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「障害」と「障がい」

 福岡県自治体問題研究所のメルマガである「福岡みやしたメールじょうほう」を読んでいたら、出し抜けに「紙屋高雪氏が近著で議論しているように…」とぼくの名前が出てきたのでびっくりした。

 これは同研究所事務局長の宮下和裕の一文の表現をめぐっておきた論争である。この論争は、同研究所の「福岡の暮らしと自治」514号(2020年10月15日号)に転載された。その際に、メルマガからさらに後続のメールが追加された上で、実名などが明らかにされ、メルマガでは匿名だった発言者が誰であるかが明らかになった。

 ことの発端は宮下が「小規模特認校」*1というものを紹介する中で次のような表現を書いたことによる(引用は同号より。強調は引用者、以下特記がない場合は同じ)。

障害等を持つ子、不登校問題にも有効だとのこと。

 これに対して、元新聞記者の方から、

「障害を持つ」という表現は、「持つ」は本人の意思が入っている単語ですので、新聞用語では「障害のある」としか使いません。できれば、「障害を持つ」の表現はやめてほしいと思います。

という意見が寄せられた。宮下はこの意見を受け入れて訂正を表明した。

 しかし、これに対して、大分大学の高島拓哉准教授から「表現の訂正に特に異存はありません」として、宮下の意思を尊重しつつ、次のような意見が寄せられた。

ただし、「発達障害を持つ」が本人の意思によるとの理解は誇張を感じます。

意識的にであるかどうか「持つ」ことと無関係だと私は思っています。

英語の「have」の場合などは、もっと明確に、単にその人にそのような属性が伴っているという意味になります。

日本語の「持つ」はそこまではっきりとはしませんが、少なくとも意思が伴うことを要件とする表現とまでは言えないと思います。

その上で高島は、こう指摘した。

障害の社会モデルでは、障害の本質は当事者自身がもっている医学的な機能障害(impairments)ではなくて、機能障害があることを踏まえた社会的配慮の欠如という社会の側の要因を重視して理解しています。このモデルだと、障害がネガティブであるのは、本来なされるべき配慮をサボっている社会の側の不作為を問題とするニュアンスになります。

 ぼくは、障害を社会の視点から捉えるか、医学的に見た個人機能の面から捉えるか、という視点の違いはなんとなく知っていた。しかし、この問題とは全然別問題だと思っていたのである。

 高島は続ける。

「障害」を「障がい」と書き換えるのも、伝統的な医学モデルによる障害理解のために、障害の否定面を当事者に還元する発想が前提されていると私は思っているので、社会モデル的な視点を多くの人に理解してもらうために、あえて「障害」の表記を使っています

 なるほど、と思った。

 ぼくは「障害/障がい」の表記問題を、「当事者が『障がい』を望んでいるから」「気にしすぎ/当事者の意見に絶対性を置きすぎ」「国の表記がまだ『障害』のままだから」などのレベルでしか考えたことがなかった。

 「当事者が望んでいる(「害」の字を嫌がっている)」という理由以外に「障がい」にする理由を聞いたことがなかったので、もしこの理由だけで受け入れてしまうと、「当事者が望んでいることは全て受け入れるべき」という原則を(自分の中に)立ててしまうことになり、釈然としないものを感じていた。また、言葉の成り立ちを歴史的起源だけで裁定してしまうと、例えば「女房」「主人」「家内」などの使用を断罪してしまうこととなり、それもやはりモヤモヤしたものを感じていた。

 結局そのレベルでこの問題を捉えていて、十分な根拠のないまま「障害」という表記を使っていたのである。

 そこに、高島の指摘は新鮮だった。彼は本当は社会モデルと医学モデルを統合したICFモデルというのが一番いい、と述べているが、

今はあまりにも医学モデルが人々の意識に根強く残っているので、あえてそうしています。

と書いている。

 この「ICFモデル」に関わって、医学モデルと社会モデル、それぞれの視点からの問題の把握の仕方を高島は実父の経験を使ってこう紹介している。

実父は小児まひの後遺症で、最初は両松葉杖でした。学生時代に手術を受けて片ステッキで歩けるようになったそうで、これは医学モデルで説明できることです。他方、職場が移転した時に、駅からが僅かばかり坂道になっていたので、距離は短いのにタクシーを使わなければならなくなったことは、社会モデルの該当する事例だと思います。実際にはこのように医学モデルと社会モデルはどちらも必要で、WHOのICFモデルも両者を統合したものになっています。

