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リトアニア「原発国民投票」の教訓‐どん・わんたろう

ロシアとポーランドに挟まれたバルト3国の一つ、リトアニアという国は、日本には馴染みが薄かったのではないか。最近、少しずつその名が知られるようになったのは「原子力発電所」に起因している。日本から原発が輸出されるかもしれないのだ。

リトアニアの東部、ラトビアやベラルーシとの国境近くに計画されているビサギナス原発である。出力130万キロワット級で、2020年前後の運転開始を目指している。建設費は約5000億円。すでに日立製作所と事業権付与契約が結ばれており、バルト3国とともに同社が出資し、米・ゼネラルエレクトリック(GE)社と連携して建設するという。

その原発の建設の是非を問う国民投票が10月14日、実施された。結果はともかく、原発について国民投票で決めることが日本の参考にならないか。そんな観点から注目していたら、市民団体「みんなで決めよう『原発』国民投票」が現地調査団を派遣したと聞き、帰国後に東京で開かれた報告会に参加してきた。

リトアニアでの国民投票の経緯を聞いてみると、いろいろと背景が複雑なので驚いた(詳しくは同団体のホームページを)。

リトアニアには、1990年に旧ソ連から独立する前からイグナリナ原発(2基)があり、国内の電力需要を賄っていた。しかし、事故を起こしたチェルノブイリ原発と同型だったため、2004年にEUに加盟するにあたって閉鎖を約束させられ、09年で稼働を停止した。現在はエネルギー供給の8割とともに、発電のための天然ガスの多くをロシアに頼っており、電気料金は6倍にも高騰した。

エネルギーの「脱・ロシア依存」に向けて計画されたのが、ビサギナス原発だったのだ。建設予定地は、廃炉が進むイグナリナ原発の隣接地である。

今回の国民投票は野党の国会議員が提案した。リトアニアでは、国会議員(一院制)の4分の1以上が賛成するか、18歳以上の有権者30万人(全体の1割強)以上の請願署名が集まるかすれば、自動的に国民投票が行われる。首相は反対したものの、必要数を超える国会議員の賛成で実施が決まった。

リトアニアの国民投票制度には、投票結果に強制力のあるもの(義務的国民投票)と、ないもの(諮問的国民投票)が設けられており、今回は諮問型だ。日本で実施する場合に想定されている方式と同じと考えて良い。「新しい原発を造ること」について「賛成」か「反対」か、所定の欄に×印を付けて投票する仕組みだった。

で、その結果――。投票率が50%を超えないと成立しないきまりだが、国会議員選挙と同時だったこともあってか、52.58%でぎりぎりクリア。原発建設に賛成が34.09%、反対が62.68%だった。ちなみに、原発建設予定地の地元・ビサギナスでは賛否の割合が逆転していたという。

問題は、政府が投票結果を受けてどう対応しようとしているかだ。国民投票が成立した以上、「原発建設断念」の方向に動くと考えるのが普通だろう。

しかし、現実にはそうなっていない。

現職大統領は「『原発を疑問視しているのは(有権者)全体の3分の1以下。新政府と新国会はリトアニアにとって最大限有利な決定をすべきだ』と、国民投票だけで判断しないよう異例の声明を出した」(朝日新聞・10月16日付朝刊)。

それだけではない。同時に行われた国会議員選挙(比例区)で第1党となって次期政権を担う見通しの野党・労働党の党首までもが「『国民投票は国民の助言であって法律ではない』とし、判断材料が乏しい現状では『(国民投票の)実施は時期尚早だった』と主張。『原発計画の作業は続ける』とした上で、建設費や電力価格、欧州電力網との統合費用など詳細が判明した段階で経済効率性を見極め、『有用だと判断した場合はデータをすべて国民に示し、もう一度国民投票をする』と述べた」(同・10月17日付夕刊)。

さらに、労働党と連立を組むとみられる社会民主党の前首相に投票後、同団体のメンバーが取材したところ、「これが議論の始まり。原発建設計画を白紙にするためには、情報を開示したうえで新たな国民投票を実施して、主権者の意思を確認する必要がある」と答えたそうだ。

