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アメリカ大統領選挙とイランで続く不審な爆発――黒幕はイスラエルか? - 高橋和夫 / 中東研究

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6月末、イランで不審な爆発と火災の連鎖が起こった。7月に入っても、この連鎖は続いている。『ニューヨーク・タイムズ』紙が、ある中東の国の諜報機関の情報として伝えたところによると、爆発した建物では新型の遠心分離機が組み立てられていた。その四分の三が破壊されたという(注1)。この件に関しては、『祖国のチーター』を名乗る組織が、ペルシア語でイランなどに向けて放送されているイギリスBBCに、犯行声明を送り付けた。しかもイラン政府が爆発を認める前に、である。

この組織は体制の中枢に存在する秘密組織だと主張している(2)。だが、その主張は懐疑の念をもって受け止められている。イランの体制内の組織であれば、自ら名乗り出るはずもない。「祖国のチーター」などの名称も、ピンク・パンサーほどの信ぴょう性を感じさせない。これまでは存在を知られていなかった組織である。さらにネット上で、この組織のロゴ・マークのようなものが確認できるが、専門家によれば、描かれている動物はチーターではなく豹であるという(3)。残念ながら筆者には豹とチーターの表情を区別する能力はない。

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イランのメディアによれば、7月末に、エルシャード・カリーミーという名の人物が、爆破の実行犯として名指しされている。この人物を含む複数が、爆発物を内部に仕掛けたと報道されている。長らくウラン濃縮に関与していた人物とされている。その動機や外国の諜報機関との関連については、メディアは沈黙している(注5)。

もし、この人物が本当に実行犯であるとすると、カリーミーという人物の背後に誰がいるのだろうか。誰が何のために、こうしたサボタージュを行っているのだろうか。これまでの経緯を踏まえると、疑いの目がアメリカとイスラエルに向けられている。疑いを裏付けるかのように、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相の側近とされる人物が、「ペルシア人との戦いの場は、今や、その家の裏庭に集中している」とアラビア語でツイートした。

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それでは、仮にイスラエルの諜報機関の仕業だとすると、何のためだろう。イランの核開発を阻止するためだけならば、攻撃をしても沈黙していればよい。過去には、そうした例があった。2007年にシリアが北朝鮮の援助で建設していた原子炉を、イスラエル空軍が空襲して破壊した。だが、この件については、イスラエルは沈黙を守った。公表してシリアのバシャール・アサド大統領を辱(はずか)しめる必要はないとの判断だったのだろう。公表しなければ、アサドは対応する必要がなかったからだ。シリアとの不必要な対立にはイスラエルは興味がなかった。

イスラエルはシリアの原子炉に対しては実際に爆弾を落とすという形の武力行使を行った。そしてシリアで内戦が始まると、同国における親イラン勢力の拠点を組織的にかつ執拗に空爆している。シリアを拠点としてイランがイスラエルを脅かすのを許さないという強い姿勢である。また最近ではイラクにおける親イラン勢力への爆撃も行われた(注7)。

さらに、2010年のイランの核施設を標的としたスタックスネット以降も、イランに対するサイバー攻撃を行っている。少なくとも、その一部は、イスラエルに言わせれば、イランのサイバー攻撃に対する報復である。

たとえば今年5月にイスラエルの水利施設などへのサイバー攻撃の試みがあった。5月だったのは、今年のラマダン(断食月)の終わりが5月にあったからだ。ラマダンの月の最終の金曜日は、イラン政府によってアルクッズ(エルサレム)の日に指定されている。この日にイスラムの聖地エルサレムのイスラエルによる占領からの解放を求めて様々な行事がイランでは行われる。イスラエルに対するサイバー攻撃も多発する日だ。

ただし今年のエルサレムの日のサイバー攻撃の試みは規模が大きかった。水利関連施設のみならず、通信インフラやミサイル防衛システムさらにはアイアン・ドームと呼ばれるシステムが目標となっていた。これは、パレスチナ人のゲリラなどが使う低速度で飛行する短距離ミサイルの迎撃システムである。

