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青のアメリカ、赤のアメリカを超えて

 カメラを持った撮影スタッフが見当たらず、訪問者が私ひとりだけだとわかると、彼は「テレビのクルーはいないのだね」とつぶやきつつ、がっかりした様子を悟られまいと私に背を向けて廊下を歩きだした。

 ワシントンの中心部にある超有名シンクタンク。50代後半、公共政策と世論研究のエキスパートであるそのアナリストはネクタイをきっちりと締め、真っ白な髪をきれいに整えて研究室の入口で私を迎えた。テレビ取材で威厳たっぷりに喋るつもりだったのは明らかだった。

 撮影のために押さえておいたとおぼしき会議室へ移動してインタビューを始めると、彼は次第に不機嫌さを隠さなくなり、途中であくびをして「悪いけど朝早くて疲れているので4時半までにしてほしい」と言い出した。午後4時に始めてまだ15分程度しか経っていない。

「日本でテレビの仕事もしてるし機会があればインタビュー内容の一部をクレジット付きで番組や記事で使う可能性もあるけど基本的にはバックグラウンド取材だと広報にはきちんと伝えてあるんだからあんたが勘違いしてただけだろこのファッ○ンじじい」と心の中では叫んだが、私もグダグダに疲れていて面倒くさかったので、聞きたいことだけ聞いて終わらせることにした。

 外国で一週間に10件も20件もアポイントを入れるとこういうことはたまに起きる。春にフランスに行ったときも似たようなことはあった。

 今回の取材では、アメリカ政治の二極化、民主党とリベラル派と人種的マイノリティー層で構成される「青のアメリカ」と、共和党と宗教保守派・財政保守派・社会保守派と白人のミドルクラス〜低所得層で構成される「赤のアメリカ」の党派対立が抜き差しならない状態に陥っていることへの見解を必ず質問したのだが、この超有名シンクタンクのファッ○ンじじい、もとい、アナリストが教えてくれたのが「ノー・ラベルズ(No Labels)」という組織(というか活動)。

 民主党か共和党か、リベラルか保守かといったラベリングを止めよう、党派対立で政治が停滞するのをストップさせよう、党派やイデオロギー的な対立を乗り越えて政治を前進させようという目標を掲げて、議員に草の根スタイルで働きかけている。

 ノー・ラベルズが設立されたのは2010年12月。ティーパーティーが共和党の予備選を引っかき回し、本選でも系列議員を続々と誕生させて下院与党の座を共和党に奪還させた中間選挙の直後だ。設立集会には民主党下院議員やニューヨーク市のブルームバーグ市長、著名な政治評論家やメディア関係者が参加した。共和党支持者、民主党支持者、特定の政党を支持しない層(インディペンデント)で構成されるとしているが、成り立ちとしてはティーパーティーの台頭に半ばパニックに陥ったリベラル派や中道勢力の危機感が生み出した運動に見える。

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 具体的には「議会を機能させる12の方法」と題した提言で、「ノー・バジェット・ノー・ペイ」法案(予算案が成立しないかぎり連邦議員には歳費が支給されないように定める法案)や、大統領が任命した行政職の人事案には90日以内に必ず承認か否認の結論を出す、毎月のうち3週間は議員がワシントンにとどまって(地元の選挙区に帰らずに)月曜から金曜まで審議等を行うようにする、大統領と議会幹部のクエスチョン・タイム(イギリスなどの議会で行われている党首同士などによる1対1の討論)を設ける、議場では与野党の議員が党ごとに固まらずに隣り合わせで着席するようにする、選挙では中傷キャンペーンを行わない、などを掲げ、それらへの支持を議員に呼びかけている。同様に「大統領職を機能させる11の方法」という提言も掲げている。

 他にもさまざまな活動があり、ノー・ラベルズの提言や活動に共鳴したり賛同する上院・下院議員に「Problem-Solver(問題解決者)」の称号を付与する形でお墨付きを与える、といったことも行っている。

 ノー・ラベルズに期待する人は少なくないようで(“no labels”と“washington post”など個別のメディア名を組み合わせて検索すると記事がたくさん出てくる)、民主・共和両党の議員からも活動を支持する声が聞かれる一方、そもそも党派性は政治の本質であるとして活動をナイーブなものとみなす意見もある。

 小学生じゃあるまいし、議場で隣同士に座らせたら無用なけんかをしなくなるなどと考えるのは確かにナイーブすぎる気もするし、政治の機能不全を招いている民主・共和の党派対立、行政府と議会の対立は人種や所得階層などデモグラフィー的な政治の分化と複雑に絡み合っているので、根本的な解決にはならないかもしれない。

 2012年12月31日にブッシュ政権時代からの大規模な減税が期限切れになり、翌日から大型の歳出削減が発効してアメリカの財政が逼迫するいわゆる「財政の崖(fiscal cliff)」という問題があるが、今回取材したアナリストやメディア関係者では、党派対立を縮小させるのはむしろ財政の崖のような「いまそこにある危機」だろうという意見が多かった。

 これは主に、クリントン政権時代の95年から96年にかけて、ニュート・ギングリッチ下院議長率いる共和党議会とホワイトハウスが今と似たような対立を起こして連邦政府の暫定予算が成立せず、政府職員の一時帰休、国立公園や国立の美術館や博物館の閉鎖、パスポートの発給停止など政府機能の一部が停止する事態に陥ったが、結果的にそれが世論の批判や各党内の自省をもたらして党派対立が解消されるきっかけとなった、という事例を根拠にしている。

 こうした「前例に基づく楽観論」と、ティーパーティー運動の勃興や去年8月の米国債ショックに根差した悲観論のどちらが党派対立の現状を正確に認識しているのか。

 10月16日に行われた第2回の大統領候補討論会でも、人工妊娠中絶や「99%対1%」やオバマケア反対のスローガン、「ジューイッシュ・フォー・ロムニー」のバナー、黄色地に蛇のティーパーティーの旗などを掲げた学生たちがキャンパス内の討論会場周辺を埋めるなど、「赤と青」の断裂は目立つ形で光景の中にあった。ただそれはアメリカの選挙では日常的なものであり、ベトナム戦争や公民権運動の時代と比べて先鋭的な対立とはとても言えないだろう。

 ノー・ラベルズの活動に期待を寄せる人が少なくないのは、政治的エネルギーをどう割くかの主戦場が「テロとの戦い」から「財政赤字との戦い」に移るなかで、イデオロギーとも呼べない原理主義的な不寛容さが行政府と議会を機能不全に陥らせ、データを恣意的に装飾するご都合主義が党大会や選挙キャンペーンを覆っていることへの決定的な危機感が、最盛期のティーパーティーや「ウォール街を占拠せよ」ほどではないにせよ、一つのうねりとなりつつあることの現れと見ることもできるだろう。

 ノー・ラベルズは次期大統領の就任式の6日前、2013年1月14日に、ニューヨークのリンカーンセンターで「Meeting to Make America Work」と題し、全米から参加者を募った大規模集会を開く予定だ。

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