 高島がぼくの本を紹介したのは、

紙屋高雪氏が近著で議論しているように、私は表現の問題について、意見を述べるのは積極的なことだと考えていますが、表現については多様な意見があると思っています。

という流れだった。つまり、元新聞記者氏が表現について意見を述べたことは、一部の反リベラル派が口にするような「圧力」「言葉狩り」「言論弾圧」ではなく、民主主義にとって積極的なことだと高島もとらえたわけである。また、宮下の修正も、拙著で紹介している『はじめてのはたらくくるま』事件のように望ましいorありうる言論プロセスと感じられたのであろう。つまり、「圧力を恐れて萎縮したのではなく、じっくりとした対話と冷静な判断で表現を修正・撤回した」というわけである。


不快な表現をやめさせたい!?

  • 作者:紙屋 高雪
  • 発売日: 2020/04/06
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

 ぼくは先ほど

「当事者が望んでいる(「害」の字を嫌がっている)」という理由以外に「障がい」にする理由を聞いたことがなかったので、もしこの理由だけで受け入れてしまうと、「当事者が望んでいることは全て受け入れるべき」という原則を(自分の中に)立ててしまうことになり、釈然としないものを感じていた。

と書いた。自分が作るビラで「障害者」などと表記すると、当の障害者から電話がかかってきて「あんたはまだこんな表記を使っているのか。呆れたな」と言われたりする。当事者の意見はとても大切なものだが、当事者性だけでは受け入れる理由にならない。

 例えば菅首相が「私は『学問の自由の破壊者』と書かれることは望んでいないので、『学問の自由の破壊者』とは書かないでほしい」という意見を言ってきたとき、それを「当事者からの意見だから」という理由だけで受け入れはしないであろう。

 高島の視点は「障害」表記問題に、(ぼくにとって)新しい視点を投げかけるものだった。もちろん、「障がい」の方の表記について他に何か新たな視点があれば積極的に聞くつもりではある。

参考:政府における検討作業

 なお、この議論自体は、すでに内閣府の「障がい者制度改革推進会議 『障害』の表記に関する作業チーム」によって検討結果がまとめられている。

https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/kaikaku/s_kaigi/k_26/pdf/s2.pdf

 その中で、例えば「障害」と表記することの肯定的意見として特定非営利活動法人DPI日本会議という障害者団体のコメントが次のように記されている。

 障害者の権利に関する条約(仮称)においては、障害を視覚、聴覚、 肢体等の機能不全等を意味する「Impairment」と表記するとともに、機能障害等によってその人の生活や行動が制限・制約されることを「Disabilities」と表記している。これは、障害者の社会参加の制限や制約の原因が、個人の属性としての「Impairment」にあるのではなく、「Impairment」と社会との相互作用によって生じるものであることを示している。

 したがって、障害者自身は、「差し障り」や「害悪」をもたらす存在ではなく、社会にある多くの障害物や障壁こそが「障害者」をつくりだしてきた。このように社会に存在する障害物や障壁を改善又は解消することが必要である。このような社会モデルの考え方と条文では、「Persons with Disabilities」と表記していることから、現段階では、「障害」の表記を採用することが適当である。
 当面は、障害者制度改革を推進し、社会の在り方を医学モデルから社会モデルへと転換することに時間を費やすべきであり、「障害」の表記については将来的な課題とすべきではないか。

 その上で同チームは

現時点において新たに特定のものに決定することは困難

と総括している。

 そして当事者の表記希望に配慮することと、障害者権利条約やICF(国際生活機能分類)の障害概念などに留意することを踏まえて、

法令等における「障害」の表記については、当面、現状の「障害」を用いる

としたのである。

*1:「児童数の少ない公立小中学校に学区外からの入学を認め、複式学級を解消して小規模校の存続を図ろうとする制度」(宮下)。

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