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アメリカが南シナ海に与える影響力

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先日、東南アジアの潜水艦戦力バランスを取り上げましたが、今回も南シナ海を焦点に。

ご存知の通り、南シナ海は中国と東南アジア諸国とが領有権をめぐって争っており、時に武力衝突も発生しています。モントレー国際関係研究所(Monterey Institute of International Studies)のJing-Dong Yuan教授は、中国の多国間主義と地域主義に関する態度を次のように表現しています。

中国は、一国主義的に思考し、二国間主義的に問題を追及し、多国間主義的に振る舞う

実際、中国は領有権問題で地域外の大国に口を挟まれることを極度に嫌います。また、多国間での協調的な交渉も好みません。問題解決はあくまでも二国間で、というアプローチです。南シナ海での中国の係争相手はいずれも軍事力、経済力などで中国と差がある国であることから、こうした姿勢は当然だと言えます。

地域外大国の関与を嫌う中国ですが、南シナ海の問題はアメリカを抜きには語れません。本稿では、アメリカの立場が南シナ海へどう影響してきたのかを見てみたいと思います。

◇ ◇ ◇

南シナ海にあるアメリカの国益

アメリカは伊達や酔狂で南シナ海に口を出しているのではありません。南シナ海には、アメリカにとって抜き差しならない国益があるのです。アメリカが重要視しているものは、2つ。「航行・アクセスの自由」と「地域の安定」です。

【航行・アクセスの自由】
公海の自由通航は、国連海洋法条約(第87条 公海の自由)にも規定され、民間船にも軍艦にも適用されます。アメリカは、南シナ海の公海における航行の自由、ならびに港などへのアクセスの自由が維持されることを強く主張しています。どうしてなのでしょうか? 理由は2つあります。

1つは、南シナ海が地域内経済および他地域との貿易ルートであることです。アメリカにとっても重要なSLOCs(海上交通路)で、毎年約5兆3,000万ドルの物資が南シナ海を通過し、その内の約1兆ドル超はアメリカの物資です。

もう1つは、米軍のパワー・プロジェクション(戦力投射)に港湾や施設へのアクセスの自由は不可欠であることです。東アジアにおける活動だけでなく、世界中の地域へ展開する上でも南シナ海は重要な地域なのです。

【地域の平和と安定】
「航行・アクセスの自由」と同じく、アメリカが南シナ海で維持しようとしているものが、「地域の平和と安定」です。「地域の平和と安定」もまた、経済のダイナミズムを維持する上では欠かせません

ところが、南シナ海には領有権と海洋権益をめぐって、武力衝突の危険性が存在します。例えば、今年発生したスカボロー礁での中国とフィリピンの対立を見ても、両国の対応次第ではより深刻な事態になっていたかもしれません。領土紛争は軍拡競争を招きやすく、ちょっとしたはずみでコントロールを失い、エスカレートしてしまう恐れがあります。

南シナ海は過去にいくつかの武力衝突の歴史を持ち、中国とベトナムはすでに2回(西沙諸島海戦(1974)、赤瓜礁海戦(1988))にわたって矛を交え、死傷者を出しています。現在も中国は南海艦隊を増強し、ベトナム海軍は潜水艦購入などに余念がありません。


南シナ海におけるアメリカの政策


アメリカが南シナ海の国益を保護するべく乗り出したのは1990年代中頃からです。1994年に中国がミスチーフ礁を占領したことを受けて、アメリカの対南シナ海政策が規定されるようになってきました※1

1995年に国務省の報道官によって明らかにされたものをまとめると、アメリカの対南シナ海政策の中心は以下のようなものになります※2

<1995年版>
  1. 紛争の平和的解決
  2. 平和と安定
  3. 航行の自由
  4. 紛争に対する中立的立場
  5. 国際法の原則を尊重

アメリカの明確な外交メッセージが効いたのか、中国はASEANに歩み寄り※3、南シナ海問題では2000年から2006年まで比較的穏当な態度をとることになります(その代わり、矛先は日本へ)※4

しかし、2007年以降、再び強硬路線に転じます。

2010年には、ベトナムの石油会社の採掘や漁業活動を妨害したり、フィリピンの海底調査活動を妨害したりと、中国は南シナ海で他国との紛争を次々と引き起こしました。こうした状況を重く見たアメリカは、2010年のARFの席で、他の11カ国とともに地域の緊張に対して懸念を表明します。さらに、クリントン国務長官が1995年の政策を確認した上で、より強い調子でアメリカの国益の在り処を示しました。

<2010年版>
  1. 国際法規を守ることは米国の国益である。
  2. 領土紛争の解決のため、すべての関係国による協調的な外交プロセスを支持する。
  3. 南シナ海における領有権をめぐる紛争に対し、いずれの側にも与しない。
  4. 「南シナ海行動規範」を支持する。

