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日本学術会議任命拒否問題 国立大学学長の任命拒否もあり得るか

私学出身のわたしの勝手な思い込みだったということになりますが、大学の学長は、その大学で選ばれるものだと思っていました。

けれど、国立大学の場合は、ちょっと事情が違うのだということを、地味な扱いながら朝日新聞に載った「学長の任命拒否 『ないと言えぬ』 国立大学について文科相」(10月14日付)という記事によって気づかされました。

記事は、「萩生田光一文部科学相は13日の閣議後会見で、国立大学学長の任命について、『基本的には(大学側の)申し出を尊重したい』とした上で、文科相の判断で任命しないこともありうるとの認識を示した」というものです。

日本学術会議の推薦による会員任命が首相権限により拒否されるのなら、それと同じ理屈で、国立大学の教員等によって選出、内定を受けた学長候補が、文部科学大臣によって任命を拒否されるケースが出てくることも制度としては起こり得ることを示しました。

過去に文科相が、それぞれの国立大学から挙がってきた学長候補の学長任命を拒否した例はないとのことですが、制度的には日本学術会議の会員任命と国立大学学長任命とは総理大臣と文部科学大臣の違いがあるだけで仕組みはまったく同じだけに同様の問題が起こります。

学術会議の問題で菅政権側が言っているのは、学術会議も公費で運営されている国の機関であるから、政権が任命に口を出してよいという論法ですよね。

それなら、国立大学もまさにそれに該当することになってしまいます。

理屈で言えば、都道府県立の高等学校長が、それぞれの都道府県によって任命されるのと同じという感覚。しかし、高校には校長選出選挙みたいなものはないと思いますが、大学には国立であろうと私学であろうとそれぞれの大学で学長を選ぶ伝統のようなものはあったのではないでしょうか。

しかし、萩生田光一文科相の言葉を借りれば、「基本的には(大学側の)申し出を尊重したい」ということになり、そうでない場合も起こりえます。

いまのところ、大学側からの「申し出」が却下された前例はないとしても、国にとって都合の悪い学長候補が挙がってくればどうなるかわかりません。もしくは、大学の側で、政権の意向を忖度(そんたく)した人選が行われることにつながる可能性はあるように思います。

そうなると、憲法(第23条)によって保障された「学問の自由」にもかかわってきそうです。

ところで、どのような制度設計になっているのか知りたくなって検索したところ、『国立大学法人の組織及び運営に関する制度の概要について』(平成26年12月15日・文科省高等教育局国立大学法人支援課)が見つかりました。

なにかの会議の資料として整理されたものらしく、たいへんわかりやすくなっています。

この文書の中で紹介されているのですが、わたしが学生だった40年ぐらい前にも、一般教養の「法学」のテキストに載っていたぐらい有名な判決で、その名前がユニークだったので名前ぐらいは覚えているのですが、「東京大学ポポロ事件」の最高裁判決(昭和38年5月22日)の判決文も出ています。

その中に、「大学における学問の自由を保障するために、伝統的に大学の自治が認められている。この自治は、大学の教授その他の研究者の人事について認められ、大学の学長、教授その他の研究者が大学の自主的判断に基づいて選任される」という部分があります。

それを踏まえて、「国立大学における『大学の自治』に関する考え方」として、「国立大学においては、『大学の自治』について、①学長、教員等大学の教育研究に携わる者の人事は、大学の自主的決定に委ねられること、②大学の教育研究は、大学が自主的に決定した方針に基づいて行われるべきであることが、その主要な点として伝統的に認められてきている。」と書かれています。

であるなら、国立大学の学長は、大学の経営協議会の学外委員と教育研究評議会の代表者で構成される学長選考会議による選考に基づいて、大学側の申し出によって文科相が任命する(国立大学法人法第12条)という意味は、大学の学長は「大学の自主的判断に基づいて選任される」と理解すべきでしょう。

「学問の自由」にかかわる問題の発端となった日本学術会議推薦の会員候補のうち6人を菅義偉首相が任命拒否した問題についてですが、菅首相は「(官邸記者団の質問に)法に基づいて適切に対応した結果です」(10月2日・朝日新聞デジタル)と答えていますが、このような見解をよしとしてしまうと、かりに大学の学長任命について文科相が拒否するようなことが起きた場合も、「法に基づいて適切に対応した結果」という見解しか出ないことになってしまいます。

このように学術会議の会員の任命と国立大学の学長の任命は、首相と文科相の違いはあっても、制度の運用方法を定めた仕組みは同じであるため、同様の問題が起きないか危惧します。

学術会議のほうの問題で、菅首相は10月6日の内閣記者会のインタビューに、「推薦されてきた方をそのまま任命してきた前例を踏襲してよいのか」(10月6日・朝日新聞デジタル)と答えたそうです。
また、衆院の閉会中審査(内閣委員会)では、内閣府副大臣が「任命権者たる首相が推薦の通りに任命しなければならないというわけではない(三ツ林裕巳 内閣府副大臣)」(10月7日・同)と答弁しています。

もし、これをそのまま国立大学の学長任命について当てはめたとしたら。

文科省が、最高裁の判例を踏まえながら、平成26年に作成した『国立大学法人の組織及び運営に関する制度の概要について』という文書で示したような、学長は「大学の自主的判断に基づいて選任される」という指針も、「前例を踏襲してよいのか」ということになるし、最高裁の判例はどうなるのかという問題ともなります。

世の中には変えるべき「前例」は多いのは確かであるし、見せかけの革新性によって「前例にこだわるな」というのはカッコの良い発言となりますが、変えずに受け継がれてきた伝統の中には判例のように人類が長い歳月をかけて守ってきたものには変えてはならない叡智も多く含まれているはずです。

自民党は、学術会議のあり方を議論するプロジェクトチームを立ち上げたということですが、攻める野党に対して、たんに首相の立場に与(くみ)する与党という論理で勢い込んでもらってはいけないと思います。

まずは、「法に基づき適切に対応した」「「総合的俯瞰(ふかん)的に」などという、どこをどう抜きの説明の成り立たない恣意的判断はまずひっこめてからの話です。

何ごともラジカルであればよいというものではありません。
培われた叡智は、その時々の勢いに乗って変えてしまわない節度を持った、良き保守主義の感覚に戻ってみることも必要だと思います。

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