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【特集 本格化する電子出版】電子出版が本格化するために 乗り越えなければいけないもの - 村瀬拓男

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電子出版について考えるにあたって、まず前提として確認しておくべき状況がある。それは、デジタル・ネットワーク社会の到来によって、著作物の流通がこれまでのメディア産業による事実上の独占状態から解放され、表現者を含む個人が容易に不特定多数の視聴者・読者に対して著作物を送り届けることができるようになった、ということである。日本国内における出版産業の市場規模は、一九九六年の約二兆六千億円をピークとして減少の一途をたどり、昨年度は二兆円を割り込んでいる。一九九六年と言えば、ウィンドウズ95によって、一般の人々がインターネットにアクセスできる環境が広がりはじめた年である。

出版について言えば、これまで出版産業が事実上独占してきた文字や図画の著作物が、インターネットにより出版産業を経由せずに発信され始めたからに他ならない。メールマガジンといった形態も、以前はニューズレターやファックス通信のような形態で資本力や営業力がある拠点が確保された状況でのみ可能であったものであろう。インターネットの普及により、これまで発信・流通されなかった著作物が世に出るようになったことも事実であるが、雑誌や書籍の形で発信・流通されていた著作物がデジタルデータに置き換えられ、これまでと異なるルートで発信・流通されているという状況をどのように考えるのか。これが電子出版を考える上での鍵となる。

もっとも、このような「置き換え」の構図は出版の全ての分野で、同じ速度で進行しているというわけではない。辞書・事典の分野はインターネット以前から「電子辞書」という形での流通に組み込まれてきた。地図の分野も、道路地図はカーナビに置き換わってきている。学術の分野も、特に雑誌として出ていた部分は電子ジャーナルに衣替えしている。考えてみれば、これらの分野は、必ずしも印刷・製本された出版物という体裁をとる必要がなかったと言えるものである。辞書・事典は本質的にはデータベースであり、ランダムにアクセスして利用されるものである。デジタル化され検索できるようになったほうが遥かに使い勝手がいいことは明らかである。地図もGPSによる位置情報と組み合わせることによって、常に動的に周囲の情報を把握できるほうが便利である。道路地図はとくにそうだが、自分がいない場所の地図を利用する必要性はほとんどない。ガイドブックの類もそうであろう。学術の分野もスピードや検索性が重要であり、デジタル化してネットワークを通して提供するメリットは明らかに存在する。

一方、小説などの文芸書やコミックス、一般的な内容のビジネス書や実用書などは、頭から順を追って読むことを前提に書かれている。その点で辞書などのような明らかなデジタル化のメリットは存在しない。もちろんデジタルデータ化されていれば、販売店での在庫切れなども心配することなくいつでも入手可能となるし、読書家にとってもっとも頭の痛い問題は増え続ける本をどうするか、ということであって、デジタルデータ化はその有力な解決策である。

本特集の企画背景は、アマゾンの日本でのキンドル展開が間近であることや、楽天kobo がスタートしたことにあるが、これらのサービスがターゲットとしているのは、デジタル化、電子出版化のメリットが明らかに存在するとは言えない、文芸書、一般書の領域である。この分野での電子出版を考えるのであれば、「置き換え」が及ぼす影響を検討していかなければならない。

電子出版が本格化しない理由

なお、電子出版が、二十年前はマルチメディア出版と呼ばれていたように、デジタル化というと、映像や音との融合、新しい形のコンテンツがこれからの電子出版の鍵となる、とも言われている。しかし、文字・図画と映像や音は表現として異なるものであり、そう簡単に融合できるようなものではない。それなりのクオリティを持つものを作るためのコストも、映像や音のほうがかかるであろう。この表現形態の違いはメディア産業が恣意的に分けたものではなく、人間の五感の働きによって言わば必然的に生じた違いである。

アマゾンやkobo のハードウエアはこのようなマルチメディアコンテンツを想定しておらず、実際のサービス内容も(アマゾンはアメリカの例であるが)、そのほとんどが紙の出版物の単純なデジタル化である。

これから議論しようとしている「電子出版の本格化」とは、言い換えれば「置き換え」が本格的に進行しようとしているのかどうか、ということに他ならない。そして、本格化がなかなか進まないというイメージがあるのだとすれば、それは「置き換え」によるデメリットがなかなか克服できていない、または、「置き換え」がスムーズに可能となる基盤が整っていないということになる。

「置き換え」は、特にその過渡的な状況下において、出版者(「出版社」の法律上の表記)に負担を強いることになる。仮にこれまで10売れていたものを、電子出版でも提供することにより、紙が8、電子が2となったとする。そうすると、出版者としての売上は変わらないように見えるが、利益率は大幅に下がり、コストは増大する。紙の出版のうまみは一定以上売れたときの利益率の高さ、ベストセラーとなるとお札を刷っているようなものだと言われるくらいであるが、部数が下がるとこのような利益率の高い領域での商売が難しくなる。一方コストの増大も無視できない。電子出版は複製、在庫のコストがかからない、というように言われるが、個人事業の範囲で行っているならばともかく、ある程度アイテム数が増えると管理コストは間違いなく増える。

マスターデータの管理、メンテナンスの問題もあるが、権利処理コストもやっかいな問題である。著作物利用料は、雑誌では原稿料と一括、書籍では刷り部数に印税率を乗じた額を刷るたびに支払う方法が一般的である。ところが電子出版では、一定期間内のダウンロード数や閲覧数に応じた印税が発生することになる。そうすると、紙の書籍と電子出版とで同一タイトルが出た場合、それぞれ異なるタイミングで印税支払いが発生する。つまり、同一タイトルでありながら、販売後の処理では2タイトル分の作業が発生することになるのである。また、紙の書籍は、販売部数が少なくなれば、絶版にしてそれ以降のコスト発生を止めることができるが、電子書籍はいわゆるロングテール部分での販売が期待されているため、いつまでも販売後の処理コストが発生し続けることになる。

もちろんこのような問題は、決して解決できない問題ではない。置き換えと言っても、単純な置き換えではなく、電子出版ならではのマーケティングなどにより、市場の拡大を見込めるのかもしれない。しかし、一九九六年より一貫して縮小し続けている出版業界において、市場の拡大を夢見る余裕はなく、かと言って電子出版への流れを無視することもできず、ひたすら戸惑い続けているというのが現状であろう。現在、経済産業省の被災地支援事業の一環としてコンテンツ緊急電子化事業が行われており、一定の基準を満たせば電子書籍の制作コストの半額が援助される(残りの半額は、今年設立された出版デジタル機構が立て替えることが予定されている)のであるが、その出足は著しく鈍いようである。市場の行方や、出版後のコストへの懸念があるように思われるのである。

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