イスラエルは、これをイランの仕業だとみている。これを阻止したのみならず、同じ月にイスラエルは、ペルシア湾岸に面するイラン南部の港湾都市のバンダレ・アッバースに対するサイバー攻撃を行ったようだ。これにより、荷物の積み下ろしなどの港湾業務が混乱した。

バンダレ・アッバース港はペルシア湾の出入り口であるホルムズ海峡に近い要衝で、イランの貿易量の85パーセント以上を取り扱っている(注8)。また革命防衛隊の基地が置かれている。筆者は、一度イラン政府の招待で革命防衛隊の基地に招かれた。イラン・イラク戦争と湾岸戦争の間の1989年の夏だった。「ペルシア湾の鍵は我々の手の中にある!」とのスローガンの大きな看板を見た。その手の中にもイスラエルのサイバー攻撃は及んだのか。

さて、6月末以降の一連の爆発事件の現場の一つであるパルチンは、テヘランの郊外であるので、爆発をイランの国民の目から隠しようがなかった。事実ソーシャル・ネットワーク上に多くの画像が掲載されている。そしてナタンズの件に関しては、すでに触れたようにBBCのペルシア語放送に通告している。

これは、イランでは恐らく一番注目されているメディアである。しかもイラン政府の事件発生の発表の前の通告である。必ずBBCが大きく取り上げるのを期待しての動きである。こうした手法は、事件の発生が確実にイラン国民に伝えられるように意図したのではと推測させる。何のためだろうか。それはイラン政府を辱(はずかし)め、その反撃を挑発するためではないだろうか。

イスラエルは、イランを挑発して軍事対決を引き起こそうとしているのだろうか。何のためだろうか。それは、恐らくアメリカの大統領選挙と絡んでいるだろう。世論調査を見る限り、民主党のジョー・バイデンが、現職で共和党のドナルド・トランプ大統領に支持率で差をつけている。しかも、その差を広げている。もし勝利を収めれば、バイデンはイランとの関係改善に動くだろう。となるとイランと対立するイスラエルには、面白くない。バイデン新大統領の誕生前に挑発してイランに武力を使わせたい。そして、それを口実にイランの核関連施設を破壊してしまう。そうした企みだろうか。

少なくともイスラエルの一部には、そうした展開を期待している勢力が存在するのではと推測させる。悪夢の中で悪夢を見るような筋書きだ。単なる筆者の妄想であればよいのだが。11月3日のアメリカ大統領選挙までの期間、イスラエルとイランの動向から目が離せない。

そして仮にバイデンが勝利を収めたとしても、新大統領の就任までの期間、つまり2021年の1月までは安心できない。トランプが大統領の間に大きな動きにでる可能性もあるからだ。

前例として思い出すのは、2008年12月から1月に掛けて行われたイスラエルのガザ攻撃だ。2008年11月のアメリカ大統領選挙でオバマが当選した。しかし、イスラエルは、その就任前の12月27日にガザに対する攻撃を開始し、就任直前の1月18日に攻撃を停止した。オバマは、その2日後の1月20日に大統領統に就任した。ブッシュが大統領の間にガザを支配するイスラム系組織のハマスを弱体化させようとの狙いだった。同じように、今年11月の大統領選挙でバイデンが勝利を収めたとしても、その就任前にイスラエルが大きな動きに出る可能性を視野に入れておく必要がある。

興味深いのは、トランプの安全保障問題の補佐官だったジョン・ボルトンの発言である。ボルトンによれば、トランプの行動は国内政治に規定されている。つまり2期目の大統領選挙に勝つために外交を使ってきた。ということは、もし仮にトランプが2期目を務めることなっても、イスラエルは安心できない。選挙の心配から解放されたトランプは何をするかわからないし、それがイスラエルのためになるとは限らない。

