10月16日、GM系の自動運転スタートアップCruiseはアシストドライバーなしで自動運転車を走らせる許可をカリフォルニア州運輸局から得たことを公表した。これにより完全無人の自動運転タクシーである「ロボタクシー」の実用化に向けて同社は大きな一歩を踏み出したことになる。

しかしロボタクシーについては既にグーグル系Waymoが昨年10月に許可を得ており、アリゾナ州フェニックスにおいてWaymo Oneという実サービスを導入している。それではCruiseの何が画期的なのか?
まずは下記のリンクにあるYouTube動画を見ていただきたい。
この動画はCruiseが実験走行を続けている完全自動運転車から撮影されたカメラ映像を編集し、2019年1月25日に公開したものだ。2.5倍速で再生されているのでその点は差し引いてみる必要があるが、極めて複雑な交通事情を抱えるサンフランシスコ市内を走っていく様子には冷や冷やさせられる。自分がドライバーであれば途中のどこかで確実に事故を起こしているだろう。
サンフランシスコに行かれたことがある方ならお分かりだと思うが、アップ・ダウンの坂道が多く、ケーブルカー、路面電車、トロリーバスなど複数の公共交通と道路空間を共有するサンフランシスコ市内は運転に慣れていないドライバーにとって試練のような場所である。最近では自転車道の整備が進み、自転車や電動キックボードなども走行することから、複雑に入り組んだ混合交通のメッカのようになりつつある。
これだけの複雑な交通事情を持つサンフランシスコ市内において完全無人での自動走行の許可を得たからこそCruiseは画期的なのだ。同社のCEOはプレスリリースにおいて「サンフランシスコ市内のような複雑な交通環境で自動走行を実現することは比較的シンプルな郊外などと比較して30~40倍も難易度が高い」と述べている。
では、なぜ日本勢がCruiseのような会社に勝つことができないのか?
米国勢に勝てない2つの理由
今回の発表にあたりCruiseのCTOが自ら解説する動画が公開されたが、それによると彼が自動運転の開発に取り組み始めたのは7年前と言っている。同社の設立が2013年10月だから設立当初から取り組んできたということだろう。
7年間というと長いようでもあり短いようでもある。日本の大手自動車メーカーや大手サプライヤーはそれ以上前から自動運転技術に取り組んでいるはずだし、大学や研究機関にも7年以上研究開発してきたところがあるはずだ。
ではなぜここまでの差がついてしまったのか。私は2つの理由があると考えている。
1つはロボタクシーを本気で実用化しようとする勢力が日本国内から現れにくい事情だ。日本の自動車業界は自動運転技術をクルマの安全性向上のためのソリューションと位置付けている。自動車メーカーのCMを見ればわかることだが、自動車メーカーの考える自動運転は基本的に“ドライバーのアシスト”を主軸に置いており、完全無人の自動運転を目指しているわけではない。
一方、タクシーやハイヤーなどの業界はドライバーや配車センターなどを抱えているため、彼らの雇用が失われかねないロボタクシーにはコミットしにくい。となると異業種かベンチャーでなければロボタクシーに本気になれないことになるが、研究開発系の大学発ベンチャーは複数存在するもの、破壊的イノベーション(Disruption)を支えるエコシステムが備わっていないことから、実サービス化まで持って行ける企業がなかなか排出されないのだ。
もう1つは公道走行試験を行うことが極めて難しいことだ。数年前にシリコンバレーを訪問した際はグーグルの自動運転車が普通に街中を走っていたことに驚いたが、国内では自動車メーカーの本社所在地であっても自動運転車が普通に走っている光景を見ることはない。日本では道路交通は警察庁、車両規制は国土交通省(地域では運輸局)、道路管理は道路の種類によって国、都道府県、市町村と管理責任者がバラバラに分かれている。そのため地域限定で包括的な公道走行許可を得ることが容易ではないのだ。第二次安倍政権において様々な規制緩和が行われたことは事実だが、自動運転車が普段から走り回っているシリコンバレーのような状況とは程遠い。
絶対に事故を起こしてはならないという社会的風潮があるから規制当局としても簡単に公道走行許可を出せないのかもしれないが、完璧でないと許してもらえない状況では技術者は委縮してしまい思いっきり挑戦ができない。日本人の律義さは素晴らしいが、自動運転のような分野ではその律義さがあだになっているのかもしれない。
アメリカのカリフォルニア州などでは自動運転車の公道走行許可を与える代わりに、危険を回避するためにアシストドライバーが介入した際にはその状況も含めて運輸局に報告することが義務付けられている。自動運転車のルール整備に活かしていくためだ。技術開発→公道走行試験→実用化に向けたルール整備といったサイクルがしっかりと構築されているからこそ、カリフォルニア州では次々とモビリティ分野のイノベーションが起きているのだ。

WaymoもCruiseもさらに先を行く
Cruiseの完全無人での公道走行許可から遡ること8日の10月8日、グーグル系Waymoはアリゾナ州フェニックスで提供しているロボタクシーサービスWaymo Oneを一般客に開放すると公表した。既に完全無人運転、有料、実サービスまでは実現していたが、限定していたサービス利用者を一般に開放するフェーズに入ったということだ。したがって、この先は①どこまでエリアを広げられるか、②コストをライドシェアレベルまで下げられるかの挑戦に入っていく。
一方、Cruiseは今年1月にロボタクシー専用の車両としてCruise Originを発表している(写真参照)。ドライバー席がなく、乗客が向かい合わせで座る形式になっているロボタクシー専用電気自動車だ。しかも単なるプロトタイプではなく、本格量産を想定している。10月16日に公開されたCTOの動画の中では、安全なロボタクシーを実現するためにはAIなどのソフトウェアだけでなく、ハードウェアの開発も欠かせないと述べている。GM傘下であることからハード・ソフト両面で高い開発力があることが同社の強みになっているのだろう。

では、日本の状況はどうか。
菅政権が誕生し、河野太郎大臣を中心に規制改革を断行していくという。既に自動運転を全国レベルで認めていくことも視野に入っているとの報道もある。しかし、ロボタクシーの実現に向けた環境はアメリカや中国の方が圧倒的に進んでいる。中国では雄安新区という特区がイノベーション拠点になっているし、アメリカではカリフォルニア州やアリゾナ州などが他州よりも先行して環境整備を行うことでイノベーションの果実を取り込んでいる。
特定エリアだけなく全国でやれるようにすべきという河野大臣の主張は一般論としては賛同するが、ロボタクシーのような分野においては全国統一の制度整備を進めるよりも、一国二制度に近い形で特定地域において成功事例を作り上げることも考えてほしい。
日本勢が勝つために残された時間は少なくなっている。完璧を求めるよりも早く進めることが大切だ。新政権のイニシアティブに大いに期待したい。