙と肺がんの因果関係を「解明されていない」などというのは世界中の公的機関で日本の司法だけとまでいわれる現実。「結論ありき」に結び付く裁判長更迭と公正さを疑う配転を作り出している「見えざる手」――。伊佐山弁護士が前記論稿で指摘するのは、なりふり構わないという言葉がふさわしい「壁」あるいは「盾」としての司法の現実です。それは、やはり「国策」というテーマの前に原発事故を防せげなかった原発訴訟の現実とも、かぶって見えます(「『原発と司法』という視点」)。


  「司法が国策としてのたばこ拡販政策を容認しようとしても、国民の目はごまかせないことを知るべきである」(伊佐山弁護士・前出論稿)

 この訴訟の闘いを通して、私たちは当たり前のように受け入れていた「たばこ社会」の問題に気付かされ、そしてそれを支えていた「国策」と司法の現実に気付かされることになったというべきです。それと同時に、こうした闘いに挑んでくれる弁護士の存在が私たちの社会に必要であることもまた、この闘いが教えてくれているように思えるのです。

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