つまりバイデンが勝ってもトランプが再選されても、大統領選後にはイスラエルに対する風当たりが強くなる可能性がある。となればイスラエルが動くとすれば、大統領選挙までの期間がベストである(注9)。ヨルダン川西岸を併合するなら、そしてイランを攻撃するならば、「今でしょう」というイスラエルの助言である。

イランでの一連の事件は、イスラエルの犯行だという仮定で話を進めたが、もちろん火災や爆発の全てが同国の手によると考える必要もない。アメリカが関与している可能性も否定できない。となれば、オバマ時代に立案されたニトロゼウス(イランに対する大規模なサイバー攻撃)が発動されたのだろうか。

実は2018年に、トランプは核合意からの離脱以外に、イランに関連して、もう一つ大きな決断を下している。トランプは、CIA(アメリカ中央情報局)に対して、中国、ロシア、北朝鮮などの幾つかの国家に対して大統領の許可なく、サイバー攻撃を実施する権限を与えた。それまでは、サイバー攻撃には案件ごとに大統領の許可を必要としていた。幾つかの国にはイランが、サイバー攻撃の標的には発電所が含まれている(注10)。こうした情報に触れると、イランでの一連の爆発や火災が、ますます事故とは考えにくくなる。

もちろん、経済制裁によって設備の更新が難しくなっているので、設備の老朽化が爆発や火災などの原因の場合もあるだろうが。さらには、イラン国内の反政府組織の関与の可能性も排除できない。

現在のイランは、経済制裁で打撃を受けている。そして新型コロナウイルスで苦しんでいる。同国のイスラム体制をサボタージュで揺さぶるならば、今こそが絶好の機会だ。しかもトランプ政権はイスラエルの行動を抑制しようとはしていない。加えてイスラエルのネタニヤフ首相には汚職疑惑や、ウイルス対策の不手際から生じた国民の不満を外に向けたいとの政治的な動機もある。

イスラエルは当初はパンデミック対策に成功し感染を抑え込んだ。しかし、通常生活への復帰を急ぎ、再度の感染の拡大にさらされている。感染の拡大による観光産業への打撃などから、失業率が高まっており、ネタニヤフ政権への不満も日増しに高まっている状況である。

またイランにしてみても、これだけの挑発を受ければ対抗措置をとらざるを得ないだろう、との認識が広まっている(注11)。事実、イランのアリー・ハメネイ最高指導者は、7月末にイラク首相との会談において、昨年末、アメリカによって、革命防衛隊アルゴッズ(al-Quds)部隊のカーセム・スレイマニー司令官が殺害されたことに対する報復を示唆している(注12)。

イランの反撃は、どういう形をとるだろうか。イラクに駐留するアメリカ軍に対する親イラン勢力による攻撃となるのか、あるいはイスラエルと接近を深めるアラビア半島の産油国やカスピ海岸のアゼルバイジャンへの報復の形をとるのか、予想は容易ではない。しかし、イランによる何らかの動きが予感されている。

こうした緊迫した状況下の7月末に、さらに新たな事件が起こった。イランからレバノンに向かう民間航空機に、シリア上空で戦闘機が異常に接近した。民間航空機は衝突をさけるために急に高度を下げざるを得なかった。結果として乗客に負傷者が出た。その後に、この航空機は無事にレバノンの空港に着陸した。戦闘機による危険な挑発行為であった。

この戦闘機はイスラエル空軍のものと当初は報道されたが、イラン当局筋は、その後にアメリカ軍機の可能性も示唆している(注13)。そしてアメリカ当局が、同国の2機のF15が「検査」のためにイラン機に接近したと認めた。イランのジャヴァード・ザリーフ外相は、この危険な行為をテロリズムとして国連安保理に提訴すると発表している(注14)。そもそもシリア政府の許可なくアメリカ空軍はシリアの上空で飛行しており、そこで民間航空機を威嚇するというのはどういう意図だろうか。アメリカもイランを挑発したいのだろうか。

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