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資質のない自分がどのように作品をつくっていけばいいのか。それが生涯のテーマ - 「賢人論。」123回(前編)浅田次郎氏

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『蒼穹の昴』『鉄道屋(ぽっぽや)』『壬生義士伝』などのベストセラー作品で知られる、小説家・浅田次郎氏。日本の社会全体がコロナ禍で萎縮するなか、今年3月に刊行された『流人道中記』(上下巻・中央公論新社)は20万部超えのベストセラーとなり、世の読書家を大いに元気づけている。稀代のストーリーテラーである浅田氏に、ご自身の人生観と私たちが今直面している新型コロナの諸問題に対して語っていただいた。

取材・文/盛田栄一

人生を歪めないためには努力が必要

みんなの介護 『流人道中記』上下巻を楽しく拝読しました。小説を読むのは久しぶりだったのですが、「小説ってやっぱりおもしろい!」と改めて思いました。

浅田 ありがとうございます。

みんなの介護 物語の最終盤、ある罪を犯して江戸から蝦夷(北海道)に流される流人である青山玄蕃が放った「存外のことに、苦労は人を磨かぬぞえ。むしろ人を小さくする」という一言に意表を衝かれました。「若いときの苦労は買ってでもしろ」など、一般的に人は苦労を経験して成長するという考えが根強くあると思います。玄蕃の発言には、浅田さんの人生観が投影されているのでしょうか。

浅田 そうですね、苦労はできるだけしないほうがいいと思う。もちろん、「人並みの苦労」や「大人になるための苦労」は誰しもが経験すべきでしょう。しかし、「“人並み以上”の苦労」は、できれば経験しないほうがいいんじゃないかな。

みんなの介護 浅田さんの来歴を読ませていただくと、幼い頃からいろいろとご苦労されていますね。その浅田さんが「苦労はしないほうがいい」というのは、少し意外な気がしました。

浅田 自分がどれだけ苦労してきたかなんて、正直自分ではよくわかりません。とはいえ、少なくとも幸せな時代を生きてこられたことだけは確かです。今回のコロナ禍で、皆さんも思い知ったのではないでしょうか。我々が今まで、どんなに幸せな日常を過ごしてきたか。

大病を患ったり、何らかの障がいを負ったりすれば、かなり苦労することもあります。そして、そういった苦労は、しばしば避けようがない。

一方で、一般的に私たちが経験する苦労の大半は、病気かお金にまつわるものでしょう。お金がなくて食うや食わずの生活に追い込まれると、自分の人生を歪めてしまう。これはよくありません。お金で苦労しないためには、生活設計をきちんと立てたり、節約したり、貯金をしたり、さまざまな努力が必要になります。その努力を「苦労」と呼ぶのであれば、そういう苦労こそすべきだと思う。

美しいものに囲まれていなければ作品はつくれない

みんなの介護 「苦労はできるだけしないほうがいい」というのは、「人として」というお話だと思いますが、芸術家も苦労はしないほうがいいでしょうか。

浅田 芸術家であれば、苦労することはさらに有害だと思う。

僕は何十年も小説を書いてきましたが、人生の苦労や経験というものは、小説を書くうえで存外役に立ちません。たとえ人に言えないほどの苦労を山ほど経験しているとしても、それで小説が書けるわけではない。むしろ小説家は、苦労なんかしないほうがいい。

芸術家の仕事は、美しいものをつくっていくこと。美しいものを見失ったら、もう作品はつくれません。苦労は美しいものを見失わせます。世の中には、苦労を一切経験することなく、純粋培養された芸術家がたくさんいます。例えば、ドイツ・ロマン派の作曲家メンデルスゾーン。彼は家柄の良い裕福な家に生まれ、幼い頃から音楽の英才教育を受けて「神童」と呼ばれ、美しい音楽をつくり続けました。38歳という若さで亡くなるものの、その生涯は常に美しいものだけに囲まれた幸せな人生だったはず。苦労らしい苦労なんて、一切経験していないんじゃないでしょうか。だから、あれだけの傑作が書けたのです。

日本の小説家でいえば、僕が愛読した三島由紀夫さんも、メンデルスゾーンのような芸術家の1人ですね。あんまり汚れてしまうと、三島さんのように純粋に美しいものはもう書けない。

みんなの介護 浅田さんの初期の短編『角筈にて』を読んで、とても感動した記憶があります。あの作品は、「私のいまわしい幼時体験を書いた」とあとがきに書かれているように、ご自身の苦労した経験がベースになっていますね。

浅田 そう言っていただけるのはありがたいけど、自分の体験を売りものにしているのかと思うと、我ながら情けなくもあるわけでね。やはり、歴史に残る偉大な作品を鑑賞すると、小説にしろ絵画にしろ音楽にしろ、もうまったく敵わないと思う。

自分にはそもそも、後世に残るような作品を生み出す資質が与えられていない。この大前提を踏まえたうえで、「では、自分の作品をどのようにつくっていけばいいのか」。これが生涯にわたっての僕のテーマだと考えています。

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