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杉田水脈議員が陥った「保守ムラ」の罠~「オタサーの姫」とそれを利用する中高年男性~

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・保守ムラでの「処世術」がいつしか「本心」に

 このような中高年の男性寡占社会である保守ムラの中にあって、この世界で活動する女性論客や文化人、活動家がその地位を保守ムラの中で向上させ、承認を受けるためには、畢竟以上3類型のどれか、あるいはその全部を模倣する以外にほとんど方法は無い。

 繰り返すようにこれは男性優位的である日本社会のざまざまな組織に言えることであるが、とりわけ中高年の男性が絶対的権力をふるう保守ムラでは、まずこのような男性的価値観に追従、賛同することが求められる。

 私の観測・経験上、これら3類型のひとつにすら当てはまらない女性論客や文化人・活動家が、保守ムラの中でその認知を向上させ、保守ムラの中の寵児となった例を見たことが無い。最初からジェンダーフリーや夫婦別姓、慰安婦への謝罪・賠償を叫んで保守ムラに歓迎されることはまず可能性的にはゼロに近い。

 逆に言えばこれら3類型の一つでも満たせば、保守ムラは女性にその門戸を広げている。上記3類型は、いわば女性にとっては酷なことであるが、保守ムラに女性が「入門・入会」するうえでの事実上の「踏み絵」になっている。

 そしていざこの踏み絵を最低一つでもクリアーすれば、女性論客や文化人、活動家として保守ムラの中での地位向上や活動の幅が、ネット動画出演や雑誌寄稿などを筆頭として有形無形に広がってくる。

 彼女たちには気の毒と言うべきだが、これは女性が保守ムラの中で活動するための一種の処世術と言わなければならない。保守ムラは男性に対しては、このような「踏み絵」を課すことはまずない。

 無論、慰安婦批判とリンクする嫌韓、反中、親安倍(菅)、反野党、反朝日新聞、反沖縄基地反対派などは、男女問わず保守ムラの中での「定石」として自明の理になっているが、保守ムラは保守ムラの男性が着物を着て「伝統的な日本男子」の外見性を強調したとしても、それによって評価を向上させることはほぼなく、敢えて女権活動家批判や夫婦別姓に反対しなくとも、歴史修正的価値観や反朝日新聞という保守ムラの「定石」を踏襲するだけでその「入門・入会」は事実上認められる格好となっている。

 問題は、前記した「女性が保守ムラの中で活動するための一種の処世術」が、処世術ではなくなった時である。処世術とは換言すれば「本当はそうした価値観に疑問や批判を抱いているのだけれど、地位向上のためにはやむを得なく付き従っている」という、いわば面従腹背の姿勢である。

 だからいくら女性論客や文化人、活動家が保守ムラの中で地位向上を目指したり活動の幅を広げたりする過程で、上記3類型をトレースする行為を「処世術」と割り切っていれば、彼女たちの本心は別のところにあるわけだから、それは保守ムラという組織体の中ではやむを得ないという評価をすることもできる。

 しかし、いったん保守ムラに「入門・入会」して、徐々に、そして加速度的にそのムラの中で知名度が向上してくると、彼女たちの少なくない部分は、「処世術」と割り切っていたはずの価値観が、次第に色褪せ、むしろ保守ムラを支配する中高年男性に承認されることそのものに快感を覚えて、いつしか「処世術」が「本心」にすり替わっていく例がままある。

・保守ムラの罠『オタサーの姫』問題

着物姿の女性(フォトAC)

 すでに述べた通り、その75%を中高年男性が占める保守界隈では、圧倒的に女性構成員が少ない。その中で何か一家言を持った女性は、男性のそれに比べて地位向上や認知度上昇のスペースが早い傾向にあると私はみている。

 当然のことながら保守ムラにおける女性構成員が少なく、さらにその中から排出される女性論客や文化人、活動家の数はもっと少ないからである。

 保守ムラは常に、男性的価値観を追従してくれる女性を求めているので、保守ムラにおける女性論客の存在はまさに恒常的に「売り手市場」となっているからである。ここで現出するのが、「オタサーの姫」と呼ばれる現象である。

 オタサーとは一般的にミリタリー趣味や一部のアニメ、ゲームサークルなど、その男女構成比率が大きく男性側に偏っているサークル(ムラ)において、紅一点女性が入会することにより一挙に彼女たちが注目を集め、周囲の男性からちやほやされてたちまち疑似的な「姫」として祭り上げられていく現象を指す。

 こういった過程で「サークルクラッシャー(―狭いムラ社会の中で少数の女性が男性間の人間関係を攪乱させることによってサークルが瓦解するなど)」が往々にして発生するとされるが、ここまでとは言わないまでも、まさに男性が圧倒的に多く、そしてその権力が圧倒的に男性が握っている保守ムラというサークルの中で、紅一点の女性論客や文化人、活動家は比喩的に言えば「オタサーの姫」に近い状態になり得る。そうして自身の実力以上に男性から承認され、もてはやされること自体が目的化した場合、当初「処世術」と割り切ってきた男性的価値観への追従が、いつしか「処世術」から「本心」に変わっていく。

 杉田水脈議員も、私は典型的な「オタサーの姫」と評価している。保守ムラという「オタサー」の中で、実力以上に承認され、実力以上にもてはやされた結果、いつしか男性的価値観への形式上の追従が「本心」に変わっていく事例は、なにも保守ムラの中で杉田議員ばかりが特別ではない。

 筆者がこれまで長年にわたって観測してきた中で、当初は単に男性優位の組織体の中であえて男性の歓心を買う世界観を開陳すること、を「処世術」的に割り切っていた女性が、次第に承認され地位が向上してくると、それが本心に転換して、むしろ封建的男性よりも激しい男尊女卑や男女平等の悪を説いたりする姿を、私は何度も見てきた。

 こういった心理状態を「過剰同化」とも言う(―外部から後発的にその共同体の中に入ったものが、その共同体内で認知されるために、むしろその共同体構成員の考え方よりも過剰で過激な賛同意見を発して歓心を買おうとする行為)。

・「オタサーの姫」を自分たちの都合で利用する保守ムラ男性の問題

 杉田水脈氏も、女性として生まれ、進学や就職等々の人生の節目で、女性であるという事だけで差別されたり不平等を感じたことが無いとは思えない。しかし男性優位社会の中で、そういった理不尽には目をつぶっていくこともまた「処世術」であると、割り切っていた時期があると私は考える。

 しかしいざ保守ムラの中で承認され、実力以上に持て囃され「オタサーの姫」状態となると、いつの時点かにその「処世術」は「本心」に置き換えられ、過激なまでの「過剰同化」を女性の側からとるようになる。これが保守ムラの罠である。

 杉田議員には、「女性であるが故の生きづらさ」を感じていたであろう時代の初心に帰っていただきたいと思う。しかし一旦保守ムラという「オタサー」の中で「姫」と持ち上げられたものが、「王位」を捨て一般人に戻るのはそうたやすいことではない。

 人間はいったん承認された地位を、そのままかなぐり捨てられるほど強い存在ではない。

 そして問題なのは保守ムラを支配する中高年男性が「男性からでは道徳的に言いずらいこと(特に慰安婦問題で)」を彼女たちに言わせることで留飲を下げてきたというその構造にある。「オタサーの姫」にも問題はあるが、彼女たちを自分たちの世界観の追従とその世界観強化の「補助装置」として利用してきた保守ムラ男性の罪も一等重いのではないか。(了)

※Yahooニュースより転載

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