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法務大臣人事の怪

田中慶秋氏が、とうとう法務大臣を辞任した。
就任時の記者会見で、検察と警察の違いもわかっていないかのような、しどろもどろの答えを繰り返して、記者達を唖然とさせ、数日後に、外国人からの違法献金が指摘されても、過去の暴力団関係者との交際等の問題が次々と報じられても、「大臣の職責を果たしてまいりたい」と開き直り、法務大臣としての答弁を求められて国会の委員会に呼ばれると「公務」を無理やり作って欠席、翌日の閣議にも欠席して病院に入院、退院後も辞任を拒んでいたが、結局、「体調不良」を理由とする辞任コメントを出しただけで、記者会見も開かず辞任。就任後、僅か3週間だった。

そのような大臣を任命したことへの反省があれば、さすがに後任の大臣の人事は、十分に職責を全うできる、これ以上はないという人物が選ばれなければならないはずだ。

ところが、何と、そこで後任に選ばれたのは、前任の法務大臣の滝実氏だった。
滝実氏は、6月初めに野田首相から交代を言い渡され、辞任会見の場で、「陸山会事件をめぐる虚偽捜査報告書事件で、検察が国民の納得が得られない処分をすることに対して、指揮権発動を検討していた」と明らかにした小川敏夫氏の後任として法務大臣に就任したが、「僕自身はもう年なので、できるだけ外してもらった方がいい」と発言して、在任僅か4ヶ月で交代した。その後任として田中慶秋氏が登場し、法務大臣史上に残る醜態を晒す原因を作ったのも、滝氏の「年齢を理由とする退任希望」だったと言える。

滝氏はなぜ退任を希望したのか。僅か4ヶ月での自ら交代を希望するぐらいなら、最初から大臣就任を受諾しないのが普通だ。年齢の影響もあって、体力・気力がもたない、或いは体調が悪いので、到底大臣の職を続けられないという実質的なことが理由だと誰しも思ったはずだ。

野球で言えば、4回途中で、「もう年なので、これ以上投げられない」と言って自ら希望して降板したようなものだ。
その後に登板した投手は被安打と暴投の連続、1回ももたず、史上稀にみる大量失点を浴びて降板、すると、ついさっき降板した高齢投手が、またマウンドに。前日の試合で途中降板させられたのが不満で、再登板を命じられれば喜んで投げる投手がブルペンにいるのに。

なぜ、法務大臣を交代させられたことに強い不満を表明し、まさに「やる気満々」だった前々任者小川敏夫氏ではなく、自ら大臣降板を申し出た滝氏が選ばれなければならないのか。

現在、検察が直面している問題との関係で、法務大臣は、歴史上、かつてない程重要な職責を担うべき立場にある。その立場との関係で言えば、前任者滝氏と前々任者の小川氏との間には決定的な違いがある。

陸山会事件をめぐる虚偽報告書作成事件については、検察は、6月末に、田代検事、佐久間元特捜部長ら関係者すべてを不起訴処分にするという、「身内に大甘」の処分を行い、マスコミから厳しい批判を浴びた。まさに検察が行ったのは、小川氏が在任していたら、指揮権発動も辞さず、決して容認しないと言っていた「国民に納得できない処分」だった。そのような処分に対して、法務大臣として何らの対応もせず、容認したのが、後任の滝実氏だった。

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その際、不起訴理由と調査・捜査結果としてとりまとめられた最高検報告書が、全くの「ごまかし」「詭弁」だらけであることを指摘、徹底的に追及したのが拙著「検察崩壊 失われた正義」(毎日新聞社)。同書では、小川敏夫氏との対談も収録している。以下に、その一部を引用する。