つまり、「航行の自由、アジアの海洋公共財に対する自由なアクセス」はアメリカの国益そのものであり、これを阻害する者が出現すれば、アメリカは南シナ海に関与すると強調したわけです。この発言は中国を強力に牽制するとともに、これまで南シナ海の騒動には不介入だったアメリカの姿勢転換を意味していました。さらに、「すべての関係国による協調的な外交プロセス」というのは、常に国際問題を二国間で処理しようという中国の姿勢に釘を刺したものだと言えるでしょう。

2011年、米軍の重心を中東から東アジアへ移す「ピボット(転換)」がオバマ政権によって発表されました。南シナ海を含む西太平洋に対して、アメリカはこれまで以上に「濃い」関与をするのだ、といういう彼らの意思を裏付けるものです。

地域各国はどう反応するのか

アメリカは、他国の領有権問題に対し、中立の立場を維持すると繰り返しています。フィリピンとは相互防衛条約を結んでいますが、それがすなわち中国との南シナ海領有権問題でフィリピンの肩を持つわけではない、と明言していますね。

しかし、南シナ海でアメリカが1995年と2010年に示した姿勢は、中国からしてみれば「アメリカはベトナムやフィリピンの味方だな。あいつらとは強調できねえ。」となり、ベトナムやフィリピンは「俺たちにゃアメリカがついてるんだ、もっと強気でいくぞー!」とけしかけることになるやもしれないので、両刃の剣というところがあります。

今までのところ、アメリカの関与強化をきっかけに、極端に中国に挑戦的になっている東南アジア国家は無いようです。マレーシアはもともと南シナ海領有権問題にそれほど強い主張をしてきておらず、2010年のクリントン発言以降も変化はありません※5。ベトナムは2010年以前から中国には毅然とした姿勢で対峙しており、クリントン発言によってさらに強硬化したわけではありません。

唯一、クリントン発言によって対中姿勢を強くし始めたのがフィリピンです。南シナ海の呼称を「西フィリピン海」へと正式に変更したり、ASEANへ積極的に働きかけたり、米比相互防衛条約へ南シナ海の問題を含めようとしたり、中国抜きに「南シナ海行動規範」交渉を進めようとしたりしています。フィリピンの海・空軍は無きに等しいので、アメリカの支持が取り付けられれば強気になってしまうのは仕方ないかもしれません。

中国はどうかと言うと、2011年以降、南シナ海では少しおとなしくなった観があります。2007年~2010年の南シナ海での手法は行き過ぎだったのではないか、という見方は中国国内にもありました。係争相手をむやみに脅した結果、とうとうアメリカの関与を濃くさせることになってしまったのですから、この地域の政策に成功したとはお世辞にも言えません。かねてから中国に強硬なベトナムは相変わらず屈しませんし、フィリピンもアメリカの関与で挑戦的になる始末です。南シナ海で得点を稼ぐのは容易ではなくなりました。

そこで目を転じたのが東シナ海―尖閣諸島―という事情もあるのでしょう。政権移行期ですから対外政策で手詰まり感を国内に見せたくないでしょうしね。東京都の動きや日本政府による尖閣諸島国有化だけが現在の東シナ海の緊張を生んだというわけではありません。

とはいえ、日本の海・空軍力はベトナムやフィリピンとは比べ物にならないほど強力で、尖閣諸島という局地戦ではまだまだ中国は分が悪い状況です。なにより、日本はアメリカと同盟関係にあり、尖閣諸島に中国が軍事的アプローチを仕掛け、日本がこれに応じるような事態が発生すれば、日米安保条約が適用されると米政府高官が明言しています。我々がどう捉えようと、これを中国側が重く受け止めないはずがありません。

◇ ◇ ◇


本稿は南シナ海を主眼にしましたが、中国の覇権活動が南シナ海と東シナ海を行ったり来たりすると考えれば、西太平洋全域におけるアメリカの存在感はやはり大きいものですね。東シナ海では日米同盟が「くさび」になっています。

もちろん、日本もベトナムもフィリピンも、アメリカの関与を背景に過剰に挑戦的になったり、反対に油断して隙を見せたりすれば、中国はそのほころびを衝いてくるでしょう。

【参考記事】 ロシアの南下政策と中国の南進政策


バランシング、バック・パッシング…各国の思惑が交錯しますが、脆弱さを見せることだけは禁物です。


注※1 1995年の中国による地下核実験も影響したという見方があります。
注※2 U.S. DEPARTMENT OF STATE 95/05/10 DAILY PRESS BRIEFING OFFICE OF THE SPOKESMANより要点抜粋。
注※3 アメリカや日本が参加するアジア地域フォーラム(ARF)でないところがミソ。
注※4 小泉政権発足(2001年)以降、中国は日本との摩擦を強めます。2004年あたりから東シナ海ガス田問題が顕在化し、中国の内政などとも関連して反日デモも過激化しました。
2006年に就任した安倍首相は、小泉政権下で傷ついた日中関係の修復を図ります。初めての外遊に北京を選んだことからも、安倍政権の意図は明らかです。
注※5 マレーシアが主張するスプラトリー諸島南部まで中国海軍が進出する能力はない、という観測のため。

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