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【しのはら孝 メールマガジン600号】日本学術会議の6人任命拒否でボロを出した菅強権内閣 -学界への介入は絶対に許されず-

菅政権は鳴り物入りで発足したが、安倍政権の継承ということを自ら語っている。

 私が既にブログ(9月9日付<政僚シリーズ9>)で指摘した通り、最も継承してもらいたくないことは官邸の強権的な政治の手法だった。ところが最も脱ぎ去らねばならないことが、より強固になって継承されていることが明らかになった。日本学術会議の6人の議員の任命拒否である。

<人事で政僚を動かした安倍内閣>

 安倍内閣の特徴は、簡単にいうと霞が関の官僚を人事権を振りかざして官邸に目を向かせることだった。官邸に大挙して乗り込み(出向し)、アベノミクスのスローガンのもと日本の政治を歪めたのは経産省出身の政僚である。2月27日の突然の一斉休校、そしてアベノマスクと頓珍漢な政策に肩入れし、結局安倍政権の退陣を早める結果となった。経産・政僚が官邸を動かしたつもりが、実は経産官僚が一番人事で籠絡され利用されていたともいえる。つまり、どっちもどっちだったのだ。

今回菅内閣発足に伴い幸いなことに、こうした経産・政僚が官邸からほぼ一掃された感があり、歓迎すべきことである。しかし、残念ながら強権的体質はそのまま残ってしまっている。

<安倍官邸の意向に沿う者しか選ばれない〇〇会議>

 安倍内閣が次に悪用したのは、小泉内閣以来の官邸に設けられた〇〇会議である。ここに御用学者、御用評論家、御用財界人を集め、そこに権限を持たせ、思いつきの政策を打ち立て、それを霞が関に押し付けてきた。これが相当日本の政治を歪めていることが国民の目にはあまり明らかになっていない。

一つの例をあげれば集団的自衛権を認めた過程である。官邸に設けた、懇談会のメンバーは、すべて集団的自衛権を容認する者ばかりであった。私はそのことを予算委員会で直接安倍総理に質したところ、空虚な議論を排すためだと平然と答弁した。〇〇審議会、〇〇会議といった諮問機関には色々な考え方の人達が集まって、議論し真っ当な結論を得るためのものである。それを最初から一方的な人達だけ集めていたのでは、まともな政策ができあがるはずがない。

<○○会議や審議会の役割>

 ところが安倍政権は〇〇会議なりを自分の政策をヨイショする機関としか考えていなかった。簡単に言うと検討したという格好付けや権威付けに使われていただけである。ところが、7年8か月の長期政権になると委員の中に総理の虎の威を借りて、あれこれ新しい利権の発掘に手を染め出す者も現れてきている。官邸一強の弊害の一つは、〇〇会議の暴走を許したことである。

<各省審議会は改革が進み、官邸の〇〇会議は逆行して御用会議化>

 私が水産庁企画課長(1994~97年)のときに今の水産政策審議会を他の会の担当をしたが、内向き志向の強い農林水産省では、19ある農林水産省の審議会のうち獣医師審議会を除いた他の全ての座長が農林水産省OBであった。御用審議会的な様相を呈していたため、座長がその省庁OBではお決まりの議論しかできず、野党民主党として全て座長はその省の出身者ではない者に変更せよと主張しそれが取り入れられた。

このように各省庁の審議会は御用審議会にならないように改革が行われていったのに対して、官邸に設けられる〇〇会義が官邸の言いなりの、都合のいい方を向く人達だけで塗り固められていったのである。規制改革会議、国家戦略特区有識者会議といった類いがその代表である。

行政改革を標榜する菅内閣はこうした自己矛盾に気づいていない。

<御用〇〇会議委員に改革は任せられず>

 菅首相は就任早々霞が関の官僚を恫喝した。

10月13日のフジテレビ番組で、政府が政策を決めた後も反対する官僚は異動させる方針を示した。「私ども(政治家)は選挙で選ばれている。何をやるという方向を決定したのに、反対するのであれば異動してもらう」と述べた。

その論理を借りれば、官邸の〇〇会議のメンバーこそ、国民に名前を書いていてもらったわけではなく、国家公務員試験に受かったわけでもなく、ただただ官邸が勝手に選んだだけの人たちである。その人たちに行政を牛耳られるのはあってはならないことである。

<霞が関の官僚は中立が原則>

 人事で人を動かす快感を覚えたのであろう。内閣人事局がそのはしりだが、その後検察の人事にも介入した。黒川弘務を検事総長にし、政府与党へ検察が手を出すことを事前に防ごうとしたのである。このように人事で強権を発動して、政治をあるいは行政を牛耳るというのは邪道でしかない。閣僚を自分の趣味で選ぶのは政治の世界であるからそれは許されることではあるが、霞が関の官僚は政権がどう変わろうと国民の奉仕者であって、一つの政権だけを向かせるというのは行き過ぎである。

<アメリカの回転ドアの合理性>

内閣人事局による霞ヶ関の官僚の支配を批判はしているが、民主主義の権化であるアメリカでは、リボルビングドア(回転ドア)と言われ2期8年で政権が交代すると同時に、ワシントンD.C.の政府の高官約3,000人が一斉に変わる。

アメリカには民主党系、共和党系に色付けされるシンクタンクがあり、次の政権交代を目指して、準備を怠らない人たちの受け皿になっている。閣僚は日本と違って閣僚は政治家の中から選ばれるのではなく、そうしたシンクタンクの研究員からも、大学教授、財界人等の有識者からも選ばれている。つまり、アメリカは、政権交代を前提とした仕組みが社会のシステムとして、出来上がっているのだ。

<私の質問を褒めてくれた加藤陽子東大教授も拒否される>

ところが日本では、自民党一強でずっと同じ党が政権を担当しており、同じような人たちばかり選ばれることになり、偏った政策ができてしまう。今回の日本学術会議の会員の拒否は学者の世界に手を突っ込むものであり、到底容認できない。政府に批判的な言動を重ねたから、それをチェックし任命拒否をするというのは行き過ぎもいいところである。

任命を拒否された中に私と関わりのある学者が1人入っている。加藤陽子東大教授(日本近現代史)である。加藤教授は私の国会での地産地消、旬産旬消についての提案型質問(2015年2月12日予算委)に目をやり、たまには国会審議も見て環境問題も考えたら良いと書いてくれたことがある。私の考えに共鳴する人だから少々過激な方かもしれないがそれぐらいで排除されるのは許し難い。

手前味噌になるがそのさわりを引用して紹介する。

「...オーラの出ている議員を発見した...運輸部門が約20%も増加している点を衝き、輸入食糧・木材の長距離輸送自体の環境負荷を問題とした。無駄な移動自体の抑制を図る発想なので説得力を持つ」(毎日新聞夕刊2005年4月6日)

<学者の世界には政治が踏み込むべからず>

学者が全員御用学者になったらいったいどうなるのか。学者には政府の考え方に縛られることなく、虚心坦懐的真っ当なコメントや、解説を加えてほしいと国民全体が願っているはずである。それを、官邸の方だけを向く茶坊主だらけ学者になってしまう世界は異様である。

一世を風靡した山本七平は著書に全会一致の決議は無効であると書いている。皆が同じ事しか言わない審議会とか会議というのは、危険なのだ。甲論乙駁(こうろんおつばく)いろんな意見があって議論を戦わせた上で、結論を得られていくのが1番真っ当ではないかと考えている。

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