小川 僕自身が指揮権を発動しようと考えていたのは、まさにそこに理由があります。こういう結果が出ることは、ほぼ間違いない状況だったからこそ、指揮権を発動することを考えた。法務大臣がそれを了承してしまえば、それでおしまいになる。しかし、検察は国民からすごい批判を受けますよね。検察の不正・腐敗を国民から隠すのが法務大臣の役割かというと、そうではない。国民の側に立って、事実を明らかにするのが役割です。
郷原 私も『組織の思考が止まるとき』(毎日新聞社 2011年)の中に書きましたけど、法務大臣の指揮権というのは、まさにそういう検察不祥事のときにこそ前面に出して、積極的に使わなければいけないものだと思います。
小川 僕もそう思ったし、今でもそれは自信を持っています。
郷原 もし小川さんが法務大臣だったときに、検察がこういう内容の報告書をまともにあげてきたとしたら、具体的にはどういう対応をされていたでしょうか。
小川 このような報告書が出るまえに、指揮権を発動してしまっていたはずなので、そういうことは起こらないですね。(笑)
郷原 具体的にはどのように指揮権を発動されたでしょう。
小川 僕もそこまでの証拠関係をにぎっているわけではないから、何が何でも刑事事件として立件しろ、とまでは言えない。だけど、万が一、結果が不起訴であったとしても、捜査、調査等について、国民が納得するだけのことはとことんやった上での判断でなければだめだ、ということです。だから納得できるだけの捜査をとことんやりなさい、と指示するでしょう。
郷原 もし検事総長に対してそういう指示をされても、なおかつ、同じような結果を持って来られたとしたら。
小川 納得できるまで質問します。
(中略)
郷原 要するに、小川法務大臣が考えられていた指揮権の発動というのは、国民が納得できるだけの十分な捜査を指示する。そして、大臣自身が納得するまでは、大臣として人事上の処分を了承しないということですね。そうすると、なかなか決着しないということになりますね。
小川 でも、今回の問題を、なにも急いで5月、6月に不十分な形で終わらせなきゃいけない客観事情はないんです。
郷原 そうですね。
小川 時間がかかっても、事実を徹底的に明らかにしたほうがいいわけだから。
郷原 それは結局、検察内部で、笠間治雄総長が退任して小津博司総長に引き継ぐ、という事情があるから・・・。
小川 人事の都合かなにかでこうなっている。
郷原 検察はそんなことを言っていられる場合じゃないと思うんですけどね。
小川 僕は、今回のようなことをやってしまったからには、もう今後50年は、検察は信頼回復できないと思います。
(中略)
郷原 検察がこんな報告書を出してしまったことは、もう今更どうにもならないんですが、一つ不思議なのは、それに対して滝法務大臣は何をしているのかということです。検察にとっても歴史上の汚点ですが、法務大臣にとってもそうです。しかも、滝法務大臣は、小川法務大臣が検察に対して厳しい方向で対応をされたときに副大臣だったわけですよね。
小川 そうです。
郷原 小川法務大臣が検察にどういう対応をされているのかを、政務三役として滝さんも基本的に理解していたのではないか、と思いますが。
小川 はい。やはり滝さんも、きちんとやらなければならないと言っていましたね。
郷原 それなのに、小川大臣が退任された後、滝法務大臣になってから最高検の処分や調査結果が出て、それに対して滝さんは何もやらないまま終わってしまった。これは、どういうことなんでしょうか。
小川 僕の場合は、法務省の役人の言うことではなく、自分自身で判断していましたから。でも、もし、最終的な処分や調査結果について、法務省の役人の話だけを聞いていれば、あ、そうかで終わってしまうのではないでしょうか。
郷原 ということは、法務・検察(法務省と検察庁)的には、やはり普通の法務大臣なら、こういう明らかにでたらめの処分や調査でもごまかせる。しかし、小川法務大臣だとどうしても具合が悪かった、ということでしょうか。
小川 まあ、物事が前に動かないってわけですよね。
郷原 小川法務大臣はしっかり原資料を見られているし、しかも検事・裁判官・弁護士の経験もある方。ちょっとごまかしがきかないということなんですかね。
小川 はい。結局、記憶違いなんかありえないのではないか、という僕の考え・姿勢は変わらないですよね。しかし、記憶違いでなければ困る、という検察の姿勢も変わらない。