うーん。これじゃあ何のために今回の国民投票が実施されたのか、よくわからない。「有権者をなめているのか」「予算の無駄遣い」といった批判が噴出しそうだが。

同団体の今井一事務局長は、これまでにも欧州などの国民投票を多く取材してきた。その際に印象的なのが、投票日までに繰り広げられる賛否両派の激しいキャンペーン合戦だ。しかし、今回のリトアニアの国民投票では選挙公報くらいしか目にせず、原発反対派の事務所にも「チラシも何もなかった」。国民全体の盛り上がりという点では、決して高くはなかったのかもしれない。

理由の一つは、国民投票の実施時期にあるようだ。調査団のメンバーが街頭などで実施した有権者アンケート(回答数523人)によると、今回の国民投票に賛成が56%、反対が44%。すでに日立と原発建設の契約を締結していることから、「もっと早く、契約前に国民投票にかけるべきだった」との意見が目立ったという。今さら国民投票をしても、というあきらめなのだろうか。

リトアニアの複雑な事情を十分には理解していない立場で感想をつづらせてもらえば、有権者の関心が高くはなかったことが、国民投票の結果を政治に生かせない最大の原因なのだと思う。投票率52%というのは、やはり低すぎる。

日本での国民投票に向けて教訓とするべきは、まずはこの点だろう。投票結果に強制力がない諮問型だとしても、政治的に強い拘束力を持たせるためには「大勢の国民で決めた」という数字的な裏付けが不可欠である。

投票率が高ければ、政府はその結果を無視するような行動を取れなくなる。まさに「国民全体の意思の表れ」だからだ。逆に低ければ、リトアニアのように「原発反対は全有権者からすれば3分の1以下」などと権力側に都合よく逃げられる。国民投票への関心を高め、投票率を上げる努力、配慮、工夫が求められる。

新潟県巻町(現・新潟市)が1996年に日本で初めて原発建設の是非を住民投票で問うた時、取材で聞いた言葉を思い出す。「投票率にこだわれ」。住民投票の実施を求めた団体のメンバーは「投票率が低ければ、みんなで決めたことにならない」と強調していた。そう、国民投票や住民投票の原点は、結果ではなく、みんなで決めること。だからこそ投票率を上げることが基本の「き」なのだと、改めて思い返した。

情報開示にしても、国民の関心の度合いと比例する。国民の関心が高ければ、政府への情報公開の要求は必然的に厳しくなるし、政府もそれにこたえないわけにはいかなくなる。関心が上がるからこそ、権力側も情報を出さざるを得なくなるのだ。

では、これから日本で原発の是非を国民投票で決めようとする場合、有権者の関心を高め、投票率を上げるためには、何が必要なのだろう。

最も重要なのは、制度設計の段階から原発への賛否を超え、脱原発派、原発推進派の双方が実施に向けて一緒になって取り組むことだと考えている。どちらかが国民投票を主導する形になれば、反対の側が反発するだけだからだ。せっかく国民投票が実現したとしても、最悪の場合、ボイコット運動が起こって投票率が下がることは、96年の米軍基地をめぐる沖縄県民投票など過去の住民投票が実証している。

3・11後、原発国民投票を求めてきたのは脱原発派だった。原発推進・容認派への働きかけは、あまりなされていない。しかし、政府の新エネルギー戦略が2030年代の原発稼働ゼロを打ち出し、矛盾に満ちた形で原発継続をゴリ押しするしかなくなるなど、原発推進派にとっても苦しい状況になっているのは間違いない。設問や実施時期などで柔軟に意見を採り入れれば、国民投票に乗ってくる可能性はあるのではないか。

原発容認の立場で国民投票に賛同している国会議員もいるのだから、この機会に推進・容認派にも輪を広げていくことが、原発をテーマにした国民投票を実現させ、実施過程での情報公開を進め、投票結果への拘束力を高めるカギなのだと思う。

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