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ドキュメンタリーは「真実」なのか?観る者を試す、森達也『i-新聞記者ドキュメント-』- 鈴木夏唯

日本の総理大臣が代わった。実に7年8カ月ぶりのことだ。

新たに日本の顔となったのは菅義偉氏。そう、安倍内閣のスポークスマンとして7年8カ月もの間政権を支えた内閣官房長官その人である。

そんな官房長官時代の菅首相が準主役と言っても過言ではないほど頻繁に登場する映画がある。2019年に劇場公開され、キネマ旬報ベスト・テン(文化映画)1位にも選出された社会派ドキュメンタリー『i-新聞記者ドキュメント-』だ。

『i-新聞記者ドキュメント-』は現在、Netflix/AmazonプライムビデオなどVODサービスで視聴できる

本作は東京新聞社会部の望月衣塑子記者にドキュメンタリー映画監督・森達也が密着。新聞記者の活動を切り取り、報道や社会のあり方を問うている。

かつてテレビドキュメンタリーを制作していた筆者は、『i-新聞記者ドキュメント-』を観て、望月記者と菅前官房長官のやりとりに強く興味を持ち、普段観もしない政治の資料を漁った。

その結果「ドキュメンタリーを鵜呑みにしてはいけない」という不文律を再確認した……。

森達也と望月衣塑子の「共闘」

全113分の中では、菅官房長官(当時)の記者会見の映像が度々使用されている。いずれも望月記者が質問する場面だ。沖縄の辺野古基地移設問題、森友学園問題など、果敢に質問する望月記者に対して、菅官房長官は「そんなことはありません」「あなたに答える必要はありません」といった淡白な回答に終始する。

日頃のニュースで会見の様子を観ていたとしても、質疑応答のシーンだけを並べて観ると、菅官房長官がいかに質問に答える気がないかが透けて見え、対話が噛み合っていないような違和感を覚える。その違和感を燃料にするように、望月はどこまでも問い詰める。権力に忖度せず、立ち向かう新聞記者である。

本作では、元TBS記者の準強姦疑惑、加計学園問題、前川喜平の出会い系バー問題など、様々な疑惑の当事者も登場する。いずれも、望月記者が精力的に取材をしてきたテーマであり、森監督は何年にもわたり、コンパクトなハンディカムで密着し続けた。

官房長官時代の菅義偉氏 AP

取材対象と関係性を構築し、手間を惜しんで密着し、膨大な撮影素材から取捨選択をする。手持ちのドリーショット、環境ノイズ、無骨な映像には、取材期間すべてを一緒に疾走しているような勢いと生々しさが刻まれている。昨今あふれるインスタントな動画や製作費数億円の映画とは違う、トラディショナルなビデオジャーナリズムの様式だ。

そんな、THE社会派ドキュメンタリー映画たる『i-新聞記者ドキュメント-』は、これまでの森作品を踏まえれば、少なからず違和感を抱くものなのではなかろうか。

森監督の代表作は、オウム真理教に密着した『A』(1998年)、ゴーストライター問題で話題となった佐村河内守に密着した『FAKE』(2016年)。いずれも、社会から疑いの目を向けられた者の懐に入り込み、密着し、関係性を構築しながらその実態に肉迫している。

そう、今回はこれら過去作品とは異なる構図となっているのだ。森監督ではなく、密着する対象の望月記者が、様々な疑惑に正面から迫っていく。森監督のこれまでのスタイルを「潜入」とするならば、今回は「共闘」と言えるだろう。

ドキュメンタリーの3つの手法

一方で、森監督のもう一つの特徴である、自身が作品の登場人物になるスタイルは健在。前作の『FAKE』では自身の禁煙をダシに、佐村河内に作曲を煽るシーンが印象的だった(詳細はネタバレになりかねないので割愛する)。本作では菅官房長官の会見を撮影しようと奔走したり、小型カメラを使用して裁判の様子を隠し撮りしたりと「報道」の既得権益に抗おうとする。

森監督の姿勢は一貫して飄々としており、タブーを知らないふりをして踏み込もうとし、当事者しか体験しない不都合をある意味で騙してカメラに収める。どこかで当たり前になっている不都合は、カメラを通すことで強い違和感となって、観客に提示される。

写真AC

ドキュメンタリーは、大きく3つの手法に分類することができる。①正面から取材を申し込み、同意のもと話を聞く。②嫌がる相手を無視し、強引にカメラの前であらわにする。③相手に気付かれないように隠し撮りをする。本作は3つの手法を巧みに使い分け、ときにはグレーゾーンの際どいアプローチも踏まえることによって、改めて報道とメディアが抱える問題を浮き彫りにしている。

あえて描かれない、発言撤回

一般的に、ドキュメンタリーは「真実」と捉えられている。カメラの前で実際に起きた出来事を収録しているのだから、フィクションではないだろう、と。

「真実とは何か」という哲学的な問いについて語るとキリがないが、ドキュメンタリーは「事実であり、ほどほどに真実」と捉えるのが良いのではないか、と筆者は提案したい。

まず、ドキュメンタリーにはカメラという記録媒体が介在している。人はカメラを向けられることが当たり前ではない。カメラを向けられると少なからずそれを意識し、普段とは異なった行動をとる。実際に起きたこと=事実であることには変わりないが、非日常の条件で素の状態=真実と言えるかは疑わしい。

次に、編集という行為がある。前述の通り、ドキュメンタリー映画は、長い期間をかけて撮影しているが、カメラに映っていたものの多くは削ぎ落とされている。撮影素材を細かく切り刻み、監督・森達也が描く構成に沿って再構築されている。

『i-新聞記者ドキュメント-』で顕著なのは、望月記者が「未確定な事実や単なる推測に基づく質疑応答がなされ、国民に誤解を生じさせるような事態は断じて許容できない」と官邸から抗議を受けるシーンだ。このシーンの前後で、望月記者が質問妨害を受けるシーンが繰り返され、あからさまに官邸から圧力をかけられる様子が描かれていた。もちろんこのことは事実である。一方で、官邸からの抗議を産経新聞が記事にしたことについて、望月記者が「産経新聞にリークして記事が出た」と事実誤認をしていたことを謝罪したという出来事もあった。しかし、本作では謝罪については触れられていない。つまり、作品だけを観れば、常に正確に取材を続ける望月記者が、一方的に妨害されているように映るのだ。

本作の題材となった望月衣塑子記者

度重なる官邸の妨害と数にして1〜2度の記者側の事実誤認。これを同等のバランスで扱うべきだとは言わないし、異議を唱えるつもりも毛頭ない。しかし、観客はドキュメンタリーでは情報を削ぎ落とすといった編集が恣意的に行われているということを忘れてはならない。

事実を並べたものがドキュメンタリーなのではなく、事実をある明確な狙いのもと再構築したものがドキュメンタリーなのだ。

テレビのヤラセに視聴者がウンザリして久しいが、昨今ではテレビにはないリアルな映像が見られると人気を博しているYouTubeでも、人気YouTuberのヤラセが発覚するなど、ネット動画でも捏造が問題になってきた。

大切なことは、鑑賞者がすべてを鵜呑みにせず、作品をきっかけに様々な見識に触れ、学び、自分の視座を持つことだ。というわけで、『i-新聞記者ドキュメント-』を観て、あなたは何を思うか、問いたい。

『i-新聞記者ドキュメント-』
監督:森達也
出演:望月衣塑子 ほか
2019年/日本/113分/カラー/ビスタ/ステレオ
公式サイト:https://i-shimbunkisha.jp/ 公式Twitter:https://twitter.com/ishimbunkisha
配給:スターサンズ

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