就任後3週間で、法務大臣史上稀に見る醜態を晒したのが田中慶秋氏だが、その後任に選任された滝実氏は、検察の歴史上の汚点となった陸山会事件をめぐる虚偽報告書問題に関して、法務大臣としての職責を全く果たさなかったことで「法務大臣の歴史に汚点を残した人物」なのだ。

重要なことは、この陸山会事件をめぐる問題は、決して過去の問題ではないということだ。小沢氏の公判は11月12日に判決が予定されており、指定弁護士による無理筋の控訴に対する高等裁判所の判断が示される。
本来、検察が絶対に行ってはならない、無理筋の不当な捜査で政治に重大な影響を与えた陸山会事件に関して、東京地検特捜部が引き起こした「内容虚偽の報告書で、検察審査会の判断を誤らせる」という重大な問題に対して、裁判所がどのように判断するのかが注目される。

しかも、虚偽報告書作成事件等に関する検察の不起訴処分に対しては、告発を行っていた市民団体が、8月に検察審査会への審査を申し立てている。その議決も近く出されることになる。田代元検事等に対する検察の不起訴処分は、常識的にも到底納得できないものであり、起訴相当の議決が出される可能性が相当程度あるとみられている。

一回目の起訴相当議決が出ると検察が再捜査することになるが、その上で行う検察の処分がどうなるか、もし、検察が再度不起訴処分を行い、検察審査会で2度目の「起訴議決」が出された場合、検察の犯罪が、その検察自身ではなく、指定弁護士の手によって起訴され、立証されて裁判所で断罪されるという、検察にとって壊滅的な事態になる。
そのような事態を容認できるのか、検察の捜査・処分に対して指揮権を有する法務大臣が、どう対応するか、まさに、法務大臣にとって歴史上最も重要な判断が求められる場面がこれからやってくるのだ。

マスコミの多くが、小川敏夫元大臣の辞任会見時の指揮権発言を批判したが、その際、理由としたのが、検察の処分が不当であれば、法務大臣の指揮権ではなく、検察審査会の議決によって正すべきだ、という理屈だった。それが検察庁法の趣旨からしても通らないものであることは、上記拙著(207頁以下)でも詳しく指摘したが、仮に、そのようなマスコミの理屈を前提とするにしても、検察審査会で、検察の不起訴処分が不当で起訴すべきとの「民意」が示された後、なおも、検察が、不当な不起訴処分を維持するという「暴挙」に出たとき、それに対して法務大臣の指揮権発動が、「検察の信頼の全面的崩壊」を防止する唯一の手段であることは否定できないであろう。

他人のパソコン(PC)の遠隔操作による警察の誤認逮捕の問題でも、警察や検察の取調べで、不当な自白誘導が行われ、自白の信用性の必要な裏付け捜査も行われなかったことに関して、次々と新たな事実が明らかになるなど、検察官調書中心の立証という刑事司法のシステム自体に対しても、抜本的な見直しが必要になっている。

検察に対する国民の信頼が崩壊し、しかも、それが国民に対する重大な脅威になっていることが明らかな現状において、その検察に対する指揮監督者である法務大臣こそ、今、最も重要な職責を担う大臣だと言えよう。
そういう法務大臣に、醜態大臣の田中慶秋氏が全く不適任であったことは、あまりにも明白である。しかし、虚偽報告書作成問題に対して何の対応もせず、「法務大臣の歴史上の汚点」を残した後、年齢を理由に自ら降板を申し出た滝実氏に、この重責が担えるとは到底思えない。同じ直近の法務大臣経験者の中で、なぜ、小川敏夫氏ではなく、敢えて滝実氏を選任したのか、あまりにも不可解である。それでもあえて滝氏を法務大臣に選任するのであれば、野田首相には、極めて重い説明責任がある。

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