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500年の歴史持つ"球磨焼酎"のピンチ 豪雨被災地・熊本で「絶対に風化させない」の声

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数多ある焼酎の中で、産地の呼称(GI)を国税庁から認められた焼酎を造る地域は日本で4箇所しかない。

琉球の泡盛、薩摩の芋焼酎、壱岐の麦焼酎、そして球磨の米焼酎だ。

「球磨」と書いて「くま」と読む。熊本県南部の球磨郡と人吉市で造られた米焼酎「球磨焼酎」は、500年以上の歴史を持つ伝統的な焼酎の一つである。

東京銀座にある熊本県のアンテナショップ「銀座熊本館」には様々な種類の球磨焼酎が並ぶ

関東圏で目にすることも多い『白岳しろ』(高橋酒造)や『鳥飼』(鳥飼酒造)といった米焼酎も、この球磨焼酎に当たる。

長い伝統と歴史を誇るその球磨焼酎が今、危機を迎えている。7月4日、熊本県南部を記録的な大雨が襲った令和2年7月豪雨で多くの蔵元が甚大な被害を受けた。今も出荷の目処が立たずに再建に向けて奮闘している蔵元もいる。地域の復興はまだ道半ばだ。

【関連記事】「豪雨被災の熊本を応援したい」 東京・銀座に客足殺到

球磨焼酎メーカーの高橋酒造(人吉市)は被災した蔵元の復興を後押しするために「球磨焼酎支援プロジェクトサイト」を発足。球磨焼酎災害義援金への申し込み方法のほか、球磨焼酎が楽しめる飲食店の紹介や、特に被害の大きい三蔵の復興の様子などを伝えている。

高橋酒造常務取締役の高橋宏枝さんの話をもとに、球磨焼酎の歴史と豪雨災害時の様子を追った。

飲みやすいだけじゃない 500年以上の歴史を持つ球磨焼酎のあゆみ

「災害を風化させず、球磨焼酎のことをひとりでも多くの人に知ってほしい」と語る高橋酒造常務取締役の高橋宏枝さん

口に含むと果実のような爽やかさが広がる。同酒造が2019年に発売した球磨焼酎「白岳KAORU」。焼酎を普段は飲まない若い世代にも親しんでもらえるようにと開発した製品だ。

昨年まで九州で生活していた筆者が抱いていた「クセが少なく華やかな香り」という米焼酎のイメージをさらに追求した商品に思えた。

この飲みやすさが球磨焼酎の特徴なのか。

高橋さんは「そうではありません」と口にする。筆者のように「米焼酎の特徴=飲みやさ」と捉えている人も多いというが、「実は米焼酎の味わいは蔵元によって非常にバラエティがあって個性豊かなんです」(高橋さん)。

それぞれの”違い”が生まれた背景を知るためには、球磨焼酎の歴史をたどる必要がある。

高橋酒造によると、人吉・球磨地域で焼酎が愛飲されていたのは少なくとも戦国時代からだと推測されているという。

山々に囲まれた人吉・球磨地域を流れる県内最大の河川「球磨川」の豊かな水と、盆地の寒暖差を利用して育まれた米。そういった地域の特徴から江戸時代までには米焼酎が盛んに造られるようになり、明治、大正と時代が進むにつれてその技術も様々に変化していった。

「地元の酒」を変えた"革命" 女性からの人気に火

もともと地元で愛飲されていた球磨焼酎が県外に広がっていった最も大きな契機となったのは「減圧革命」だと高橋さんは指摘する。

1970年代、一般的だった水が沸騰する通常の温度である100度で蒸留する「常圧蒸留」という手法ではなく、気圧を下げて蒸留する「減圧蒸留」が登場した。沸点が低くなることによって抽出される成分が変わり、雑味を抑え軽やかでフルーティな風味を持つ焼酎が造られるようになった。手に取ったのはそれまで焼酎を飲むことの少なかった女性たちだった。

繊細な原料である米を利用した球磨焼酎は蔵元の個性が出やすく、それぞれの風味の違いを楽しむことができる

現在、球磨焼酎の蔵元には、高橋酒造のように減圧蒸留をメインで焼酎づくりを行っている蔵元もあれば、昔ながらの常圧蒸留で製造を続けているところもある。高橋さんは「伝統ある味わいをそのままの形で伝えているところもあれば、時代ごとに変化させている蔵元もいる。それぞれのメーカーのこだわりが、バラエティとなっているところが球磨焼酎の魅力。いろんな味を楽しんでほしい」と話す。


1995年、球磨焼酎は琉球、壱岐とともに国税庁の「地理的表示の産地指定」を受けた(その後、2005年に薩摩も指定)。「国産米のみを原料としていること」「人吉・球磨の地下水で仕込んだもろみを人吉・球磨で蒸留し、瓶詰めしたもの」など、一定の条件を満たす焼酎だけが「球磨焼酎」と呼ばれることとなった。

スコッチやバーボン、ボルドーワインなど地域の名を冠した世界の銘酒と肩を並べることが球磨焼酎に認められた輝かしい瞬間だった。

産地呼称の認定を受けたものの、「球磨」という地域の知名度は県外ではほとんど高まっていない。高橋酒造は1年ほど前から東京に営業所を設け、高橋さんらは地道にマーケティングと営業を行っていた。「米を原料にした焼酎なんです」。店舗への説明はまずそこから。それでも、少しずつ広がっている。高橋さんは東京での活動に手応えを感じていた。

その矢先に発生した類を見ない豪雨。

恩恵をもたらしてくれていた球磨川が氾濫した。

一部の従業員宅も冠水 球磨焼酎の蔵元を襲った記録的豪雨

写真キャプション:水害当時の人吉市内の様子(高橋酒造提供)

2020年7月4日夜明けごろ、人吉在住の高橋酒造五代目社長で父の光宏さんから、東京の高橋さんのもとへ電話があった。「すごい雨だ。これはまずい」

テレビのニュース番組は次々に地元の被害を報じるが、東京にいる高橋さんは駆けつけることができない。「もどかしい思いでいっぱいでした」と高橋さんは振り返る。特に従業員の安否がわからないことが不安を大きくした。

社員が蔵の様子を見に行けたのは当日の夕方。蔵に大きな被害はなかったが、人吉市内にあった物流倉庫が被災し、商品3万本が被害を受けた。同日、従業員とその家族全員の無事が確認されたが、一部の従業員宅は冠水。今も親戚宅で寝泊りしている社員もいるという。

4日当日、道路が冠水し蔵元まで車で移動することは非常に困難だったという(高橋酒造提供)

社員の無事がわかっても、地元や他の蔵元など被害の全貌はなかなか見えてこなかった。報道が伝える泥水に浸かる地元の様子に心が痛んだ。球磨川に近い蔵元が壊滅的な被害を受けたことを伝えるニュースもあった。

その中で高橋さんは自社のSNSに応援メッセージが届けられていることに気がついた。

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